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第60号(2003.02.05発行)

第60号(2003.02.05 発行)

海からのテロの脅威を減らすために ~米国沿岸警備隊極東司令部の海上警備における関心事とビジョン~

米国沿岸警備隊・極東司令部司令官、大佐◆James M. Garrett

米国沿岸警備隊(USCG)は、アメリカ一般市民のために法の取り締まり、海難捜索と救助、国防、巡視船艇・航空機を使った海上安全と警備などさまざまな任務を行っており、その任務は極東にも及ぶ。米国にとって脅威となりうるものが米国水域に及ぶ前に探知および阻止する能力を高めるために、われわれは「領海察知」という概念を提唱している。極東司令部では、日本の海上保安庁と以前にも増して積極的にテロ情報の共有化を図りたいと考えており、海上安全を巡る日米の信頼関係の強化に向けて、産業界や地域の海運関係者などとも共同作業を行っている。

はじめに

アメリカにおけるライフセーバー、または海の保護者と言われる米国沿岸警備隊(USCG)は、米国政府の他の部局と比べ性格の独自性が目立っている。われわれは一般市民のために法の取り締まり、海難捜索と救助、国防、巡視船艇・航空機を使った海上安全と警備などさまざまな任務を行っている。同時多発テロ事件は、海上の治安を優先課題とし、より多くの人・予算などの資源をそこに振り向ける一方、その他の分野の任務に対しても同等の任務遂行レベルを維持できる戦略プランの書き直し作業をUSCGに迫るものであった。この場を借りて、この過渡的で不透明な時代におけるわれわれの任務とビジョン、特に、この変化の激しい極東地域におけるわれわれの活動に主眼点をおいて、手短に解説したい。

1. USCGの業務

USCGの業務は主に次の5つの任務領域からなっている。日本の海上保安庁はわれわれの組織に倣って創設されたと聞く。国防関係業務等一部にその任務の違いがあるものの、同庁を想起していただければ幸いである。

(1) 海上の安全:捜索と救助、海上の安全、プレジャーボートの安全、国際氷山監視

(2) 海上の移動:灯台等による航行支援、砕氷業務、橋梁管理、船舶交通と水路の管理

(3) 海上の治安:麻薬や外国人移民の取締り、一般海事法の執行、排他的経済水域における法令・条約の執行

(4) 国防:一般的防衛任務、本土安全保障、港湾水路警備、北極海砕氷

(5) 資源・環境の保護:海洋汚染防止(教育、予防、流出油対応等)、外国船舶に対する検査監督、海洋生物資源の保護、海洋および環境科学調査

2. 極東司令部

USCG極東司令部の創設は1994年12月であるが、その前年まで行っていた長距離無線による船舶航行支援活動(ロラン局)を礎にしている。創設の背景には、米国の商船および艦艇の安全検査をアジアの枢要な拠点で行ってほしいという要求が継続的にあり、しかも増大していたためであった。USCGのシンガポール分遣隊が極東司令部の創設と同時に下部組織として編入されており、現在7名の検査官が配属されている。

3. テロ事件による組織の再編

さて、9月11日の悲劇的事件のあと、USCGは引き続く潜在的な脅威に対応して直ちに行動をとった組織の一つであり、その人的物的資源を米国内の海上警備活動に大きく向けた。USCGを「米国本土安全保障省」へ移行させよう03.2.10という現在の提案※には、2002年会計年度の57億ドルから2003年の73億ドルへという大幅な予算増額が含まれているが、これは米国大統領のUSCGに対する優先的配慮を明確に示すものであり、USCGに対する一般市民の期待を反映している。

USCGが掲げる本土安全保障戦略は、以下のことを目的としている。

-港湾、水路、領海の安全に対する一般市民の信頼を徐々に醸成すること

-領海察知能力を構築すること

-脅迫行為に対する阻止および対応能力を確保すること

-懸念とされる船舶に対し警備に関する措置が確実に講じられるようにすること

-沿岸にある国民の生活基盤または産業基盤を保護すること

効果的な本土安全保障は、察知、予防、対処、および被害管理という原則の上に構築すべきであるが、USCGはとりわけ察知を重要視している。

■USCG組織図(一部省略)
USCG組織図-GENERAL COAST GUARD ORAGANIZATION/極東司令部(Activities Far East)はハワイ・ホノルルにある第14管区に所属。創設は1994年。創設の背景には米国の商船などの安全検査をアジアで行って欲しいという要請があったためだという。

4. MDA構想と極東司令部の役割

察知能力を高めるために、われわれは「領海察知」(MDA:Maritime DomainAwareness)と呼ぶ概念を提唱している。MDAは、船舶と積荷についての適切で十分な情報、監視、予備調査および取り締まり関係者の力を必要とするが、海域各々が持つ脆弱性、脅威、標的を察知する上での手助けとなるものである。即ち脅威となりうるものが米国水域に及ぶ前に、それを探知および阻止する能力を高めようとするものである。このような米国の全体的な安全保障構想は、安全保障ゾーンの対外的拡大に焦点を当てる傾向にある。アジアは、海洋にかかわる産業に関しては海運と造船の両方において支配的な地位を占めており、米国の最大の貿易相手であり最大の利害関係地域の1つであることから、当司令部の役割も自ら重要性を増しつつある。

MDAの目的は、入手可能なあらゆる情報源から利用可能な情報を取得すること、および初期段階でわれわれのパートナーとその情報を共有することである。このため、極東司令部は、米国および受入国の政府諸機関のみならず、産業界および非政府組織とのパートナーシップの一層の強化に尽力してきている。われわれの検査官が米国籍および米海域へ向かう船舶に乗船して検査を集中的に実施する一方で、政府および産業界の代表と会い、調整を行って理解と協力を求めている。

5.コンテナ安全対策と極東司令部の役割

ジャービス2の写真
海上保安庁の観閲式に参加した、USCGのカッター「ジャービス2」

石油、鉱物などのばら積貨物を除いて世界の海上貨物のほとんどはコンテナによって運送されているが、このコンテナに不審物・不審者が入っているか否かをチェックする体制は全くできていないことが指摘されている。このためUSCGとしては海上コンテナ安全対策(CSI: Container Security Initiatives)を支援していくつもりでいる。現在までに、シンガポール、香港、日本などアジアの主要国がこの奨励すべき構想に加わり、われわれと同じ関心を持っている。極東司令部と日本の国土交通省海事局は、同時多発テロの発生前から危険物に関する共同声明に署名しているが、このような取り決めは参加者相互に利益をもたらすものであり、今後われわれはその拡大を図ってゆきたいと考えている。

また、極東司令部では、日本の海上保安庁と以前にも増して積極的にテロ情報の共有化を図りたいと考えている。さらに、海上安全を巡る日米の信頼関係の強化に向けて、産業界や地域の海運関係者などとも共同作業を行っている。私は最近、香港船主協会とシンガポール海運協会で、海上の治安、船舶安全および環境保護に関する責任分担についてUSCGが描く展望を語ったところである。われわれはMDA構想やCSIと同じく安全性の優れた船舶を優遇する米国の制度(Qualship 21)についても、相互に利益となるそれらへの一層の理解を得るべく、日本の海事関係者と、より多くの接触の機会を持つことを熱望している。

おわりに

海洋安全保障の施策を機能させるには、われわれ極東司令部もますます地球益を考えて仕事をすることが必要となる。政府および非政府組織とのパートナーシップを強化することで、効率よく安全保障面での任務遂行を行うことができ、一般市民にとって利益になると確信している。

極東司令部スタッフは全員、日本での任務を、自己の価値を大いに高め満足が得られる大きい機会であるとして喜んで任務に励んでいる。われわれの任務領域すべてにわたる日本政府と日本国民の支援に厚く御礼申し上げる。(了)

●本稿の原文 "USCG in theFar East: Its Stakes andVision"は、こちらからご覧いただけます

※ 本稿が書かれたのち、2002年12月に提案どおりにUSCGは「米国本土安全保障省」へ移管された。

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