Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第564号(2024.02.05発行)

海洋温度差発電を核とした日本版「GX島嶼モデル」

KEYWORDS 海洋深層水/SDGs/ブルーエコノミー
佐賀大学海洋エネルギー研究所※1 所長/教授◆池上康之

沖縄県久米島において2013年に実証研究に成功した海洋温度差発電を核とした海洋深層水複合利用による「久米島モデル」が、2023年に開催されたCOP28をはじめ国際的に注目されている。
この海洋温度差発電および海洋深層水利用の現状と展望を概説する。
世界の「KUMEJIMA MODEL」へ
国連気候変動枠組条約COP28において、国際組織SIDS DOCK(SIDS:Small Island Developing States:小島嶼開発途上国32カ国)が、「広大な海の資源は小さな島々の最後の砦(とりで)だ」と発信した。トンガ王国首相で、SIDS DOCK議長でもあるフアカヴァメイリク氏は、「SIDSは絶望的な状況で、陸上にエネルギー需要を満たす太陽光発電や風力発電を展開するスペースはほとんど残っていない」と述べ、小島嶼地域および海岸・後発開発途上国の海洋エネルギー利用プロジェクトのための5億ドルの支援を国際的に要請した。また、特に期待しているプロジェクトとして、2つ、SIDS初の1.5MWの浮体式海洋温度差発電(OTEC)施設と、沖縄県久米島におけるOTECを核とした海洋深層水複合利用による「久米島モデル」を掲げた※2。
「久米島モデル」は、エネルギー、水、食糧、雇用を変革する「カーボンニュートラルで持続可能な先進的島嶼地域のGX(グリーントランスフォーメーション)社会モデル」である。近年は代表的な「GX島嶼モデル」の一つとして、IEA(国際エネルギー機関)やIRENA(国際再生可能エネルギー機関)、UNIDO(国際連合工業開発機関)でも紹介されている。さらに、島嶼地域の自然災害に対する強靱化の面でも注目されている。久米島では2000年、水深約600mに海洋深層水取水管が設置され、2013年には冷たい海洋深層水を利用したOTECの実証試験が世界に先駆けて成功した(図1)。取水管設置前はサトウキビが久米島町の最大の産業であったが、現在は、海洋深層水利用産業が、サトウキビの約2.5倍の産業規模になっている。一方、近年は海水量が逼迫しており、久米島町は、国の支援を得て2021年度より約10倍の取水量を目指し新たな取水管設置の可能性調査を実施している。
これらの海洋深層水の有効性および実績が認められ、2023年に閣議決定された第4期海洋基本計画では、内閣府や経産省等に関連する施策として「海洋の産業利用の拡大の中で海洋深層水等の地域資源を活用した産業振興」が挙げられている。日本版GX島嶼モデルの一つとして広く認知され、国際的に期待されている「久米島モデル」の主な課題は、1MW級の小規模なOTECの早期実証と海洋深層用取水管の公共インフラとしての支援の構築である。
■図1 沖縄県久米島におけるOTEC実証プラント

■図1 沖縄県久米島におけるOTEC実証プラント

海洋深層水を島嶼地域の公共インフラに
安定した低温性、富栄養性、清浄性、水質の安定性など、表層水に比べて多くの有用な特徴を持っている海洋深層水は、世界の7つの海に次ぐ「8番目の海」として、ブルーエコノミーやSGDsの観点から世界的に注目されている。中でも下記のことが期待されている。
・OTEC利用後の海洋深層水の副次利用による、カーボンフリーな産業振興効果
・OTECで一次産業を振興(エネルギー起源CO2排出のない産業へ)
・高効率な冷熱利用による空調やデータセンターなどの省エネ化(90%以上)
・気候変動により懸念が増した食糧・プロテインクライシスに対するリスクヘッジ
・島嶼地域でのコンパクト(10MW規模、太陽光発電の100分の1)な再エネ利用の推進
・海水からのリチウムなど希少資源の回収
・育てる漁業推進による水産資源保全、珊瑚の保全・育成
・熱帯・亜熱帯地域・島嶼地域の地産地消:フードマイレージ削減によるGHG排出削減
・藻類の増殖と利用による直接的な炭素固定
・次世代につなぐ地域教育・環境教育への活用
このように海洋深層水は、GXおよび社会的に多くの課題を解決する可能性を有している。しかし、取水管設置コストが大きなボトルネックであるため、現在、取水管を、島嶼地域における公共インフラとして社会実装することが国際的に議論されている(図2)。上下水道や高速道路、通信網のように受益者負担で長期運営するインフラである。実際、久米島では、海ぶどうやクルマ海老、化粧品業界が海洋深層水の利用料を負担して運用されている。これらのコンセプトが日本版GXモデルとして世界を主導することを願いたい。
■図2 「GX島嶼モデル」を推進するための海洋深層水取水管の公共インフラ

■図2 「GX島嶼モデル」を推進するための海洋深層水取水管の公共インフラ

純国産再エネとしての海洋温度差発電への期待
OTECは、海洋の表層部の温海水と深層部約600~1,000mの冷海水との間に約15~25℃の温度差として蓄えられている熱エネルギーを、電気エネルギーに変換する発電システムである。この温度差は24時間安定しており、再生可能エネルギーにおけるベース電源あるいはデマンドレスポンス※3としての役割が期待されている。20℃以上の温度差があると経済的に成り立つと評価されており、赤道を中心に、50カ国以上の国々が高いポテンシャルを有している。また、OTECは、競争力のあるLCA(資源から廃棄・リサイクルまで全ライフサイクルの環境影響)の評価を有しており、100MW級のOTECのエネルギーペイバックタイム※4は、浮体式0.43年、陸上式0.5年、1MW級は陸上式1.86年と評されている。
1990年頃のOTECの評価は、技術的には可能であるが経済的には成立しないと言われていた。その後、わが国において、多くの関係機関の支援による研究開発によって、陸上用の1MW規模では商用段階に達していると評価され、民間主導で事業化を目指すステージまで進展している。今日のOTECの技術は、わが国の国際競争力を有する純国産・再生可能エネルギー技術の一つである。特に、要素技術の性能、実証の実績、特許等知的資産などで世界をリードしている。
現在では、欧米、韓国、中国等でも、OTECの実証プロジェクトおよび商用化が推進されている。このような状況の中、世界に先駆けて陸上型の1MWクラスの実証研究と併せた本格的な「久米島モデル」の構築が国内および海外から期待されている。一方、これらのモデルの太平洋島嶼国などへの国際展開および国際貢献をJICA等が検討している。
また、OTECは、離島等の強靱化や持続可能な社会発展、沖ノ鳥島および南鳥島等のわが国の国益としての離島保全などの点で、優れた機能面を有している。
2023年は、佐賀大学で海洋温度差発電が開始されて50年の節目だった。この年がわが国の純国産技術としてのOTECの「国際貢献元年」となり、これからの50年に向けて新しい国際貢献のステージにALL JAPANで推進されることを祈念している。(了)
※1 第15回海洋立国推進功労者表彰受賞
※2 https://sidsdock.org/sids-dock-press-release-a7apr0032023/
※3 消費者側で電力使用量を制御して電力の需要と供給のバランスを取ること
※4 発電施設が全ライフサイクルで消費するエネルギー量を自身で相殺するのにかかる期間

第564号(2024.02.05発行)のその他の記事

  • 離島の振興に関する法律と施策の現在 (公財)日本離島センター調査研究部長◆三木剛志
  • 離島医療のこれから 長崎大学病院総合診療科、長崎大学離島医療研究所教授◆前田隆浩
  • 海洋温度差発電を核とした日本版「GX島嶼モデル」 佐賀大学海洋エネルギー研究所※1 所長/教授◆池上康之
  • 編集後記  (公財)笹川平和財団海洋政策研究所所長◆阪口秀

ページトップ