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オーシャンニューズレター

第61号(2003.02.20発行)

第61号(2003.02.20 発行)

ベトナムの沿岸無線局人材育成と国際協力

JICA沿岸無線運用指導長期専門家◆土谷康男

ベトナムの沿岸無線局人材育成のためにJICAの指導員として参加する機会を得た。ベトナムの海上安全に関する現状をレポートしながら、あわせて、これからの国際協力活動のあり方について考えてみたい。すべての基礎となるものは、互いに協力し合う気持ちと、人間同士の信頼関係すなわち「ヒューマンリレーション」であると考える。

ベトナムにおける海上安全について

ベトナムの沿岸無線局人材育成のために行ったJICA専門家活動を通し、ベトナムの海上安全に関する現状を紹介し、今後現地ニーズに即した国際協力を行うためには、どのような姿勢で相手と接するべきかということを改めて考えてみた。

ベトナムは国内運輸・貿易の両面で海運の果たす役割は年々増大し、港湾に寄港する船舶数の大幅な増加も見込まれている中、海上交通の安全確保を早急に行う必要がある。

一方、海上安全分野においてはGMDSS(Global Maritime Distress andSafety System:全世界的な海上における遭難安全システム)がIMOによって提唱され、これに対応すべく沿岸無線設備、衛星通信設備の構築が策定された。これを受け、ベトナム政府はGMDSSに対応した沿岸無線通信施設を円借款により建設している。

GMDSSは、世界のいかなる海域にある船舶も陸上から航行安全にかかる情報を適切に受信することができ、遭難した場合には、従来のモールス通信に代わって捜索救助機関や付近航行船舶に対して迅速かつ正確に救助要請を行うことができる、全世界的な遭難・安全通信体制である。

しかしながら、GMDSSという新しいシステムを整備、運用するに当たり、海岸局および船舶の運用者は新たな技能・知識等が必要であるが、先進国と比べるとベトナムではその安全意識はかなり低い状況である。私は人材育成のために、専門家として沿岸無線局の運用・保守の方法と捜索救助体制の見直しを指導してきた。ベトナムでは、十分な無線設備を装備せずに遙か沖合いまで漁に出る漁船や、船舶の遭難情報を自動的に無線局に通報するシステムにおいて、現在世界中でも問題になっている人為的な操作ミス等による遭難情報の誤発射に関する問題意識の欠如、捜索救助体制の未整備状況など多くの課題を残している。したがって沿岸無線局と連携した捜索救助機関を早急に構築し、また活性化することが、世界に対する責務を果たすためにも期待されている。

専門家活動について

雑貨埠頭港写真
海難を想定した通信実地訓練

専門家活動で一番苦労したことは、彼らは自分たちが行っていることが常に正しいと思い込んでいること、そしてなかなか新しい技術やシステムを取り入れようとせず、なるべく現行の体制を崩さないように日常の業務を行おうとすることであった。一例を挙げると、この無線局は公衆通信も取り扱っており、せっかく新しいシステムを導入しても、自動的に通話料金を計算したり、業務日誌に記載できる作業を、従来どおり手書きで行うなど、新しいルーチンワークに拒絶反応を示すことも多かった。確かにベトナムには独自のやり方があり、環境も組織体系も日本とは異なるのだから、作業システムの改善を行うのは大変なことである。

送信機を保守・管理している送信局においては、故障が無ければ何も仕事をやる必要はないという考えであったが、実際に現場でOJT(On the JobTraining)という形で、相手と毎日顔を合わせながら日常点検の必要性を理解してもらうため、遠隔コントロールを行っている機器の各部の電圧や電波の強さなどのデータを毎日継続してチェックすることが、突然発生した機器の動作不良の原因究明には欠くことのできない重要な作業であることがようやく分かってもらえたこともあった。

また、沿岸無線局と捜索救助センター(RCC)との関係においても遭難情報を受信したあとの処理方法等を決める際、当初はなかなか意見の調整がつかなかったが、顔を合わせ互いに意見交換をするうちに、それぞれの作業内容を理解、尊重し合い、どのように処理を進めていくべきかを積極的に検討し、コミュニケーションの重要性が認識されることにより、組織の活性化に対する意欲が進みだした。

相手に適切かつ有益な情報提供を行ったり技術指導をしているうちに、組織内の横のつながりができてくると同時に、今まで完全に縦割りで独立した組織の間の風通しがよくなり、人間関係が次第に形成され、スムースに仕事が流れるようになった。

すべての基礎はヒューマンリレーション

わが国の海事分野における国際協力については、海上物流、海上安全、教育・人材育成等さまざまな分野にまたがっており、多くの派遣専門家集団がこの分野に携わっている。これらの活動目的は、人々が安心して生活できる暮らしの基盤確保と人命の尊重である。そしてそれぞれの活動の成果がお互い相乗的に有効活用され、常に大きなフィールドを意識しながら、継続して国際協力が行われるべきである。また、これからは流出油事故対策はもとより、インフラ整備による海上交通量の増加に伴うケースなど、環境や安全に対する問題意識を持ち、かけがえのない地球の財産を全ての人々が協力し合って守っていくという、全世界共通の認識を持つ必要がある。国際協力活動において、技術移転・協力活動が完了し、実際に運用維持管理をするのは協力を受けた側の人々であり、彼らが自己意識をもってこれらの問題に継続して対処していかなくてはならない。

そのためにも、正確かつ有効な情報を共有し、随時適切な情報交換ができるネットワークの構築が必要となってくる。そして、そのネットワークを根底から支え、最も基礎となるものが互いに協力し合う気持ちと、人間同士の信頼関係すなわち「ヒューマンリレーション」ということになるのではないだろうか。(了)

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