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オーシャンニューズレター

第61号(2003.02.20発行)

第61号(2003.02.20 発行)

マラッカ海峡の歴史的灯台

日本財団海洋船舶部◆山田吉彦

マラッカ・シンガポール海峡の航行安全を確保するための費用は増加の一途にあり、大規模事故が起こる前に、沿岸国と利用者の協力体制を構築しなければならない。ホースバーグ灯台の歴史に倣い、受益者が海峡安全への資金提供を行うとともに発言権を持ち、沿岸国と協力しながら海峡の安全対策を進めていく体制づくりが必要であると考える。

誰がマラッカ海峡の安全を守ればいいのか

最近、マラッカ・シンガポール海峡(以下、マ・シ海峡とする)の航行安全に係る費用を誰が負担するべきかという議論が活発化している。国連海洋法条約第43条では、「海峡の安全と環境保全のため沿岸国と利用国は協力すべきである。」としている。AIS(自動船舶識別装置)の導入などにより、海峡の航行安全を確保するために係る費用は増加の一途をたどり、沿岸国は利用国に対し、海峡の安全を守るための費用負担を求めている。

また、マ・シ海峡内では、海賊が横行し、海上テロの危険性も増加している。早急に、現状の安全対策を見直さなければならない。現在、沿岸国への他国からの協力は日本財団を中心としたわが国からの支援だけと言っても過言ではない。

ホースバーグ灯台の歴史が指し示す「一筋の光」

■ホースバーグ灯台の位置
ホースバーグ灯台の位置を示した古い地図

マ・シ海峡の航行安全施策の歴史を振り返ると、ひとつの費用負担の方策が見えてくる。

マ・シ海峡の東の入り口、シンガポール島の東南海上にホースバーグ灯台がある。現在、シンガポール政府が管理しているこの灯台は、1836年に建設計画が提案され、1851年に運用が開始されている。ホースバーグという名は、イギリス東インド会社の優秀な水路技師であったジェイムス・ホースバーグ(1762年~1836年)の名に由来している。当時のマ・シ海峡沿岸部の情況は、現在のシンガポールおよびマレーシア側が英国の植民地であり、インドネシア側はオランダの植民地となっていた。海峡の中心都市シンガポールは、1819年、イギリス東インド会社職員S.T.ラッフルズにより作られた(1811年の時点で、シンガポールは人口数百人の小さな漁村だった)。ラッフルズは、アダム・スミスの影響を色濃く受け、海峡地域が他国により侵略されることを防ぎ、英国国民の利益を守るとともに「マレー諸国民」の進歩と利益を推進することを目的とした政策を実施した。マレー諸国に英国のような「法、行政、商慣習」などの制度を取り入れた新しい自由主義経済秩序を導入しようとしていたのである。

ラッフルズ灯台の写真
ホースバーグ灯台の運用開始からわずか数年後の1854年に建設されたラッフルズ灯台は、今もシンガポールに残る。(2002年8月撮影)

ホースバーグの灯台の建設を提案したのは、英国商人で、ジャーデン・マセソン商会を率いたウイリアム・ジャーデンである。ジャーデン・マセソン社は、中国へのアヘン貿易で富を蓄え、明治維新期の日本へ武器を供給していたことでも、その足跡を記録に残している。ジャーデン・マセソン社は、中国そして未知の国日本などのアジア諸国との貿易のため、マ・シ海峡の航行安全を確保する必要に迫られていた。そこで、東インド会社の水路技師ホースバーグとはかり、シンガポール沖に存在し、航海の安全を妨げている岩礁に灯台を建設する提案を行った。

ジャーデンは、ホースバーグの死去の年、同氏を偲び、ホースバーグ灯台の建設のための基金を設立、中国の広東、インドのボンベイ(現ムンバイ)、マレーシアのペナンなどにおいて募金活動を開始した。寄付に応じたのは、アジア植民地で働く、ヨーロッパの船員や商人が中心であった。ジャーデン自身、個人的に500スパニッシュ・ドルの寄付を行い、ジャーデン・マセソン社からの寄付は1847年に寄付を締め切るまでに総額7,411ドルに達した。その他、寄付の大所は、イギリス東インド会社、カルカッタ商業会議所、ボンベイ商業会議所などで、最終的な募金総額は23,665ドルに達している。

スパニシュ・ドルとは、東インド会社が使っていた一つの貨幣の単位である。ホースバーグ灯台は、航行の難所マラッカ海峡に、その必要性を認めた受益者たちの資金提供により建設された。この灯台の建設は難航したが、設置場所、設置方法等については、資金提供者であり、受益者である海峡利用者の会合の決議事項が植民地政府の意見よりも優先されていた。この灯台の維持管理費は、英国の灯台制度と同様に、シンガポールに入港する船舶の灯台税により賄われていた。1856年~1857年の1年間に約4000隻の貿易船がシンガポールに寄港している。

英国の灯台は、トリニティ・ハウス(水先案内協会)により整備され、維持・管理されている。トリニティ・ハウスは英国の港に入港する船舶から徴収される灯台税により、灯台業務を行っている(灯台税を徴収するのは、各港の税関の役割)。17世紀、英国においては、個人所有の灯台が数多く存在した。船主や投資家は国王の許可を得て、安全な航海に必要な灯台を独自に作り、その費用を灯台の管理機関であるトリニティ・ハウスに求償していた。英国では、受益者負担による灯台が光を放っていたのである(1842年、トリニティ・ハウスは英国内の主要な灯台を全て買収している)。英国において灯台業務にかかる経費は、政府、トリニティ・ハウス、灯台諮問委員会のメンバーからなる灯台会議で審議される。灯台諮問委員会は、船主と保険業者および荷主の代表により構成されている。言い換えると、灯台諮問委員会とは、灯台の受益者であり費用負担者の代表である。英国の灯台制度においては、その運営において、費用負担者が発言権を有する仕組みとなっている。

海峡の航行安全のための組織づくりに向けて

ホースバーグ灯台の例に戻ると、この灯台は、受益者の応能主義による負担で基金を設立し、受益者の意思を反映した灯台を建設している。今のマ・シ海峡において必要なのは、ホースバーグ灯台の発想である。受益者が海峡安全への資金提供を行うとともに、発言権を持ち、沿岸国と協力しながら海峡の安全対策を進めていく体制づくりが必要である。日本財団では、そのための組織づくりの準備を行っている。マラッカ海峡管理協力機構構想である。大規模事故が起こる前に、沿岸国と受益者の協力体制を構築しなければならない。

まずは、沿岸国と利用者がひとつのテーブルで話合う場の設定が必要である。(了)

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