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オーシャンニューズレター

第64号(2003.04.05発行)

第64号(2003.04.05 発行)

「海運特区」を神戸に作ろう

海事補佐人◆岡田紀代蔵

自国籍船の海外流出(フラッグアウト)を防止するため、欧州諸国では新しい船舶登録制度を導入するなどして海運強化策が図られている。わが国においても内閣による構造改革特区構想が推進中であるが、海運産業が高度に集積し、海運行政、海事教育研究、船員供給機能が充実している神戸市こそ、第2日本船籍制度を核とする海運特区に最適と考える。

国と海運の衰退

かつて七つの海を支配した英国の海運が衰退したのを先例として、戦後、先進各国の海運は、海上物流の増大とは裏腹に、自国船腹量を大幅に減少させてきた。わが国は戦後の復興、重化学工業化の波に乗って、多量の船舶が必要とされたため、海運各社への利子補給など手厚い保護をしながら計画的に船舶建造を図ってきた。

しかしながら、昭和39年頃に始まる海運不況、船員費の高騰、便宜置籍船※1の台頭、為替問題等の要因により、わが国商船隊としての船腹量はそれなりに維持されてきてはいるものの、その核となる日本籍船と日本人船員は、往時の10分の1まで減少してしまった。(図1参照)

他産業に比べ、一世代も前からグローバル化の波にさらされてきたわが国海運会社は、他の先進国同様、その延命のために自社船舶を国外に置籍し、日本人船員を排除し、直近の会社利益だけを追求せざるを得なかったのが現実である。

衣食住の原材料のほとんどを海外に依存せざるを得ないわが国の海運の現状を、このまま放置するといったいどのような事が近い将来に起こるであろうか。

わが国の貿易量(トン)の99.7%のうち、日本籍(日の丸)船の積取り比率は輸出で1.4%、輸入で10.9%である。この数字がゼロになることはライフラインを完全に外国に委ねることを意味する。すなわち各国でわが国向け物資を調達できたとしても、その安全輸送に何ら政府は関与できないということである。

人は足から弱ると言うが、今やわが国も経済活動の基盤たる運輸の方から国が弱り始めてきている。日の丸船に乗り組んだ船員は、20年前33,000人を数えていたものが、今や3,000人弱となってしまった。海上で働く彼らの質・量の存在があって日本の海は護られていたとも言える。もし、この数字がゼロとなるならば、一例ではあるが海難事故に拘わる裁判(海難審判)さえもが、自国民でなしえなくなることも考えられる。国連海洋法条約批准により世界第6位の排他的経済水域を持ちながら、実質的な管轄権を持たない国になってしまうのである。

諸外国における復興策

海運を自前で確保できない国としての脆弱性に気が付いた欧州諸国は、自国籍船の海外流出(フラッグアウト)を防止するため、わが国に数歩も先駆けて新しい船舶登録制度を導入するなどして海運強化策を図っている。(右表参照)

特にノルウェーは1996年6月から開始した国際船舶登録制度によって自国船籍の減少に歯止めがかけられた(船社331社、管理下船1,393隻が、1998年末には950社、1,622隻、に増加)。英国でも危機発生時に徴用する戦略上の重要性から、第2船籍制度に加えて2000年にトン税(外形標準による法人課税)を導入したため、急速に英国船籍の船腹量が回復している(1993年5,680千総トン、2000年11,093千総トン)。さらに台湾、デンマークの海運会社も、市場の信用力強化のため、あえて途上国の便宜置籍を選択せずに「英国籍船」に切り替えを始めている。こうした第2の船籍制度は、お隣りの韓国においても昨年2月、済洲島特別船舶登録制度が立ち上っている。

■諸外国の海運強化策一覧
海運強化策の表

神戸に海運特区を

■図1 日本籍船・船員数の推移
日本籍船・船員数の推移の表
(外航労務協会等の資料による)

■図2 わが国商船隊の船腹量推移
わが国商船隊の船腹量推移の表
(国土交通省「海事レポート」による)

さて、小泉内閣は現在、経済活性化のために構造改革特区構想を推進中である。同特区は(1)全国一律の規制について、地域の特性等に応じて特例的な規制を適用すること、あるいは(2)一定の規制を試行的に特定地域に限って緩和すること、さらに(3)産業集積等地域の活性化のためにこれら規制改革に加え、それぞれの地域に応じた様々な支援措置を行うことを定義している。特区とは、中国深特区に知られるように、国の中に別の国を立国するようなものとイメージすれば解りやすい。

平成14年9月現在、国際物流関連では苫小牧市など全国29の都市から港湾、空港、物流、加工、国際交流等の特区構想が提出されている。筆者が本紙面を借りて提案するのは、海運産業が全国どの地よりも高度に集積し、海運行政、海事教育研究、船員供給機能が充実している神戸市を、第2日本船籍制度を核とする海運特区にしようとするものである。もちろん、パナマと同レベルの償却制度、減免税制度等を前提とした上であるが。

現在パナマ等にフラッグアウトしている船舶の1/2(1000隻、7,000万重量トン、図2参照)を"神戸船籍"に戻すことによって、約300億円弱※2が特区の収入となる。これを原資に日本人船舶職員の給与補助は十分に捻出できることになる。同じく筆者の試算であるが、本特区の経済効果は、日本人船舶職員(4,000人)の年間所得400億円をはじめとして、船舶建造に係る資金手当(約5兆円※3)をめぐり、国内金融が活性化するはずである。

神戸港は歴史的に日本の海運・港湾関連産業の基幹港であり、業界一の施設と機能を備え、かつ、地元市民の理解力は絶大である。神戸海運特区を国籍とする第2日の丸船は船長、機関長等上級士官を日本人として、そのもとで、多数を占める外国人船員が働くわけであるが、こうした環境の中で育った若年日本人船員が、伝統ある日本の海事技能の継承を確実にしてくれるに違いない。たまたま海難を起こしても船舶を放置するようなことはなく、その運航と管理に係る責任を大いに果たしてくれるであろう。(了)

※1 便宜置籍船:船舶登録税などの税金を節約したり、乗組員の人件費を削減するため、船籍を外国において登録した船舶をいう。パナマやリベリアなどは、登録要件が日本ほど厳しくないため、これらの国の船籍で登録された船主(船舶所有者)が日本人である外航商船も多い。

※2 船舶償却金利、船舶保険料率、船員事務手続や弁護士費用等の差額から得られる特区収入をいう。

※3 便宜置籍をしている日本商船隊(タンカー、バルクキャリア、コンテナ船等)の平均建造船価を50億円/隻とした。
日本の実質的な船主は、便宜置籍船の建造に当たって、国内金利より高い(通常1.5~2.0%)資金(ユーロドル、米ドル)を調達している。すなわち、この金利差が海外に流出していることになる。国民の預貯金をもっと有効に利用すべきである。

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