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オーシャンニューズレター

第610号(2026.10.20発行)

日本の商業捕鯨を持続的なものにするための課題と展望

KEYWORDS 水産業/持続的な商業捕鯨/鯨未利用部位有効活用
下関市立大学経済学部副学部長、教授◆岸本充弘

鯨は戦前戦後の日本を支えた水産資源であり、捕鯨は水産業の大きな柱でもあった。しかし、2019年の商業捕鯨再開後も多くの方にとって捕鯨は過去のものであり、商業捕鯨の現状について殆ど認知されていない現状がある。世界で唯一の捕鯨母船を有する日本にとって、捕鯨は現在進行形の産業でもあり、捕鯨産業クラスターは地域の産業振興にもつながる。今後持続的な商業捕鯨を目指すためにも、鯨未利用部位の有効活用はその第一歩となる。
商業捕鯨再開後の現状と課題
周囲を海に囲まれた海洋水産国家である日本では、古来より魚や鯨を水産資源として日常的に利用してきた。現在日本の捕鯨は農水大臣許可漁業として実施され、捕獲した鯨を余すことなく利用してきた従前の商業捕鯨は、現在のSDGsの先駆けでもあった。
一方、長年日本は国際捕鯨委員会(IWC)の正常化を訴えてきたが、その実現が困難な状況の中、2019年6月末でIWCを脱退し、翌7月1日より31年ぶりに商業捕鯨が再開された※1。現在は、排他的経済水域(EEZ)内で十分な資源量があるナガスクジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ、ミンククジラを捕獲対象とした母船式捕鯨業と基地式捕鯨業が実施されている。2024年には世界で唯一の捕鯨母船「関鯨丸」(写真1)が竣工し、同年ナガスクジラの捕獲も始まったが、調査捕鯨時と比較し、捕獲頭数の厳格化による生産量の減少、価格の高騰、鯨肉の需要低迷等、捕鯨を持続的な産業として維持するにあたり、さまざまな課題を抱えている。
鯨肉の生産量は水産庁資料によれば、1962年に国内生産量が226,000tとピークを迎え、その後は大型鯨類の捕獲規制に伴い生産量が減少する。1987年の商業捕鯨モラトリアム※2による調査捕鯨への移行後、調査副産物(鯨肉)の国内生産量は5,000t前後で推移してきたが、商業捕鯨再開後は輸入物を含めて2,000t前後に減少している。一方、農水省食料需給表等によれば、日本国内での鯨肉消費量は1960年に年間1.6㎏の鯨肉消費があったものが、2019年以降、流通量から推定すると1人当たりの年間鯨肉消費量は約17g以下と大きく減少している。
また、元々調査捕鯨副産物の販売価格で調査経費を販売益で一定程度賄う仕組みであったことから、一部を除き固定価格で鯨肉が販売され、30年以上にわたり鯨肉市場が形成されてきたため、商業捕鯨再開後も市場を壊さないような流通や販売形態が継続された。その後、鯨肉の付加価値を高めるプロモーションが行われたことにより、最高級の生鮮尾肉(尾の身)は1㎏当り50万円の高値を付けるものも出た。このことが鯨肉価格全体の上昇につながり、一般市民や若い世代の方へ鯨食普及が広がらない要因の一つとなった。今後も持続的な商業捕鯨を維持するためには、まず、多様化している食の選択を踏まえた若い世代の鯨食普及はもちろん、市民の方が日常的に鯨を食べることができる環境づくりが必要である。加えて、鯨や捕鯨をより身近なものとして知る機会を少しずつでも増やしていくことが重要であろう。

■写真1 捕鯨母船関鯨丸

鯨未利用部位有効活用の持つ可能性
持続的な商業捕鯨に必要な二つ目は、食以外の産業振興に捕鯨をどのようにつなぐかである。その手法として期待されるのが、鯨未利用部位有効活用による新たな製品化である。現状では、鯨肉以外廃棄されているが、鯨の皮や骨等の未利用部位を新たな製品化につなげるための実証事業は、すでに2019年の商業捕鯨再開前後から開始しており、その他の捕鯨関連産業と連携しながら産業クラスターが形成できれば、さらなる産業振興につながる可能性を有している。この実証事業では鯨骨等未利用部位の高度化利用に関する調査研究が行われ、「鯨油を利用した健康補助食品・養魚飼料の試験製造等」、「ニタリクジラの未利用部位および加工工残渣(ざんさ)の活用法の検討」、「鯨類の未利用部位、加工工残渣製品化へ向けての活用法の検討および鯨体処理コストの検証」が行われ、鯨油を使用した養魚用飼料の試作や鯨骨を利用した肥料等の試作、それらを使用した生育試験等にも取り組み、新たな製品化につながる一定の成果を上げてきた。また、鯨未利用部位から搾油した鯨油の一部は、下関市立大学経済学部研究室に提供され、ゼミ活動では鯨油を活用した製品開発に取り組んだ。その成果は、鯨油キャンドル「くじらの灯」(写真2)や鯨油入りアクセサリー「くじらのゆらめき」(写真3)に活かされ、下関市内の観光施設等でも販売された※3。
鯨未利用部位有効活用に関する技術的な研究は、1987年の商業捕鯨モラトリアム以降ストップしていたため、現在のさまざまな技術を用いれば、新たな製品開発の可能性は大きく広がる。SDGsに沿った環境負荷をかけない製品開発等は喫緊の課題でもあり、昨今の中東紛争による原油高騰等を考慮すると、今後の取り組むべき事例として、天然の水産資源である鯨の未利用部位を有効活用した国産鯨油生産の可能性を探ることも、大きな意義のあることと考えている。
現在の商業捕鯨は、全盛期である1950年代当時と比較し規模はコンパクトになったが、経済成長著しい大量生産・大量消費の時代と違い、急速に少子高齢化が進んでいる日本の市場規模と、人々の趣向の多様化にも合致するニッチな産業の側面もある。鯨肉生産や加工等の食以外でも、捕鯨に関連する船舶、加工品製造等の研究開発企業も含めると関連産業の裾野は広く、捕鯨産業クラスターを形成することで、小規模ながらも地域の産業振興にもつながる。捕鯨産業を将来にわたり持続的なものとするために、その一助となる可能性がある鯨未利用部位有効活用の製品化に向けての取り組みは、ようやくその一歩を踏み出したところである。(了)

■写真2 「くじらの灯」

■写真3 「くじらのゆらめき」

※1 IWC脱退の経緯等については、森下丈二著「IWC脱退と日本の捕鯨」本誌第464号(2019.12.05発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/464_1.html
※2 1982年に国際捕鯨委員会(IWC)が採択した鯨類資源保護を目的とした商業捕鯨の一時停止措置。1987年(日本は1988年)から実施され、実質的に全面禁止として機能した。
※3 「くじらの灯」は鯨油に自然由来のソイワックスを加えて製作し、キャンドルを製作するための工作キットも併せて販売した。また「くじらのゆらめき」は、オイルモーションにヒントを得て鯨油を封入し、波のゆらぎのイメージを表現したもので、鯨未利用部位を有効活用した普及啓発用の製品として下関市内の水族館・海響館で限定30個が販売され1週間で完売した。

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