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オーシャンニュースレター

第63号(2003.03.20発行)

第63号(2003.03.20 発行)

浮体構造物は船舶か建築物か

シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所参与◆寺前秀一

ウォーターフロントに係留されている客船等の浮体構造物にかかる規制について、第三次行政改革審議会答申では「縦割り行政の是正」における指摘と対応として、「船舶及び港湾の施設として安全規制を行う運輸省と、建築物として安全規制を行う建設省及び消防庁の間で省際問題となっており、技術基準の整合性、効率的な検査等の実施について調整を図る必要がある」としているが、この問題は中央省庁改革後においては省内問題となっている。

我妻栄博士の教え

我妻栄博士は「大学で習ったうちで、忘れられない奇抜なもの」として、「海商法の講義で習った船の定義」を挙げ、「船とは、水、空または陸を航行する一定の建築物にして、航行とは、他力に依りて自在に自動するが如き情態に在ることなり」とユーモラスに紹介している。船とは建築物となっているところが面白い。博士は同時に、定義とは暗記ではなく理解すべきものとし、定義を暗記しても具体的な判断にはほとんど役に立たない、とされたが、その教えは今も生きている。

転覆の危険性等を考慮しなければならない「船舶」は船舶安全法(昭和8年)で、地震等を考慮しなければならない「建築物」は建築基準法(昭和25年)で、その安全性がチェックされてきたが、科学技術の進展は制定時の立法者の予想を超え沿岸域に浮体構造物を出現させるとともに縦割行政問題も顕在化させた。第三次行革審答申では、浮体構造物にかかる規制が運輸省、建設省の間で省際問題となっており、技術基準の整合性、効率的な検査等の実施について調整を図る必要があるとした。中央省庁改革後は、この省際問題は省内問題となった。

建築基準法は建築物を土地に定着する工作物と明文化し、建築行政運用上、水面、水底等にあって定常的に桟橋や鎖等で土地に定着された状態も含むとしている。船舶につき船舶安全法では明文の定義はなく、行政運用上移動性、浮遊性、積載性をメルクマールとする。海に浮かぶ下駄や養殖いかだは建築物でも船舶でもないが、浮体構造物は船舶であり建築物であるとされる。この結果同一施設に正反対の考え方の規定が適用されることとなった。建築基準法では地上への避難を前提とし2以上の直通階段を設けなければならないが、船舶安全法は、救命艇が装備される上部甲板等への脱出経路を設けなければならない。船舶は鋼板による板構造であり、火災時の熱に対しては相当に強い。そのため、火災発生の区画における消火と隣の区画(部屋)に高熱が伝わらないよう、防熱を施すことが基本となるが、建築物は、一般に鉄骨構造であるため、熱による力が貯まって構造破壊を起こす可能性があり、厳しい耐火構造を要求している。また、区画を密閉(無酸素状態)して消火を行うという考え方にたつ船舶安全法には旅客船のエントランスやアトリウムなどの大きな空間を除き排煙設備の規定はない。建築基準法のように煙を外に出して消火を行うこととは正反対である。

求められる行政手続法思想の進化

大型レストランバージ
わが国で建造された大型レストランバージ(稼動中の香港ではどう取り扱われているのだろうか)

浮体構造物が船舶であるか建築物であるかはそれぞれの法律に基づき主務大臣が判断してきた。それぞれが積極的に拡大解釈すると、建築物であり船舶であるということになり、コストがかさむ上に手続きが煩雑になる。消極的な対応をすると、建築物でも船舶でもなくなり、浮体構造物の不動産登記ができないため、資産価値が認められず、事業として成り立ちにくいという問題が解決されない。文字通りのプライムミニスターであって首相が決着させるという政治風土になかったわが国、司法で決着をつけるという社会風土にはなかったわが国では、浮体構造物を国を挙げて推進するという体制が構築されてこなかった。リゾートブーム時の昭和63年、船舶安全法の適用の本格的具体化が運輸省令改正で行われた。移動せず浮いた状態で不特定多数の旅客が利用する船舶が「係留船」として整理され、新たに所要の規制が行われることとなった。建築基準法の適用は、昭和44年の建設省課長通達により、水面または水中の建築物、工作物が建築基準法の適用対象とされてきたが、更に平成元年の課長通達においても浮体構造物を建築基準法の対象とし、「船舶安全法施行規則(省令であって閣議決定事項ではない)が改正され、係留船が新たに船舶安全法の適用になったとのことであるが、建築基準法の有無については、当該改正によって何ら影響を受けるものではない」とした。

21世紀の今日、政府はグローバル観光戦略を作成した。海洋性レクリエーションもその戦略中の重要な位置付けがなされるが、リゾートブーム時には、積極的・消極的権限争いで海洋リゾートの目がつぶれた。今でもHPに痕跡が残っている(「海面の水域占有を取得するには、26項目の認可が必要でした。許認可を取得するだけに4年間かかりました。こんな事業は、努力の割に大きな疲労感と借金をえて、夢まで小さくなりそう」~http://www.age.ne.jp/x/shiより)。

行政手続法の思想は進化し、ITでは具体的申請等がなくても事前に行政の判断を示さなければならないルールが導入されている。自由裁量の幅の大きい建築基準法、船舶安全法でも求められる思想であろう。そもそも、浮体構造物に関する技術は高度な民間の技術であり、船舶安全法、建築基準法いずれも民間の知識を活用して規則を作成しているわけであり、共通の場で議論をすべきであろう。

沿岸域における特別立法措置の必要性

造船工学科の多くが海洋工学科等に名称変更されたように、浮体構造物は船舶技術の延長線上にあるが、そのことが直ちに船舶安全法の体系で処理すべきということにはならない。ウォーターフロントにおける良好な環境の一体的な整備が必要であり、海も狭くなってきているが、船舶安全法には集団規制の思想がない。建築基準法は人命、財産等を守るための規制(単体規制)に加えて、都市の生活環境の保護や都市機能の更新を図るための規制(集団規制)がある。建築基準法と姉妹法である都市計画法に基づき定められた地域地区に関する都市計画は建築基準法に基づく建築制限によって実現されていくという仕組みをとっている。しかしながら、現実には水域における建築基準法等の適用も不備であり、実例は対処療法的であり、高さ一つをとっても基準がない。浮体構造物による海域利用を考慮して制定されている法が存在しないため、複数の法が適用され、手続き等に時間を要する。船舶か建築物かという対立構造よりも海域の延長であり陸域の延長である沿岸域を対象とした立法が必要なのであろう。

浮体構造物をわが国の戦略的技術に位置付けするのであればグローバル基準でなければならない。この点では国際的に了解された海上人命安全条約の定める基準に準拠する船舶安全法のシステムには一日の長がある。新しい立法でも参考にすべきであろう。(了)

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