Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第610号(2026.10.20発行)
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地域に根差した海洋教育が支えるネイチャーポジティブ─南三陸町での実践
KEYWORDS
レジデント型研究者/地域コーディネーター/人材育成
(一社)サスティナビリティセンター代表理事、東北大学生命科学研究科客員教授◆太齋彰浩
宮城県南三陸町では、地域に常駐する研究者を核とした海洋教育と生物多様性研究を継続し、震災からの復興を経て、志津川湾のラムサール条約湿地登録や持続可能な地域づくりにつなげてきた。さらに、子どもたちや高校生の探究活動を支援し、地域の担い手育成にも成果を上げている。本稿では、ネイチャーポジティブ実現に向けた地域に根差した海洋教育の実践と、その全国展開の可能性を紹介する。
ネイチャーポジティブという課題
世界的な目標であるネイチャーポジティブ(生物多様性の損失の流れを止めて回復に反転させること)の達成まで、残すところ4年余りとなった。しかし、目指すべき自然の姿は地域ごとに異なるため、その実現には地域に根差した実践が欠かせない。海洋に関する分野でも、日本各地でさまざまな取り組みが行われているが、本稿では、中でも特徴的な活動として宮城県南三陸町の事例を紹介する。
南三陸町での取り組み
南三陸町は、太平洋に面した人口12,000人ほどの町で、町境が分水嶺に囲まれており、源流から海までの流域に山林、田畑、人の活動空間がコンパクトに詰まっていることが特徴的である。この町では、2000年(平成の大合併前の志津川町時代)より、「エコカレッジ事業」として、任期付研究員(博士研究員)を雇用し、志津川湾の生物相調査などの基礎研究を行うとともに海洋教育に力を入れてきた。財政的に特に余裕があったわけでもない中で、全国的にも例を見ない事業が始まるまでには、いくつかの伏線があった。
一つは、当時、十分に活用されていなかった自然環境活用センターの存在である。町が活用に頭を悩ませていたところ、講演に訪れた藻類学者の横浜康継筑波大学教授(故人)が移住を決断したため、所長として迎え入れることとした。そして、地域密着型の研究・教育活動を志していた筆者も、町職員となって合流した。こうして、活動拠点と研究者、実践者というピースが奇跡的にそろい、志津川湾の自然を調べ、自然から学ぶ活動がスタートした。
小中学生には「海藻おしば講座」などの学びのプログラムを提供し、走査型電子顕微鏡などの専門機材をそろえることで大学の臨海実習にも活用された。クチバシカジカやダンゴウオなど、研究員が次々に発見する生物情報は、マスコミへの露出やマスコットキャラクターとして広く発信され、地域の新たな魅力創出や地域の人材育成、教育旅行誘致の取り組みにもつながった。
こうした事例を他の地域にも広げようと目論んでいた矢先、東日本大震災による津波で町は壊滅的な打撃を受け、自然環境活用センター(通称:ネイチャーセンター)も屋上まで津波にのまれ、貴重なデータや標本は消失した。この後の震災復興は、悲しみや苦難の連続であったが、人々は前を向き、持続可能なまちづくりへの試行錯誤が始まった。町が「南三陸町バイオマス産業都市構想」※1を掲げ、これに呼応するように町内の民間主体で国際認証(森のFSCⓇ認証と海のASC認証※2)の取得を実現するなど、世界でも例を見ない地域となった。戸倉地区のカキ養殖では、漁業者自ら養殖いかだの数を約3分の1に減らし過密養殖からの転換を図る「1/3革命」(筆者が命名)により、高効率で収益性の高い養殖が実現した。これらの動きには、エコカレッジ事業に代表される海洋教育の取り組みが少なからず影響を与えたものと思われる。
ネイチャーセンターの復旧には2020年まで時間を要した※3が、その間も研究員らによる活動は継続された。蓄積された生物相に関する詳細なデータは、2018年の志津川湾のラムサール条約湿地登録において決定的な役割を果たした。研究者の活動により、志津川湾は近隣市町村と比べて「生物多様性が極めて高い」海域として知られるようになった。
現在、ネイチャーセンターでは、ラムサール条約湿地登録を契機に結成された「南三陸少年少女自然調査隊」の支援といった小中学生の育成や、高校の自然科学部が行う海岸生物調査の指導に力を入れている。それぞれの活動が全国コンクールや国際コンテストで入賞を果たすなど、地域に常駐する研究者が行う人材育成の事例として特筆すべき成果を上げている。
一つは、当時、十分に活用されていなかった自然環境活用センターの存在である。町が活用に頭を悩ませていたところ、講演に訪れた藻類学者の横浜康継筑波大学教授(故人)が移住を決断したため、所長として迎え入れることとした。そして、地域密着型の研究・教育活動を志していた筆者も、町職員となって合流した。こうして、活動拠点と研究者、実践者というピースが奇跡的にそろい、志津川湾の自然を調べ、自然から学ぶ活動がスタートした。
小中学生には「海藻おしば講座」などの学びのプログラムを提供し、走査型電子顕微鏡などの専門機材をそろえることで大学の臨海実習にも活用された。クチバシカジカやダンゴウオなど、研究員が次々に発見する生物情報は、マスコミへの露出やマスコットキャラクターとして広く発信され、地域の新たな魅力創出や地域の人材育成、教育旅行誘致の取り組みにもつながった。
こうした事例を他の地域にも広げようと目論んでいた矢先、東日本大震災による津波で町は壊滅的な打撃を受け、自然環境活用センター(通称:ネイチャーセンター)も屋上まで津波にのまれ、貴重なデータや標本は消失した。この後の震災復興は、悲しみや苦難の連続であったが、人々は前を向き、持続可能なまちづくりへの試行錯誤が始まった。町が「南三陸町バイオマス産業都市構想」※1を掲げ、これに呼応するように町内の民間主体で国際認証(森のFSCⓇ認証と海のASC認証※2)の取得を実現するなど、世界でも例を見ない地域となった。戸倉地区のカキ養殖では、漁業者自ら養殖いかだの数を約3分の1に減らし過密養殖からの転換を図る「1/3革命」(筆者が命名)により、高効率で収益性の高い養殖が実現した。これらの動きには、エコカレッジ事業に代表される海洋教育の取り組みが少なからず影響を与えたものと思われる。
ネイチャーセンターの復旧には2020年まで時間を要した※3が、その間も研究員らによる活動は継続された。蓄積された生物相に関する詳細なデータは、2018年の志津川湾のラムサール条約湿地登録において決定的な役割を果たした。研究者の活動により、志津川湾は近隣市町村と比べて「生物多様性が極めて高い」海域として知られるようになった。
現在、ネイチャーセンターでは、ラムサール条約湿地登録を契機に結成された「南三陸少年少女自然調査隊」の支援といった小中学生の育成や、高校の自然科学部が行う海岸生物調査の指導に力を入れている。それぞれの活動が全国コンクールや国際コンテストで入賞を果たすなど、地域に常駐する研究者が行う人材育成の事例として特筆すべき成果を上げている。
海洋教育の実践を南三陸から全国へ
筆者は、ネイチャーセンターで得られた経験を踏まえ、現在は町職員を辞して、民間の立場で南三陸が掲げる「いのちめぐるまち」の実現に寄与する事業を行うとともに、東北大学ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点(NP拠点)に参画し、人材育成による地域づくりに関わっている。地域のネイチャーポジティブ実現には、ネイチャーセンターを起点にしたような取り組みを全国に広げることが、具体的な方策の一つとして挙げられる。その際に足りないピースは、地域のビジョンを共有して研究を地域価値に変換したり、研究者の言葉を通訳できる「インターフェース人材」である。中間支援、地域コーディネーター、あるいはファシリテーターという言葉で語られることもあるこうした人材の重要性は、以前よりは認知が進んできているが、職業として確立されていないこともあり、人材が圧倒的に不足している。幸い、ネイチャーポジティブという言葉の普及とともに、民間でもさまざまなオンライン研修などが提供されるようになったが、こうした人材育成の際に欠かせないのが、現場で現実に触れ、現実を知る機会である。海を直に感じる原体験がなければ、その保全や活用に意味を見いだすことは難しいであろうし、地域で活動するさまざまなプレイヤーとの対話がなければ、現実味を欠いた絵空事の課題解決策しか浮かばないであろう。機会提供の場が今まさに求められている。
筆者が代表を務める法人でも、企業や大学向けの研修プログラム(写真1、2)の中で、海を感じる体験機会を提供するとともに、現地プレーヤーとの対話を重視している。また、東北大学NP拠点においても、一般の方も参加できるさまざまな学びや交流イベントを開催している(写真3)。育成人材を地域に派遣し、地域課題の解決に当たるプログラムを提供するところも出てきた。これらの取り組みに興味を持つ人の輪をつなげ、地域のネイチャーポジティブ実現に必要な人材の裾野を広げていくことが急務である。取り組みを持続可能なものとするためには、行政や企業セクターの協力も含めたオールジャパンの推進体制の構築も望まれる。南三陸で実現した、研究者と実践者が活躍する海洋教育拠点モデルを全国に広めるため、さまざまなステークホルダーとの対話を進めていきたい。(了)
筆者が代表を務める法人でも、企業や大学向けの研修プログラム(写真1、2)の中で、海を感じる体験機会を提供するとともに、現地プレーヤーとの対話を重視している。また、東北大学NP拠点においても、一般の方も参加できるさまざまな学びや交流イベントを開催している(写真3)。育成人材を地域に派遣し、地域課題の解決に当たるプログラムを提供するところも出てきた。これらの取り組みに興味を持つ人の輪をつなげ、地域のネイチャーポジティブ実現に必要な人材の裾野を広げていくことが急務である。取り組みを持続可能なものとするためには、行政や企業セクターの協力も含めたオールジャパンの推進体制の構築も望まれる。南三陸で実現した、研究者と実践者が活躍する海洋教育拠点モデルを全国に広めるため、さまざまなステークホルダーとの対話を進めていきたい。(了)
■写真1 磯の生き物観察。参加者は海の生き物に触れて環境の大切さに気付く。
■写真2 ナイトハイク。普段めったに行くことのない夜の海は、実は多くの生き物にあふれている。
■写真3 東北大学ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点では、人材育成のためのさまざまなプログラムが実施されている。
※1 南三陸町バイオマス産業都市構想 https://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/soshiki/1006/6/2/1/1/1775.html
※2 ASC認証は、環境と社会に配慮した「責任ある水産養殖」の国際的な証し https://jp.asc-aqua.org/
※3 阿部拓三著「南三陸町に復旧したネイチャーセンター」本誌第495号(2021.03.20発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/495_1.html
※2 ASC認証は、環境と社会に配慮した「責任ある水産養殖」の国際的な証し https://jp.asc-aqua.org/
※3 阿部拓三著「南三陸町に復旧したネイチャーセンター」本誌第495号(2021.03.20発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/495_1.html
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