Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第608号(2026.08.20発行)

海洋深層水の複合利用と地域振興

KEYWORDS 久米島モデル/耕海興国/海洋温度差発電
沖縄県島尻郡久米島町副町長◆中村幸雄

沖縄本島の西約100kmに浮かぶ久米島。この島では四半世紀にわたり、海洋深層水という地域資源と向き合い、研究を重ね、産業を育て、人を育みながら、未来への挑戦を続けてきた。その歩みはやがて「久米島モデル」と呼ばれるようになり、いまや日本の離島から世界の島嶼地域へと静かに広がり始めている。
海洋深層水と共に歩んだ25年
久米島町では2013年、町で開催した地域振興シンポジウムを契機に、「耕海興国(こうかいこうこく)」という言葉が生まれた。「海を耕し、海洋資源の活用で地域を豊かにすること」を意味する造語である。「海の恵みを生かして地域を育み、その価値を未来へつないでいく」という思いが込められている。
私たちがこの言葉を掲げたのは、大きな理想を語るためではない。人口減少や産業基盤の脆弱さ、物流やエネルギーの制約など、離島が抱える課題に向き合った末に、島にある資源を生かして地域の未来を切り拓いていきたいという願いに至ったからであった。海に学び、海と共に生き、海の恵みを未来へつないでいく。久米島町が掲げる「耕海興国」とは、まさに町の歩みそのものなのである。
その中心にあったのが海洋深層水である。海洋深層水とは、水深200mより深い所にある海水を指す。ミネラルに富み、低温かつ清浄という特徴から、食品製造業や水産業などで活用されている。沖縄県では1986年から海洋深層水利用の検討が始まり、各種調査の結果、海岸近くで水深約600mに達する全国有数の地形を有する久米島が研究拠点として選定された。その後、研究施設の整備が進められ、2000年には沖縄県海洋深層水研究所1が開所した。研究施設と企業用地を一体的に整備し、研究成果を地域産業へ結び付けるという、全国でも先進的な取り組みがここから始まった(写真1)。
研究所開所以来の約10年間は、「研究から産業へ」の時期であった。海洋深層水の低温性や清浄性を活用したクルマエビの種苗生産技術が確立され、その成果は民間へ技術移転されて沖縄県の養殖業を支える基盤となった。また、ウミブドウでは夏場でも安定生産できる陸上養殖技術が開発され、久米島を代表する特産品へと育っていった(写真2)。さらに、農業分野では海洋深層水の冷熱を利用した周年栽培技術の研究が進められるなど、研究成果は少しずつ地域へ還元されていった。その陰には、研究を重ね、実証を繰り返し、地域の事業者と共に一つ一つ課題を乗り越えながら産業へと結び付けていく地道な歩みがあった。その積み重ねがあったからこそ、海洋深層水は研究対象ではなく、地域資源として島に根付いていったのだと思う。

■写真1 久米島海洋深層水産業エリア

■写真2 海洋深層水を利用して栽培した海ブドウの収穫風景

海洋資源を複合利用する「久米島モデル」
次の段階では、新たな課題が見えてきた。海洋深層水の利用が広がる一方で、限られた資源をどのように有効活用し、持続可能な地域づくりへ結び付けていくかという課題である。
そこで生まれた考え方が、「久米島モデル」である。海洋温度差発電(OTEC)による再生可能エネルギーの利用2、海洋深層水の冷熱利用、水産養殖、微細藻類培養、農業などを組み合わせ、一つの資源を多段階で活用する「複合利用(カスケード利用)」を地域全体で実践していこうという考え方である。
目指しているのは、「海洋資源を活用した持続可能な循環社会」の構築であり、近年世界的にも注目されるブルーエコノミーの実践でもある。「久米島モデル」は、多くの研究者や企業、大学、行政、そして地域の皆様と共に、今も試行錯誤を重ねながら育てている地域の挑戦である。
近年では、海洋深層水を活用した世界初の陸上カキ養殖や微細藻類培養の事業化が進み、環境分野では沖ノ鳥島などにおけるサンゴ増殖への活用も行われている。また、国際協力機構(JICA)をはじめ、大手商船会社、通信事業者、国公私立大学など、多様な機関との連携も広がり、「久米島モデル」は世界の島嶼地域からも関心を寄せていただくようになった。現在、JICAではその第1号案件としてパラオで事業が進められており、久米島で培われた知見が海外の島々でも活用され始めている。

「東洋一美しい」と言われる砂州(久米島はての浜)

海を耕す─その発想が、小さな島を世界へつないだ
海洋深層水や海洋温度差発電の活用と同時に、私たちが最も大切にしたいと考えているのは、人づくりである。そのため、久米島町では、産学官金が連携する(一社)国際海洋資源・エネルギー利活用推進コンソーシアム(GOSEA)を設立した。GOSEAでは、「海の力で世界の子どもたちに持続可能な未来を!」をテーマに掲げ、町内の小中学校と高校を対象としたエネルギー教室を継続的に開催している。海洋エネルギーや環境について学んだ子どもたちの中には、「科学者になりたい」「海に関わる仕事をしたい」と夢を語る子どもたちも現れている。こうした姿に接するたび、地域づくりとは施設や技術だけでなく、人を育てることでもあると改めて感じている。
2026年には、民間企業主体の地域振興イベント「ブルーエコノミーアイランドin久米島」が開催され、さらに国連大学を迎えたGX(グリーントランスフォーメーション)シンポジウム3も開催された。これらを契機として、トラウトサーモンの通年陸上養殖や、ウニ・海草類の大規模養殖・栽培など、新たな海洋深層水利用事業も具体化に向けて動き始めている。
振り返れば、久米島町の海洋深層水事業は、一つの研究施設から始まった。その後、研究者が技術を育て、生産者が実証し、企業が産業へ発展させ、行政が環境を整え、教育現場では子どもたちが海の可能性を学んできた。その積み重ねが、今日の「久米島モデル」を形づくっている。四半世紀をかけて、ようやく次の世代へ引き継ぐための土台が整い始めたところであり、この先も地域の皆様をはじめ、多くの関係機関と共に育て続けていく取り組みである。
日本には数多くの離島や沿岸地域があり、それぞれ異なる課題と可能性を持っているため、「久米島モデル」は、そのまま他地域へ当てはめられるものではない。しかし、地域資源を見つめ直し、多様な主体が連携しながら地域の未来を築くという考え方は、日本の海洋政策や地域政策を考える上で、一つの示唆になり得ると私たちは考えている。それぞれの地域に固有の資源を信じ、行政だけではなく、研究機関、企業、教育機関、住民が長い時間をかけて知恵を持ち寄り、地域の未来を共につくっていく。その積み重ねこそが、持続可能な地域づくりの原点ではないだろうか。(了)
※1 沖縄県海洋深層水研究所 https://www.pref.okinawa.jp/shigoto/kenkyu/1011194/index.html
※2 池上康之著「海洋温度差発電を核とした日本版「GX島嶼モデル」」本誌第564号(2024.02.05) https://www.spf.org/opri/newsletter/564_3.html
※3 2026年3月26・27日に久米島町で開催された、佐賀大学 海洋エネルギー研究所主催「1st International Academic Summit on the GX Model in Island Regions(IASIR):国際島嶼GXモデル・アカデミック・サミット」 https://iasir2.wixsite.com/iasir/ja

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