Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第464号(2019.12.05発行)

内航船による沿岸域の篤志観測〜航走データで示す岩手-福島沖水温・塩分・pH分布〜

[KEYWORDS]篤志観測船/航走データ/NPO
認定NPO法人ヴォース・ニッポン代表理事◆中島直彦

沿岸域を定期航行する民間船舶が篤志観測船として参加したことにより、高密度、高頻度の観測データが取得可能となった。
その一例として、環境変動の大きい沿岸域の水温、塩分、pHの時空間変化を示した。
内航船は、通信インフラを利用した低遅延の海洋観測データを提供できる潜在能力をもつ。
より多くの民間船舶による篤志観測の取り組みを今後も進めていきたい。

民間船舶の篤志観測

大洋を航行する船舶は古くから海上気象などの観測データを陸上に通報する伝統を持っています。現在は、船舶が安全に効率よく航行するために必要な情報は、海洋のどこにいてもいつでも得ることができるようになりましたが、陸域の影響を強く受け水質変動の激しい沿岸域は、衛星から得られる情報だけでは高精度の解析が難しいこともあり、船舶による現場観測の重要性はより大きくなっています。また、観測を空間的により細かく行うためには、省庁や研究機関の観測船だけでなく民間船舶の協力も重要となっています。例えば、日本の国立環境研究所では、1990年代からフェリーやコンテナ貨物船に観測機器を搭載し、沿岸海域から縁辺海域を対象とした海洋環境モニタリングを実施しています。
陸上と較べて、観測の基盤が圧倒的に少ない海上では、海上輸送にかかわる企業が「篤志」をもって観測の基盤を提供することにより実現できる海洋データの取得は、社会全体に大きな利益をもたらします。一方、企業にとっては、「篤志」が直接社会貢献につながることを実感できるような仕掛けがあれば、より積極的に関与する誘因になると考えられます。
しかしながら、民間の船舶に観測装置を搭載して観測にご協力をいただくためには、装置搭載が航行の安全を損なわないことはもちろん、厳しい経済条件のもとで運航されている船舶への負担をできる限り軽減することが必要です。例えば、船舶が航行しながら船内の観測装置に海水を引き込んで行う航走観測の場合、海水を通す流路部は可能であれば喫水線より上の部分に設置する、航行中にバルブの操作を必要としないように装置を常時運転に耐えられるように設計する、といったことが求められます。

航走データにみる三陸沖の水質分布

図1:「ひまわり8」(©日本通運(株))および船内の観測装置

当法人「ヴォース・ニッポン」は、2001年3月に活動を開始した認定NPO法人です。海洋と大気の境界面でもある海洋表面を、民間船舶を利用して長期にモニタリングすれば、温暖化など地球環境の変動を理解することに貢献できるという理念の基に、2001年8月から2014年8月まで日本とタイランド湾のアジア海域を航行する貨物船に、また、2002年7月から2017年2月まで日本と豪州の南北太平洋間を航行する石炭運搬船に、水温・塩分測定装置を搭載し、観測データを公開してきました。2017年9月からは、東京港と北海道の苫小牧/釧路間で東日本沿岸海域を航行する、日本通運(株)のRoRo船※1「ひまわり8」(図1)での観測を開始しました。
「ひまわり8」の船主である日本通運株式会社のご協力により、海洋観測に一般的に使われているセンサ※2から構成されている装置を本船に搭載し、航路上での観測を行っています。観測システムの概要は、本船の主機冷却用の汲み上げ海水の水温、塩分、pHを計測して、データをGPSの位置・時刻情報とともにファイルに収録、携帯電話の通信機能を介して装置からファイルを回収するというものです。この通信機能を利用することにより、海洋の現場で計測されたデータがほぼ即時的に、すなわち低遅延で、陸上で入手できることになります。回収したデータは、「ひまわり8」の東京−北海道間の一航海終了毎に、一定の品質管理作業を経て、当法人のウェブサイトで公開されています。また、観測装置の流路部には弁が設けられており、「ひまわり8」が航行する海域の海水を手動で採水することも可能ですので、センサによる自動計測に加えて、採水した海水で物質・生物分布の調査も可能です。
図2は、2019年3月に岩手—福島沿岸海域で計測された水温、塩分、pHの時間変化を表したもので、いずれの値も、青が低い値、赤が高い値を表します。左端の図は、「ひまわり8」の航跡で、データはこの航路上で1分毎に計測されたものです。3月初めに岩手県の田野畑沖(北緯39度53分付近)にあった低温(0.5℃)、低塩分(32.5psu)、低pH(8.0)の海水が徐々に南下し、3月10日過ぎには陸前高田の沖、18日頃には金華山沖まで南下し、その後は消滅している様子が分かります。また、いわき沖(北緯37度)の水温・塩分分布では、3月10日頃まで覆っていた高温(16℃)、高塩分(34.5psu)の表層水は中旬になると値がやや下がり、下旬になるとあまり安定しない状況にあったことが窺えます。右端のpH図を見ますと、金華山沖海域(北緯38度18分付近)では、3月中旬と下旬の数日間を除いて、月間を通してpHが高い状態が続いたことも分かります。
このように三陸沖の水質変化を時系列で表現できるのは、「ひまわり8」が同じ海域をくり返し計測しているためです。3月には14回、平均で約2日に1回という海洋観測の中では比較的高い頻度で航走観測を行った結果として、3変数の細かな時空間変化が示されていると言えます。「ひまわり8」の航走観測データは観測時から低遅延で提供することができるため、これまでも(国研)海洋研究開発機構のアプリケーションラボや(国研)水産研究・教育機構東北区水産研究所などの専門機関にご活用いただき、予測プログラムによる予測精度の向上や、データを描画処理し速報値としてより見やすいかたちで提供するサービスに役立っています。

図2:2019年3月1日から31日まで、岩手県の普代から福島県のいわきまでの沿岸海域で「ひまわり8」により観測された、(左から)表層水温、塩分、pH 。縦軸は緯度で北緯37~40度間、横軸は2019年3月1日から同31日までの時間。

篤志観測とNPOの役割

私たちの活動内容は、社会が抱えている課題を直接解決するという事業型ではありません。しかし、経済活動に従事している民間船舶に篤志観測船として協力していただき、長期に安定した高い精度を保つ海洋データを提供するためには、定期的に訪船してセンサの洗浄や校正などを行うことや、回収したデータに品質管理をほどこし速やかに公開する、など地道な作業を続けることが不可欠です。また、装置の開発からデータを活用して下さる方までの間には、多くの関係者が存在します。多岐にわたる関係者の協力が有機的に機能することにより初めて信頼性の高い有意義なデータが取得できるといえます。この枠組みを構築し篤志観測を推進するために、公益性と機動性を備えたNPOがよりよく分担できる役割があります。私たちは、その役割を果たすことにより、社会に広く便益を提供することができると確信して、今後も活動を継続してまいります。(了)

  1. ※1Roll-on Roll-off ship。貨物を積んだトラックやシャーシ(荷台)ごと輸送する船舶
  2. ※2詳細はヴォース・ニッポンのホームページをご参照ください。 http://vos-nippon.jp/

第464号(2019.12.05発行)のその他の記事

  • IWC脱退と日本の捕鯨 東京海洋大学海洋政策文化学部門教授◆森下丈二
  • 内航船による沿岸域の篤志観測〜航走データで示す岩手-福島沖水温・塩分・pH分布〜 認定NPO法人ヴォース・ニッポン代表理事◆中島直彦
  • いのち輝く未来の大阪湾に向けて〜持続可能な豊かさのために〜 NPO法人大阪湾沿岸域環境創造研究センター専務理事、「全国アマモサミット2018 in 阪南」実行委員会副委員長◆岩井克巳
  • 編集後記 帝京大学戦略的イノベーション研究センター客員教授♦窪川かおる

ページトップ