Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第608号(2026.08.20発行)

陸から変える、海洋プラスチック問題
~放置竹林から生まれるバイオプラスチック~

KEYWORDS 地域資源循環/マイクロプラスチック対策/環境調和型プロセス
九州工業大学大学院生命体工学研究科准教授、グリーンマテリアル研究センター長◆安藤義人

深刻化する海洋プラスチック汚染と、九州・山口地域で拡大する放置竹林問題。一見かけ離れたこれら2つの課題を同時に解決する鍵が、未利用バイオマスを活用した生分解性プラスチックの開発である。本稿では、環境負荷を大幅に抑えた革新的なセルロース抽出技術と抽出素材を熱可塑化する独自の素材化技術を紹介し、陸と海をつなぐ新たな地域資源循環モデルの展望を示す。
流域でつながる里山と海洋の危機
私たちの暮らしを支える海洋環境は今、気候変動による高水温化や海洋プラスチック汚染という多角的な負荷にさらされている。特に海洋プラスチックの多くは陸域に起因しており、河川を通じて海へと流出するプロセスの抑制が喫緊の課題となっている。
一方で、九州・山口地域をはじめとする日本の里山では、管理の行き届かない「放置竹林」の拡大が深刻な地域問題となっている。竹は地下茎によって周辺へ急速に侵入し、既存の植生を衰退させるだけでなく、根が浅いことから豪雨時の斜面崩壊リスクを高める。里山の荒廃は土壌の保水力と養分供給能力を低下させ、それが河川を通じて海の生産性にも波及する。竹は伐採・搬出コストが高く、有効な利用用途が見出しにくいことが、整備停滞の最大の要因であった。
しかし、山に降った雨が川を下り海へと注ぐように、海と山は流域を通じてつながっている。海洋環境を守るためには、海だけを見ていては不十分であり、内陸を含む流域全体を一体の空間として捉え直す発想が必要である。この視点に立てば、放置竹林を「処理すべき対象」から「活用すべき資源」へと転換することが、海洋保全と地域課題解決を同時に達成するアプローチとなり得る。
革新的なセルロース抽出技術:「硝酸と水」だけで高純度化
放置竹林の竹を高付加価値材料へ転換するための第一歩は、竹の主成分である「セルロース」を効率よく取り出すことである。植物が光合成によって二酸化炭素(CO2)から生み出すセルロースは、地球上で最も豊富な天然高分子であり、優れた生分解性と機械的強度を持つ。竹などの木質バイオマスの中でセルロース以外の成分が強く結び付いているため、セルロースだけを高い純度で取り出すのが難しい。従来の抽出法(酸加水分解法・強アルカリ処理法など)は、大量の化学薬品とエネルギーを消費し、廃液処理に伴う環境負荷とコストが大きな障壁であった。
この課題を克服するため、筆者らの研究グループは2021年に「希硝酸を用いた一段階水熱処理法」を開発した。粉砕した竹バイオマスを薄い硝酸溶液と混ぜて処理するだけで、高い純度のセルロースが得られる。使用する薬品は水と少量の硝酸のみであり、廃液処理の負担を従来法と比べて劇的に削減できる。さらに、簡易なアルカリ洗浄を加えれば、市販品に匹敵する品質が得られる(図1)。
また、本プロセスは特別な高圧反応器を必要とせず、既存のボイラー蒸気ラインや小型の圧力装置で実施可能である。放置竹林のように資源が広範囲に分散している場合、大規模な集中処理プラントへの輸送はコストとCO2排出の観点から現実的でない。本技術は地域に点在するバイオマスをその場で処理する「分散型資源循環システム」の構築を可能にし、地域ごとの特性に適した持続可能な素材供給の基盤となる。

■図1 竹バイオマスから高純度セルロースを得る水熱処理プロセスの概略図

竹セルロースをバイオプラスチックへ:「燃やさず・使い切る」素材設計
抽出した高純度セルロースを実用的なプラスチック代替材料とするためには、さらなる素材設計が必要となる。セルロースは本来、熱可塑性を持たず(加熱しても溶けず)、そのままでは成形加工が困難だからである。
筆者らが2019年から着目したのは、廃棄石鹸(廃棄脂肪酸塩)を脂肪酸源とした長鎖脂肪酸エステル化である。天然由来の固形ソープに含まれる複数の脂肪酸をセルロースに化学的に結合させることで、分子間の水素結合が適度に緩み、熱プレスによる成形が可能な熱可塑性バイオプラスチックが得られる。配合設計、すなわち合成時に選択する脂肪酸の種類によって、得られるセルロースエステルの強度や伸びには幅広い特性をもたせることができる(図2)。このエステル化反応は、メカノケミカル法(機械的混練を反応駆動力とする固相プロセス)によっても進行し、有機溶媒の使用量を最小限に抑えながら短時間で反応させることが可能である。撥水(はっすい)性も発現するため、包装材、農業用マルチフィルム、漁具といった、これまで石油由来プラスチックが使われてきた「散逸しやすく回収困難な用途」への代替が視野に入る。
「原料も廃棄物系バイオマス、反応も溶媒レス」という設計は、製品の生分解性と合わせてライフサイクル全体の環境負荷を最小化するものである。
万が一これらの素材が環境中へ流出したとしても、微生物によって分解され残留しにくい。そしてその間、炭素は製品の中に長期間貯蔵され続ける──これはまさに「第二の炭素貯蔵」として脱炭素社会にも貢献する。ただし「生分解性」という表示が実態と懸け離れないよう、使用環境(土壌中・海水中など)に応じた試験・認証の整備が不可欠であることは言うまでもない。
竹を切り、高純度セルロースへと変え、バイオプラスチックとして社会に実装する。この一連のプロセスが成立するとき、複数の地域課題が前向きな連鎖へと転じる。放置竹林は整備され、斜面崩壊リスクが低下する。竹の搬出・加工が事業として成立すれば地域の担い手と雇用が生まれる。製品が石油由来プラスチックに置き換えることでCO2排出と海洋プラスチック流出が同時に削減される。山の再生が海の保全に直結するこの構造こそ、「豊かな森林は豊かな海を育む」という命題の技術的・産業的な実装にほかならない。
北九州地域では現在、地域大学・地方自治体・地域企業が連携し、竹資源の多角的活用に向けたプロジェクトも進められている。竹から抽出した抗酸化・抗菌成分を機能性飼料に応用し、残渣(ざんさ)をバイオマスエネルギーや素材として循環させる試みは、「里山から海の生産へ」という流域全体の価値連鎖の再構築そのものである。
九州工業大学グリーンマテリアル研究センターでは、マレーシア・プトラ大学(UPM)をはじめとする国内外の研究機関と連携しながら、この地域循環モデルの社会実装に向けた研究を継続している。未利用の地域バイオマスが次世代の環境素材産業の礎となり、陸から海を守る持続可能な社会の構築に貢献できるよう、取り組みをさらに加速させていく所存である。(了)

■図2 天然由来のセルロースと脂肪酸および石鹸から作られたバイオプラスチックス

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