Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第610号(2026.10.20発行)

ネイチャーポジティブを「実践」へ
~熊本で開催したGLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026~

KEYWORDS GNPS2026/熊本宣言/SoN
国際自然保護連合日本委員会会長◆道家哲平

ネイチャーポジティブの実現に向けた具体的な行動の検討が始まっている。2026年の夏、熊本で開催した「第2回GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026(GNPS2026)」は、日本の多様な主体が先端の議論に触れ、日本やアジアで培われてきた自然との関わり方や実践を発信する重要な機会となった。本稿では、世界から2,725人が参加したGNPS2026の開催経緯や成果を振り返る。
ネイチャーポジティブは「実践」の段階へ
自然を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ(Nature Positive:NP)」という言葉が、国内外で急速に広がっています。2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が、2030年に向けて生物多様性の損失を止め、反転させる方向性を示したこともあり、企業や金融機関、自治体など、自然保護分野を越えたさまざまな主体がNPを掲げるようになりました。同時に進んでいるのが、「どう実践するのか」を支える方法論の発展です。企業・金融機関が自然への依存や影響を把握し、自然の状態を測定し、目標を設定して行動につなげ、その変化を継続的に評価するための考え方や手法が、世界で整備されつつあります。自然関連情報の開示を進めるTNFDや、自然の状態を把握するState of Nature(SoN)なども、こうした動きの一つです。
現在は、NPへの賛同を表明する段階から、「何を測り、どのような目標を立て、誰と、どのような行動を起こすのか」を具体的に考える段階に入りつつあります。同時に、こうした方法論やルールそのものも、まだ形成の途上にあります。だからこそ、日本の企業や自治体、研究者、NGOなどが世界の議論に直接触れ、日本やアジアで培われてきた自然との関わり方や実践を世界と共有し、相互に学び合うことが重要だと考えました。
こうした世界の方法論と、日本を含む各地の実践を一堂に集め、互いに学び、次の行動につなげる場をつくりたい。そのような問題意識から、2026年7月14、15日に熊本城ホールで第2回GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026(GNPS2026)を開催しました。話者を除く参加者数は、2日間で国内2,585人、海外21カ国140人に上りました。
企業を「参加者」から「実践主体」へ
GNPS2026の大きな特徴は、企業・金融機関を議論の中心に置いたことです。私たちの経済活動は、水、土壌、森林、海洋、生物資源など、さまざまな自然の恵みに依存する一方、土地利用や資源利用、サプライチェーンなどを通じて自然に影響を与えています。NPの実現には、自然保護に携わってきた行政、研究者、NGOだけではなく、経済活動を担う企業や金融機関の変化が欠かせません。
そこでGNPS2026では、企業を自然保護活動の「支援者」としてだけではなく、本業を通じてNPを実現する主体として捉えました。自社の事業拠点だけでなくサプライチェーンまでどう変えるのか。一社では解決できない自然の課題に、地域単位で、あるいは、行政区域では切り分けられない自然に沿ったランドスケープ単位で、どう協働するのか。自然への資金の流れをどう生み出すのか。さらに、Nature Tech※1やデータを自然の把握や回復にどう活用するのか。国際機関、国内外から集まった企業、金融機関、自治体、研究者、NGOなどが、さまざまな角度から議論しました。
なぜ熊本だったのか─水から考える自然と先端産業
開催地を熊本としたことにも意味があります。阿蘇に降った雨は大地に浸透し、地下水となって熊本の人々の暮らしや農業、産業を支え、河川などを通じて有明海へとつながります。「陸」「海」といった区分ではなく、水の流れを通じた一つのランドスケープとして捉えることができる地域です。
その象徴的な取り組みの一つが、「熊本ウォーターポジティブ・アクション」※2です。熊本では、水という共通の自然資本を軸に、自治体だけでなく、製造業、保険会社、地域金融機関、大学など、立場の異なる主体が流域で連携する動きが始まっています。サントリーホールディングス(株)をはじめ、地下水の恩恵を受ける企業も長年にわたり地下水涵養に取り組んできました。一つの企業や行政だけで自然を守るのではなく、同じ流域の自然に依存する多様な主体が、その維持・回復にも共同で取り組みを始めています。これは、GNPS2026で議論したランドスケープアプローチを具体的に示す事例でもあります。
さらに現在の熊本では、自然と産業の新たな関係が問われています。半導体をはじめとする先端産業も、水や土地、エネルギーを必要とします。AIやデータセンターなどが世界的に拡大する中、これからの先端産業を自然との関係からどう捉えるのかも重要なテーマです。
GNPS2026では、こうした熊本での実践を足元に置きながら、水資源と先端産業との関係についても議論しました。自然保護か経済発展かという二者択一ではなく、地域の自然を健全に保ちながら、その恵みの上に持続可能な産業と暮らしを築くにはどうすればよいのか。熊本は、それを具体的に考えることのできる場所でした。
山、川、地下水、沿岸、海はつながっています。海の豊かさを将来に引き継ぐためにも、海だけを見るのではなく、流域全体の自然と、そこで営まれる産業や暮らしとの関係を捉えることが重要です。

メインホールの様子。写真の演者は、国際自然保護連合日本委員会と共にGNPS2026を主催したネイチャー・ポジティブ・イニシアティブ主宰のマルコ・ランベルティー二氏©GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026

ネイチャーポジティブを「測れる目標」に
GNPS2026の成果としてまとめた「熊本宣言」で重視したことの一つが、NPを単なるスローガンにしないことです。
自然は複雑で、その状態を一つの数字だけで表すことはできません。しかし、「自然に良いことをしている」というだけでは、NPを実現したとは言えません。自然の状態を把握し、目標を設定し、行動し、その結果として自然がどう変化したのかを測定する。NPを測定可能な目標として扱うことが、これからますます重要になります。
同時に、「熊本宣言」にはもう一つ大切なメッセージを込めました。NPは自然だけのための目標ではありません。水や食料、安定した気候、災害への強靱性、地域の文化や産業など、私たちの社会と経済は健全な自然によって支えられています。人々が未来をポジティブに生きることのできる社会は、ネイチャーポジティブなしには実現できないというメッセージも入っています。
2030年まで残された時間は長くありません。GNPS2026は「熊本宣言」を発表して終わるものではなく、そこで共有された知見やつながりを、それぞれの企業、地域、金融、政策、そして自然の現場での変化につなげて初めて意味を持ちます。
熊本から始まった議論を、日本各地へ、そして世界の実践に結び付けることが求められています。ネイチャーポジティブを「言葉」から「測定可能な目標」へ、そして「実践」へと移していくことが、GNPS2026後の私たちに課せられた次の仕事です。(了)
※1 ネイチャーテック(Nature Tech)とは、衛星センシング、AI、IoTなどの先端技術を活用して自然資本や生物多様性を可視化・評価し、自然環境の保全や再生を支える技術・サービスの総称
※2 熊本ウォーターポジティブ・アクション https://www.midori-lab.pu-kumamoto.ac.jp/water-positive

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