Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第564号(2024.02.05発行)

離島医療のこれから

KEYWORDS 遠隔医療/医療MaaS/ドローン物流
長崎大学病院総合診療科、長崎大学離島医療研究所教授◆前田隆浩

わが国の離島医療は、離島の人口規模や立地環境などにより多様である。
人口減少と高齢化が急速に進行し、地域のコミュニティ機能が低下していく中、これまでの医療を維持していく一方で、遠隔医療やドローン物流など新たなテクノロジーを導入することで効率的な医療提供体制の構築を目指した取り組みが進んでいる。
広域的な地域ヘルスケア全般を見据えながら、利便性と安全性のバランスを追求した進化が求められる。
離島医療の現状
国土地理院によると、離島振興を図る法律の対象となっている有人離島は全国に305島あるとされる。こうした離島では、若者の転出などにより人口減少と高齢化が急速に進んできており、(公財)日本離島センターの推計によると2020年4月時点における全国の離島人口は約60万人で、毎年1万人弱の減少が続いている。また、全国の高齢化率(65歳以上の人口比率)が26.6%(2015年国勢調査)であるのに対して、離島では34.2%と高く、人口減少と高齢化に伴って、雇用の場の減少、地域コミュニティ機能の低下、医療施設の縮小、学校の統廃合などが進んでいるのが実情である。
全国の離島には54の病院と526の診療所が設置されているとされるが、人口規模や立地条件などによって、地域完結型の医療から巡回診療に至るまで離島医療の形態はさまざまである。人口規模の大きな島や島嶼群は、その地域自体が二次医療圏※1として機能しており、中核となる比較的規模の大きな病院が設置され、臓器別の専門医療も提供されている。しかしながら、小規模離島では少数の医師が住民の幅広い健康問題全般に対応しているのが実情である。2020年時点の離島の推計平均医師数は、人口10万人あたり154.5人と全国平均の256.6人に比べて大幅に少なく、加えて看護師や介護人材等の不足も深刻な問題となっている。本土都市部から離れている立地と未発達な交通機関、そして高齢化の進んだ小集落が点在する社会環境などが、医療をはじめ公共サービスへのアクセスを困難にしている。こうした離島の医療確保にあたっては、国や自治体が進める医療計画(へき地の医療体制構築)等によって、医療人材の確保やドクターヘリの活用、巡回診療体制の整備など、地域の事情に合わせた政策支援が長年にわたって行われてきた。
遠隔医療の活用
ICTの目覚ましい発達によって、距離を意識することなく手軽に多様なコミュニケーションが可能な時代となった。COVID-19パンデミックの影響もあって、オンラインコミュニケーションツールは今ではなくてはならない存在となっている。ICT機器を活用し医師と患者の間で行われる遠隔医療のことをオンライン診療と呼び、2018年4月に保険診療として承認されたが、2020年4月に大幅に規制が緩和されたことで地域医療の現場でも活用が進んでいる。このオンライン診療を活用すれば通院が困難な患者でも診療を受けることができ、医師不足対策にもつながるため離島・へき地で導入する動きがある。しかしながら、2021年度に実施された全国のへき地診療所に対する調査では、オンライン診療を実施している診療所の割合は7.8%(40診療所)にとどまり、あまり活用されていない実態が明らかになった。この背景にはICTリテラシーの問題がある。アクティブシニアが増えてきているとは言え、高齢者がICT機器を使いこなすことは容易ではなく、オンライン診療がなかなか普及しない要因の一つとなっている。このため、看護師がサポートしながら遠隔地にいる医師へつなぐタイプのオンライン診療、いわゆるDoctor to Patient with Nurse(D to P with N)が注目されている。地域の人口減少は今後ますます進んでいくと考えられるが、その過程で看護師のみが常駐する診療所に医師が定期巡回する診療形態が増えてくることが予想される。こうした診療形態の質を補強し、離島・へき地医療を確保する効果的なツールとしてD to P with Nのオンライン診療が普及していく可能性がある。
10の有人島と53の無人島から成る長崎県五島市ではデジタル田園都市国家構想プロジェクトの一環として、D to P with Nのセットを丸ごとへき地の患者に届けるモバイルクリニック事業を2023年1月から開始した。医療機器とオンライン診療システムを搭載したマルチタスク車両(図1)に看護師が乗車し、あらかじめ予約されている患者の自宅付近まで配車される。その車両に患者が乗り込み、看護師がバイタルチェックを行いながらかかりつけ医にオンラインでつなぐ仕組みである。看護師の派遣や車両の維持管理、運用システムの管理は民間に委託されており、2023年9月時点で40人程度の患者が定期的に利用している。離島だけでなく医療の維持に苦慮している地域は少なくないため、各地の自治体でこうした医療MaaS(Mobility as a Service)の導入が進んでおり、今後は多職種の参画や多分野のサービス提供などを視野に入れながら、デジタル聴診器など遠隔デバイスの開発を含め、地域の特性に合わせて発展していくものと考えられる。
■図1 長崎県五島市のマルチタスク車両(モバイルクリニック)(写真:MONET Technologies(株)提供)

■図1 長崎県五島市のマルチタスク車両(モバイルクリニック)(写真:MONET Technologies(株)提供)

次世代型離島医療へのチャレンジ
遠隔医療にドローンによる無人物流を組み合わせることで、より利便性の高い医療を提供するシナリオが考えられる。患者にオンライン診療・オンライン服薬指導を受けてもらい、調剤された医薬品をドローンを使って送り届ける仕組みである。米国のジップライン社では、2016年からルワンダなどアフリカの複数の国で固定翼型ドローンを使った輸血用血液製剤等の搬送を開始し、既に重要な物流インフラとして定着している。日本の豊田通商(株)とそらいいな(株)は2021年にジップライン社と提携し、2022年4月に長崎県五島市にドローンの離発着拠点を設置して医療用医薬品の搬送飛行を開始した(図2)。離島のへき地診療所と連携して遠隔医療とドローン搬送を組み合わせた実証試験を繰り返しており、安定した機体制御技術と運用システムのもと確実に実績を伸ばしているが、その一方で運用コストやビジネスモデルの開拓、そして人材育成や航空法・薬機法※2による規制など課題はまだまだ多い。
5Gを活用した遠隔医療支援の取り組みや3D映像とMixed Reality技術を活用した次世代型遠隔医療システムの開発も進められており、将来はエアモビリティが医師の移動手段となるかもしれない。高齢化と人口減少が進む中、離島ではこれまでの医療の維持を目指す一方、新たなテクノロジーを導入し、医療へのアクセスとその質を担保しつつ効率的な医療形態へ変化していくことが考えられる。利便性と安全性のバランスを追求し、より快適な社会の実現を見据えた離島医療のニューノーマル構築が求められる。(了)
■図2 ドローンの発着拠点と離陸・ボックス投下の模様(写真:そらいいな(株)提供)

■図2 ドローンの発着拠点と離陸・ボックス投下の模様(写真:そらいいな(株)提供)

※1 救急医療を含む一般的な医療を完結できる基本的な地理的単位。医療法によって全国に335区域(2023年10月現在)設定されている。
※2 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律

第564号(2024.02.05発行)のその他の記事

ページトップ