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オーシャンニューズレター

第67号(2003.05.20発行)

第67号(2003.05.20 発行)

人工海中林造成による水産資源倍増論

海の森づくり推進協会代表理事、鹿児島大学水産学部教授◆松田惠明

21世紀におけるわが国沿岸漁業の起死回生策として人工海中林造成による水産資源倍増計画を提案する。コンブ種糸「100m運動」、全国規模での大規模人工海中林造成、餌用・食用・薬用・肥料・工業用原料としての利活用。そして海中林のもつ環境浄化機能も期待される。

起死回生を迫られるわが国水産業

戦後、わが国の水産業は「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」というスローガンに沿って、飛躍的に伸び、日本は自他ともに認める「世界一の水産王国」になった。1988年の漁獲量は1,200万トンを記録した。その後、イワシの激減と漁場制限等によって2000年の漁獲量は638万トンまで減少し、沿岸漁業の漁獲量もついに殆ど沿岸の零細漁業に依存していた1945年の漁獲量をはるかに下回る158万トンになってしまった。漁民の数は、戦後ピークを迎えた1951年の86万人から26万人にまで減ってしまった。日本の漁業に起死回生が迫られている。

では、その策は日本にあるのだろうか?その答えは「ある」である。

海の森づくり運動

1987年以来、改革解放政策の下で、中国の海面漁業が急速に伸び、今では中国は1,400万トンの漁獲をあげ、日本へも大量に輸出している。これを支えているのは、大連から福建省におよぶ沿岸海域1,300kmに及ぶコンブ等海藻類養殖による人工海中林の存在である。現在の中国の海藻生産量は湿重量で600万トンを超えており、日本の海藻総生産量の約10倍である。これらの人工海中林が、海洋環境を改善し、魚介類の産卵場や揺籃場となったと考えられる。この膨大な海中林造成のきっかけは、1930年に北海道から導入されたマコンブの養殖である。私たちは、「この中国から逆に学ぶべきことはないだろうか?」と考え、1994年鹿児島県東町漁協で、沖合水域における大規模海中林造成試験を行い、その可能性を確信した。以後、全国に共鳴者を増やし、いまでは、全国各地で小規模ながらも実験が続いている。

2001年1月大日本水産会の業際懇談会で、「21世紀の課題」として「日本の沿岸域におけるコンブ海中林造成等による水産資源倍増論」がテーマとなり、その後、第154回国会農林水産委員会(2002年6月6日)でも「コンブの森づくり」が取り上げられ、「海の森づくり推進協会」、「沖縄ピースコースト」等の民間団体が人工海中林造成の普及活動を展開している。さらに、超党派国会議員からなる「海の森づくり推進議員連盟」もできた。

水産資源倍増10ヵ年計画

私たちが提唱する日本沿岸域における水産資源倍増計画は、「海の森づくり」と「その生産物の利活用」を事業の両輪として、全国津々浦々に分布する漁協・漁民・漁村を中核とする「海・山・川と森と里と都市」を結ぶネットワーク活動によって水産資源を倍増しようとするもので、その骨子は次のとおりである。

  1. コンブ種糸「100m運動」
    これは、これまでの単一養殖から海藻等を含めた複合養殖に切り替えるための運動である。100mのコンブ種糸代は現在約2万円弱である。裏作として出荷後の空生簀や利用中の生簀・ロープ等を利用して鹿児島県の錦江湾以北であれば6ヶ月で約20トンのコンブ生産は可能である。また、魚類生簀面積と海藻養殖面積を1:1にし、全国で10万の生簀が参加し、アオサ等夏から秋にかけて成長する海藻と組み合わせ海藻の周年栽培を実施すれば、200万トン(現海藻総生産量の約3倍強)の海藻養殖生産が実現することになる。安全で安心できる食品を提供する養殖が求められている昨今、このような人工の藻場形成は10年間の目標として決して無理なものではない。
  2. 大規模人工海中林・藻場の造成
    全国に存在する沿岸地区漁業協同組合のうち、約500地区の共同漁業権水域の外縁に毎年1万トン生産用の浮沈式コンブ等海中林を造成維持すれば、年間500万トンのコンブ生産が可能となる。当初の5年間は、大規模海中林造成の環境影響評価等の研究や種苗生産施設等の建設などインフラ整備にかけ、後半の5年間に全国普及を図れば、上述の種糸「100m運動」と大規模人工海中林造成による生産量は併せて700万トンとなり、その藻場効果の結果、日本沿岸の水産資源の倍増が期待される。
  3. 生産物の利活用
    コンブは、大型海藻であるため取り扱いが簡単で、餌用、食用、薬用、肥料、工業用原料等、利用法は多い。養殖業者にとっては、アワビ、ウニ、サザエ、カワハギなど藻食性魚貝類の良質の餌となる。食用としては生食・食品加工用素材・機能性食品等として利用できる。薬用としてはヨード欠乏症や癌に効く。肥料としてはスイカ等の糖度を増したり、化学肥料を長く使った畑でとれる野菜の硝酸態窒素を蛋白質に変える働きがあり、生ごみ処理用コンポストの分解細菌を増やす触媒としても使える。また、工業用原料としてはアルギン酸等の食用以外に染料・潤滑油・化粧品等の添加剤に使える他、バイオマスエネルギー源にもなる。生産物の利活用が現金収入に結びつきだせば、その人工海中林造成事業は経済自立性を持ち、地域振興に繋がる。

計画の特徴

上述の計画は、これまでの藻場造成と違い、次のような特徴を有する。

  1. 管理主体は漁民や漁協で、一定のサイクルをもった仕事である。
    1年を通して、漁民あるいは漁協が種を管理し、毎年沖出しし、収穫するという一連のサイクルを管理しなければならない。この村落共同体としての意識は長期的に漁村における雇用の創出、漁民の収入増、漁村の活性化に繋がる。
  2. 環境浄化に繋がる。
    コンブ等海藻類を使った人工海中林は、水中の窒素・燐・炭酸ガス等を吸収し、酸素を出し、富栄養化や赤潮を防ぎ、青潮や磯焼けの弊害を少なくする。また、コンブは半年で収穫されるので、優先種となって対象海域の生態系を壊すことはない。ちなみに、日本から輸入されたコンブが中国で養殖され始めて既に70年になるが、コンブによる環境破壊の話は聞かない。
  3. 天然の藻場造成の役割を補完する。
    われわれが提唱している養殖技術を駆使した人工の海中林造成は、人工的なコントロールが難しい天然の藻場を補完するものであり、多年生の海藻・草類を主体とする天然の藻場造成と共生できる性格のものである。(了)
鹿児島県錦江湾コンブ養殖写真 コンブ写真
2003年2月11日現在の鹿児島県錦江湾でのコンブ養殖試験。2002年12月19日青森市水産指導センターから取り寄せた種を2003年1月7日に沖出しした。錦江湾では種の沖だしに関しては、初の成功例となる。

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