Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第464号(2019.12.05発行)

IWC脱退と日本の捕鯨

[KEYWORDS]国際捕鯨委員会(IWC)/商業捕鯨モラトリアム/クジラ
東京海洋大学海洋政策文化学部門教授◆森下丈二

日本は2019年6月30日をもって国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、翌7月1日から日本の200海里水域内で商業捕鯨を再開した。
この決定については国際社会に背を向けるものだ、もっと粘り強い交渉を続けるべきだなどの批判もあった。
しかし、1990年代初めから約30年にわたって反捕鯨国との交渉が行われ、科学、法律、経済、文化などあらゆる議論と妥協の模索が失敗に終わったことを受けての決断であった。これからの捕鯨問題はどこに向かうのか。

日本のIWC脱退

日本は2018年12月26日、国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、翌2019年7月1日から商業捕鯨を日本の200海里水域内で再開することを発表した。この決断は国内外で驚きをもって受け止められ、日本のマスコミなども、「短絡的な決定」、「国際社会に背を向けるのか」、「もっと粘り強く交渉を続けるべき」といった批判を展開した。

2018年9月にブラジル・フロリアノポリスで開催されたIWC第67回総会の様子(壇上中央は総会議長をつとめた筆者)

科学議論からカリスマ動物コンセプトへ

1970年代から活発となった反捕鯨運動の結果、1982年にはIWCにおいて商業捕鯨モラトリアムが採択された。商業捕鯨モラトリアムについては、鯨類資源が乱獲により捕り尽くされたために捕鯨が永久に禁止されたものであるというイメージが強い。ところがモラトリアムを規定した国際捕鯨取締条約附表第10項eは、鯨類資源管理に必要な科学的情報には不確実性があるので、一時的に商業捕鯨の捕獲枠をゼロに設定し(捕鯨を禁止したのではないことに注目願いたい)、その間に科学的情報の包括的評価を行い、遅くとも1990年までにゼロ以外の捕獲枠を検討すると明記されている。これは捕鯨再開手続きである。
この規定に従って、日本は鯨類捕獲調査( 調査捕鯨)を実施し、IWCの科学委員会は鯨類資源を枯渇させない捕獲枠を計算できる改定管理方式(RMP)を開発した。今や多くの種類の鯨類資源が回復し、それを持続可能な形で利用することができる。科学委員会の主要メンバーであり、その議長も務めた英国のハモンド博士は、1993年には捕鯨の管理に関する科学的問題は解決したと宣言しているのである。これを受けて、反捕鯨国は捕鯨再開に新たなハードルを設定した。科学的に適切な捕獲枠を設けても、それが遵守されずに密漁や密輸が行われる可能性があるので、厳格な監視取締措置が必要という主張である。この監視取締措置などについての議論は1990年代前半から約15年の歳月と約50回にも達する会合を費やして行われた。その過程で、日本は捕鯨船への外国人監視員の乗船、人工衛星を使った捕鯨船の追跡、鯨肉のDNA分析と登録による密漁や密輸の防止策、そしてそのための膨大な経費負担など、次々に受け入れていった。そしてこの監視取締措置が形になりだすと、反捕鯨国は、監視取締措置が完成しても捕鯨再開には同意しないという立場を表明するに至ったのである。
さらに、反捕鯨国では、クジラは特別な動物であり、いかなる条件の元でも保護されるべきという考え方が台頭している。この考え方はカリスマ動物コンセプトと呼ばれており、ゾウ、トラ、オオカミなどもこのカテゴリーに入る。カリスマ動物は基本的には大型脊椎動物で、子どもも含めて誰もが知っており、絶滅危惧にある(と思われている)と言った特徴があり、資源とはみなされない。クジラをカリスマ動物と見る考え方と、持続的利用が可能な海洋生物資源と見る考え方の間には根本的な違いがある。

「和平交渉」とその失敗

捕鯨をめぐる対立が通常は友好関係にある国々の関係に悪影響を及ぼし、それぞれの市民レベルでの感情的問題となり、過激な反捕鯨運動が暴力や鯨類捕獲調査への大事故につながりかねない妨害行動を生む中で、歴代のIWC 議長も対立の緩和を目指して様々な「和平交渉」を提案し主導してきた。そしてその全てが失敗したのである。その詳細については本稿末尾にあげた参考文献に譲るが、妥協を探る「和平交渉」の当然の方向として、双方の主張の中間点が交渉の着地点として提案される。そして、中間地点である限りは最終妥協案にはなにがしかの捕鯨の容認が含まれることとなる。この、妥協点として避けがたい要素が全ての「和平交渉」失敗の原因であった。クジラをいかなる状況のもとでも保護すべきカリスマ動物と見る反捕鯨国では、一頭たりとも捕鯨は受け入れがたい。事実、日本は過去のIWCにおいて、日本の沿岸小型捕鯨地域に対して、資源状態の良好なミンククジラを何頭でも(一頭でも)いいから捕獲を許してほしいという提案まで行ったが、これも否決された。従って、中間点に妥協を探る限り、これら反捕鯨国は反対する。妥協案の中に反捕鯨国にとって大きな成果となる要素(例えば、南大西洋をクジラのサンクチュアリーとする)が含まれていても、小規模であっても捕鯨が容認される限り、反対するのである。
約30年に渡り、あらゆる可能性を探った交渉が行われたが妥協は成立しなかった。これを受けて、日本は2018年のIWC総会に、従来のように妥協点を探るのではない、新たなアプローチの提案を行ったのである。その提案は「合意できないことに合意」し、IWCというひとつ屋根の下にいながらお互いになるべく干渉せず、双方が全ての提案を通すことが容易となる「家庭内別居」提案ともいえるものであったが、これも投票の結果否決された。平和共存もIWCは拒否したわけである。
これを受けて日本はIWC脱退を決意した。

日本の捕鯨とその象徴するもの

IWCからの脱退により、日本の商業捕鯨の再開という政策目標に一つの決着がもたらされた。今後は、再開された捕鯨が科学的に持続可能であること、適切な監視取締措置のもとで保存管理措置が順守されていることなどを高い透明性で国際社会に示していくことが必要である。また、再開された捕鯨を地域社会のために社会経済的に自立し安定したものとしていくことも大切である。
他方、捕鯨問題は日本の捕鯨が再開されるか否かだけの問題ではない。持続可能な利用ができる限り、どのような動物を資源として利用するかは特定の価値観が他に強要されてはならないはずである。食料安全保障にしても生物多様性の保存にしても多様性の確保がレジリエンスのカギとなる。しかし、国際社会では非寛容、感情論、グローバリズムの名のもとでのモノポリーが進んでいる。捕鯨問題は、このようなより広範な問題のシンボルでもある。(了)

沿岸域で商業捕鯨に従事する沿岸小型捕鯨船(©日本小型捕鯨協会)
  1. 参考文献:森下丈二『IWC脱退と国際交渉』、成山堂書店、2019
  2. 参考ホームページ:水産庁「捕鯨の部屋」 http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/index.html

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