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オーシャンニューズレター

第64号(2003.04.05発行)

第64号(2003.04.05 発行)

漁船海難は何故なくならないのか

北海道大学大学院水産科学研究科教授◆天下井(あまがい) 清

わが国における漁業生産量の98%を支えるのは、20トン未満の小型漁船である。漁業海難のほとんどがこうした小型漁船に起きているという事実から、もはや目を背けてはいられない。北海道における漁船海難防止活動では海難発生数を半減させるほどの成果を挙げたが、それでも海難を根絶させたわけではない。漁船のリスクを取り除くためには制度上のさらなる改善も望まれる。

1.漁業とはリスクなしで行えないものなのか

わが国の海面漁業生産量は昭和63年の1125万9千トンを最高に以降国連海洋法条約の発効等の影響を受けて減少しているが、それでも平成12年は約640万トンの生産をあげている。無動力船、船外機付船を除いた約12万7千隻の漁船がこの生産を支えている。その内98%が20トン未満のいわゆる小型漁船である。

この年の漁船海難は694隻でその88%が20トン未満船に起きている。特にプレジャーボートを除く転覆海難数では漁船が半数を占める。船舶海難による死亡・行方不明者数は178人で内132人(74%)が漁船であり、負傷者数は237人中139人(59%)と漁船員の事故が多い。この他海中転落等船舶海難によらない人身事故による死亡・行方不明、負傷も同等程度発生している。

漁業経営の根幹は安全操業にありと言われて久しいが、板子一枚下は地獄の世界が今も残っている。漁業とはリスクなしで行えないものなのか。初歩的な疑問を抱きつつ漁船安全について考えたい。

2.漁船安全の歴史的背景

新潟沖で大福丸が転覆している画像
2001年1月31日新潟沖大福丸(写真提供:海上保安庁)

海の幸として魚は日本人にとって重要であったため、政府は遠洋漁業奨励法(明治31年)によって遠洋に出漁できる漁船の建造、漁労設備の施設に力を入れ漁業の育成発展に努め、漁業生産に関する法律として漁業法(明治43年)を定めた。そして船舶安全法(昭和8年)の制定に際し、一般船舶の安全基準を適用することによって漁業生産が阻害されてはならないという配慮から、漁船については20トン以上を対象とし、満載喫水線※1の適用を除外した。さらに漁船特殊規則及び漁船特殊規定(昭和9年)によって無線電信施設を免除し、一般船舶と安全面で区別した。即ち漁船の復原性については特に設けられなかったのである。

戦後、食糧確保の必要性から資材や建造技術が十分でないまま、漁船建造が進められることになるが、同時に、漁船検査規則(昭和25年水産庁)が制定され、初めて復原性基準が導入されることになった。

しかしながら、その後も漁船海難が多発したため、昭和40年代に出漁時に保持すべき予備浮力や積荷の移動防止等を水産庁が基準として定める一方、運輸省(現国土交通省)と協議して、特に海難の多い小型漁船を対象に安全基準の強化に乗り出した。

3.漁業法と漁船法による制限

漁業法によって漁船は漁業許可を得て操業するが、漁業許可の制限は船の大きさ即ち総トン数によった。改正漁業法を受けて漁船法(昭和25年)が制定され、「漁業管理」の基本を「漁船管理」においた。漁業の管理、調整、いってみれば水産資源の保護を漁業種類ごとに漁船の総トン数、許可隻数、操業区域、漁法、漁具の制限によったのである。漁業の発展に伴って漁場が遠隔化し、船の高速化が求められた。そのためには船体を長くすることが必要となる。同じ総トン数(容積)で長くなれば、幅や深さが減じられ、その結果作業性の悪い転覆のしやすい船型になりがちである。

4.北海道における漁船海難防止活動

日本の漁業生産の大きな担い手である北海道では、漁船の海難事故が毎年約300隻、死亡・行方不明者は約200名を超えるという状況を憂慮して、漁業者の意識の高揚と救助、救済を含めた総合的な対策を実施する機関として、昭和49年社団法人北海道漁船海難防止センター(現在北海道漁船海難防止・水難救済センター)が設立された。以来30年あまり「小型漁船の積荷と行動の限界」、「漁船における海中転落防止」、「漁労設備と復原性」、「小型漁船用常時着用型安全衣基準」、「海難ゼロをめざして―北の海に生きる―」映画制作等19事業にも及び、これらの成果の浜への還元が図られた。特に救命衣の常時着用を呼びかけるオレンジベスト運動の展開(昭和56年より)、常時着用型安全衣の開発とその啓蒙普及(平成5~8年)等が地道に遂行された。海難防止講習会の開催は年平均150回、受講者は年平均約1万人であり、訪船指導隻数は年平均3千隻に達している。

この海難防止事業の効果は図1及び図2に示す通りで、漁船の海難発生数は顕著に半減したことは驚嘆に価する。

5.漁船の更なる安全のために

20トン以上の漁船については船舶安全法、船舶復原性規則等の法令によって安全に守られているから安心であるかというと、現実には海難事故が多発している。国土交通省はすべての漁船を対象に定期的検査時に船舶の重心測定等の復原性調査を実施(平成13年)した結果、底引き網漁船の復原性能が年々劣化していることからその是正措置を検討している。このような大規模な調査は漁船の安全対策上画期的なことである。そこで次に解決すべきことは、未だ体系だった安全基準が確立していない20トン未満のいわゆる小型漁船についても、安全対策を点検すべきということである。

長引く不況の中で代船建造がままならず、老朽化していく現存漁船の安全確保はいうまでもないが、今後新たに建造される小型漁船は旧来のまま同様の基準で建造させるのか、わが国も真に必要とする復原性能、操縦性能、操業及び作業性の良い、安全確保の視点からの船型設計、開発をすすめる必要があろう。

海難防止の運動は今後も十分な経費と関係者の努力によって継続されなければならないが、海難を根絶するためには漁船のリスクを取り除くさらなる制度上の改善が望まれる。今やその時期が到来している。(了)

■図1北海道周辺海域における海難発生状況
北海道周辺海域における海難発生状況のグラフ
■図2北海道周辺海域における海中転落発生状況
北海道周辺海域における海中転落発生状況のグラフ

※1 満載喫水線:貨物(漁船の場合は漁獲物)を最大限積載して沈めうる船の深さ。この決め方によって浮力の余裕が確保され、波の打ち込みも減らすことができる。

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