Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第495号(2021.03.20発行)

南三陸町に復旧したネイチャーセンター

[KEYWORDS]南三陸ネイチャーセンター/志津川湾/ラムサール条約
南三陸町自然環境活用センター任期付研究員◆阿部拓三

東日本大震災から9年を経た昨年2月、宮城県南三陸町が運営する研究・教育施設 南三陸町自然環境活用センターが復旧し再スタートを切った。
当センターの被災と復旧の経過を中心に、南三陸の自然環境をめぐる最近の動きや課題について紹介する。

志津川湾の自然環境

■図1 分水嶺に囲まれ町内のすべての川が志津川湾に注ぐ南三陸町

宮城県南三陸町の志津川湾は、リアス海岸が連なる三陸復興国立公園の南部に位置します。大きく開いた湾口が太平洋に面する一方、北・西・南の三方を山に囲まれています。そして山々を連ねる稜線(分水嶺)が町境となり、当町に降った雨水は森や里を経由して志津川湾へ流れ込む、つまり、流域が町域という大変珍しいまちでもあります(図1)。こうした、森と里、海が水を通じてつながり近接する独特の地形は、林業や農業、漁業をはじめとする生業の基盤を形作ってきました。東日本大震災後、南三陸町では「森 里 海 ひといのちめぐるまち南三陸」を町の将来像に掲げ、自然と共生するまちづくりを目指してきました。ここでは、南三陸町が運営する研究・教育施設の被災と復旧の経過を中心に、自然環境をめぐる最近の動きや課題についてご紹介します。

南三陸町自然環境活用センターの被災と復旧へ向けた取り組み

南三陸町自然環境活用センター(愛称:南三陸ネイチャーセンター、以下ネイチャーセンター)は、南三陸の自然をフィールドとした基礎科学研究と教育活動を展開する町営の施設として、2000年からスタートしました。南三陸に暮らす生きものや生態系の役割を、子どもから大人まで理解し考えることを目的に、さまざまな体験プログラムや教材を開発・実施するなど、地域での普及啓発活動に力を入れてきました。さらに、任期付研究員制度を導入し、新たな自然資源の発掘と活用を推進する博士研究員の独自の研究がセンターの活動を支えていました。また、湾内の生物相調査を通して蓄積された動植物の標本コレクションと生物リストは、地域の自然情報をアーカイブする重要な証拠として保管されていました。しかしながら、2011年の東日本大震災に伴う大津波により、研究データや資料はもとより、保管されていた動物標本791体(海綿動物2体、刺胞動物20体、環形動物30体、節足動物190 体、軟体動物266体、棘皮動物49体、脊索動物217体、その他17体)および海藻・海草標本175体の標本類のほぼすべてが流失してしまいました。
その後、当センターの機能は停止したものの、全国の有志や研究者、団体の自発的調査活動により生物相調査が再開されました。2013年にはネイチャーセンター準備室が役場内に設置され、ネイチャーセンター機能が細々とではありましたが継続されました。当時、8mを超える嵩上げ工事や巨大防潮堤の建設など、沿岸域一帯は大規模な復旧工事が一斉に進行していました。ネイチャーセンターの建設は旧市街地付近の嵩上げ地に予定されていましたが、一帯の工事の遅れなどから建設のめどが立たず、ネイチャーセンター準備室は長い間仮の住まいを転々とする状況が続きました。
そのような中、ネイチャーセンターがこれまで蓄積してきた研究・教育活動が国際的に評価される機会が訪れます。志津川湾がラムサール条約湿地への登録を目指すことになり、町の環境や生物情報を取りまとめる役割をネイチャーセンター準備室が担いました。幸い、流出した標本データの一部は被災を免れ、数名の研究者のパソコンに保存されており、震災後収集し直した標本とそのデータを加えて志津川湾の生物情報を再構築しました。そして、2018年10月、「志津川湾」は、国際的に重要な湿地として日本で52番目のラムサール条約湿地となりました。
ラムサール条約湿地に登録されるには、国際的に重要な湿地と認められるための9つの国際基準のうち、1つ以上の基準に該当する必要があります。志津川湾は、コクガンをはじめとした絶滅危惧種の重要な越冬地であることや、暖流と寒流が混ざり合う独特の海洋環境を背景に、バリエーション豊富な藻場(海藻の森や海草の草原)が存在し、高い生物多様性が維持されていることなどが認められ、5つの基準※に該当すると評価されました。これは、国内で52カ所あるラムサール条約湿地の中でも、北海道の風蓮湖や滋賀県の琵琶湖などと並んで国内最多の該当基準数となります。
ネイチャーセンターの調査・研究は、スタッフのみならず、実に多くの個人や団体、研究機関の方々のご協力に支えられてきました。さらに、大切な漁場での潜水を含めた調査活動を受け入れ、協力してくださった漁業者の方々をはじめとする地元の理解が必要不可欠です。志津川湾のラムサール条約湿地登録は、まさに地方における地域を超えた協働の積み重ねの成果と言えるでしょう。

地域の研究・教育拠点として

図2「南三陸の生きものたち」の展示。ネイチャーセンター復旧記念イベントにて(撮影:浅野拓也) 図3 町の子どもたちとの調査活動の様子(2019年7月20日、八幡川にて)

2020年2月、既存の施設を改修する形で、ついにネイチャーセンターが復旧しました(図2)。多くの方々の熱意と協力の末に、震災後9年を経ての再出発です。ネイチャーセンターの設立から約20年間継続した活動の先にあることにも非常に感慨深いものを感じます。
復旧したネイチャーセンターは、ラムサール条約湿地登録をきっかけに誕生したエコクラブ「南三陸少年少女自然調査隊」の活動拠点ともなっています。また、地元志津川高校の自然科学部と一緒に行う干潟調査や川の調査(図3)から、震災後の水辺環境のモニタリング調査の活動場所にもなっています。地域の子どもたちが地元の自然環境に直に触れ、自然の魅力と不思議を感じ、情報発信する活動の場となっています。
いま、三陸の沿岸域では防潮堤や河川堤の大規模な復旧工事が続き、陸と海をつなぐ移行帯の環境は変貌し続けています。さらに、近年の海水温の上昇に伴い、暖海性種が多く見られるようになるなど、これまで見られなかった変化が顕著になりつつあります。
ラムサール条約の目的は、多様な恵みをもたらす湿地の保全と活用(賢明な利用:ワイズユース)にあります。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」にある持続可能な海の利用を目指し、多様な自然環境を地域の「宝」として次の世代へ受け継いでいくことを約束するものです。地域の自然と正面から向き合い、その有様を知り、理解し、伝える取り組みを継続することが、地域に根ざした研究・教育施設としてのネイチャーセンターの使命でもあると強く感じています。(了)

  1. 基準1:特定の生物地理区を代表するタイプの湿地、又は希少なタイプの湿地/基準2:絶滅のおそれのある種や群集を支えている湿地/基準3:生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物を支えている湿地/基準4:動植物のライフサイクルの重要な段階を支えている湿地。または悪条件の期間中に動植物の避難場所となる湿地/基準6:水鳥の1種または1亜種の個体群で、個体数の1%以上を定期的に支えている湿地

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