Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第604号(2026.04.20発行)
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アジアから世界へ:ANEMONE Globalの挑戦
KEYWORDS
環境DNA/生物多様性/ネイチャーポジティブ
東京大学大気海洋研究所准教授◆峰岸有紀
生物多様性の損失を止め、回復へ転じさせるという2030年目標まで、あと4年。私たちはいま、その達成の正念場を迎えている。自然資本を再生しながら成長するネイチャーポジティブ社会への変革を目指す上で、生物多様性情報は必要不可欠である。本稿では、その生物多様性情報を生み出す情報インフラの一例として、環境DNAによる生物多様性国際観測網「ANEMONE Global」を紹介する。
日本発の環境DNA生物多様性観測網ANEMONEを世界へ
人類社会はこれまで自然資本を消費することで成長してきた。しかし、それが持続不可能なことは明白なので、自然資本を再生しながら成長する社会への変革が必要不可欠である。そこで重要となるのが、自然の状態の把握である。なぜなら、自然資本をどの程度消費し、保全活動等でどの程度回復したか、といった情報なしに再生はあり得ないからだ。
ANEMONE※1は、近藤倫生東北大学教授が率いた全国魚類相一斉調査※2から発展してできた生物多様性観測ネットワークである。日本全国の沿岸や河川、湖沼における環境DNA定期サンプリングにより、生物多様性をモニタリングしている。全データは専用のデータベース「ANEMONE DB」で無償公開され、DNAサンプルはアーカイブされている。各地の研究者や市民の協力により5年間で延べ1万回近い観測が行われ、近年は科学論文も出版されている。
これまでにもさまざまな自然観察やモニタリングが実施されてきたが、従来の生物多様性調査とANEMONEの大きな違いは4つの可能性、つまり、参加可能性、比較可能性、追跡可能性、再利用可能性の全てを備えていることであろう。ANEMONEでは、機材とプロトコルを統一することで、科学者に加え市民も観測に参加でき、他地点や過去のデータとの比較が可能である。また、環境DNAサンプルとメタデータをひも付けてアーカイブすることで、必要に応じて再分析ができる。ANEMONEは、誰もが参加しながら、大規模で高品質な生物多様性情報を生み出す唯一無二の観測網なのである。
これを世界に拡大するのが「ANEMONE Global」である。その目的は、世界の生物多様性を統一的な方法でモニタリングすることで自然の状態を可視化および理解すること、科学者を含む住民自身が地域の生物多様性情報を取得し、それを経済活動や環境保全等に活用する体制を構築することである。その中心になったのは、梶田忠琉球大学教授がご自身の研究の中で築いてきた東南アジアのマングローブ研究者ネットワークと、筆者が関わっているIOC(政府間海洋学委員会)小委員会WESTPACの市民科学推進を目指すワーキンググループのメンバーである。生物多様性と地域社会との協働に対する高い意識と熱意をもつアジアの国々が中心にいたからこそ、ANEMONE Globalのビジョンがスムーズに共有されたと言って良いだろう。
2024年夏、Ocean Shot※3等の研究費の支援を受け、12カ国17グループが参画して1回目の一斉観測を行った(図1;Sioud et al. 2026)。2025年春には、活動の意義が認められ、国連海洋科学の10年のOcean Decade Actionに正式に採択された。そして2025年秋、参加国が17カ国に拡大して定点定期観測の開始にこぎ着け、全球スケールの生物多様性観測が本格的に動き出したのである。
ANEMONE※1は、近藤倫生東北大学教授が率いた全国魚類相一斉調査※2から発展してできた生物多様性観測ネットワークである。日本全国の沿岸や河川、湖沼における環境DNA定期サンプリングにより、生物多様性をモニタリングしている。全データは専用のデータベース「ANEMONE DB」で無償公開され、DNAサンプルはアーカイブされている。各地の研究者や市民の協力により5年間で延べ1万回近い観測が行われ、近年は科学論文も出版されている。
これまでにもさまざまな自然観察やモニタリングが実施されてきたが、従来の生物多様性調査とANEMONEの大きな違いは4つの可能性、つまり、参加可能性、比較可能性、追跡可能性、再利用可能性の全てを備えていることであろう。ANEMONEでは、機材とプロトコルを統一することで、科学者に加え市民も観測に参加でき、他地点や過去のデータとの比較が可能である。また、環境DNAサンプルとメタデータをひも付けてアーカイブすることで、必要に応じて再分析ができる。ANEMONEは、誰もが参加しながら、大規模で高品質な生物多様性情報を生み出す唯一無二の観測網なのである。
これを世界に拡大するのが「ANEMONE Global」である。その目的は、世界の生物多様性を統一的な方法でモニタリングすることで自然の状態を可視化および理解すること、科学者を含む住民自身が地域の生物多様性情報を取得し、それを経済活動や環境保全等に活用する体制を構築することである。その中心になったのは、梶田忠琉球大学教授がご自身の研究の中で築いてきた東南アジアのマングローブ研究者ネットワークと、筆者が関わっているIOC(政府間海洋学委員会)小委員会WESTPACの市民科学推進を目指すワーキンググループのメンバーである。生物多様性と地域社会との協働に対する高い意識と熱意をもつアジアの国々が中心にいたからこそ、ANEMONE Globalのビジョンがスムーズに共有されたと言って良いだろう。
2024年夏、Ocean Shot※3等の研究費の支援を受け、12カ国17グループが参画して1回目の一斉観測を行った(図1;Sioud et al. 2026)。2025年春には、活動の意義が認められ、国連海洋科学の10年のOcean Decade Actionに正式に採択された。そして2025年秋、参加国が17カ国に拡大して定点定期観測の開始にこぎ着け、全球スケールの生物多様性観測が本格的に動き出したのである。
■図1 ANEMONE Globalの第1回観測に参加した国々
ANEMONE Globalが目指す接続性・標準化・持続性
2026年2月、ANEMONE Globalの観測参画者や世界各地の観測ネットワーク等が一堂に会し、国際シンポジウムを開催した(図2)。ANEMONE Globalの中心であるアジアのマングローブ研究者からは彼らの生物多様性研究を紹介していただいた。欧米からはEUの観測ネットワークや観測技術の標準化について、日本からはデータベースの拡張や、現在の日本の環境DNA研究や調査の指針とも言える環境DNA学会マニュアルなどについて講演していただいた。情報共有と同時に、たくさんの克服すべき課題と今後の方向性が見えてきた。
生物多様性情報を広域で取得し、それを経済活動や環境保全等に活用するには、ANEMONE Globalと世界の既存の観測網をうまく接続することが効率的である。また、それらから得られる生物多様性情報から、自然の状態を反映する指標(多様性指数や種数など)を算出できるシステム作りも急務である。
ANEMONE Globalでは、内閣府の「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」等の支援を受け、ANEMONE運用システムの規格化を進めている。他方、世界では早くからiESTF(International eDNA Standardization Task Force)を中心にサンプリングから分析の各ステップを国際標準化する動きがあるし、メタデータの運用方針(FAIRe原則)も発表されている。こういった環境DNA観測に関するさまざまな標準化の動きをうまく組み合わせることが、質の高い生物多様性情報を生み続ける上で極めて重要である。
さらに、現在、ANEMONE Globalの活動および観測は、複数の日本の研究費で賄っているが、それらには限度と期限がある。ネイチャーポジティブ社会への転換には生物多様性情報が必要不可欠だからこそ、観測や分析のための技術移転のみならず、世界各地での分析拠点やデータベースの構築、そして観測に係る費用を支える安定した経済的支援が必要である。
生物多様性情報を広域で取得し、それを経済活動や環境保全等に活用するには、ANEMONE Globalと世界の既存の観測網をうまく接続することが効率的である。また、それらから得られる生物多様性情報から、自然の状態を反映する指標(多様性指数や種数など)を算出できるシステム作りも急務である。
ANEMONE Globalでは、内閣府の「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」等の支援を受け、ANEMONE運用システムの規格化を進めている。他方、世界では早くからiESTF(International eDNA Standardization Task Force)を中心にサンプリングから分析の各ステップを国際標準化する動きがあるし、メタデータの運用方針(FAIRe原則)も発表されている。こういった環境DNA観測に関するさまざまな標準化の動きをうまく組み合わせることが、質の高い生物多様性情報を生み続ける上で極めて重要である。
さらに、現在、ANEMONE Globalの活動および観測は、複数の日本の研究費で賄っているが、それらには限度と期限がある。ネイチャーポジティブ社会への転換には生物多様性情報が必要不可欠だからこそ、観測や分析のための技術移転のみならず、世界各地での分析拠点やデータベースの構築、そして観測に係る費用を支える安定した経済的支援が必要である。
■図2 ANEMONE Globalシンポジウムの登壇者
地域住民が地域の自然を観測する社会へ
筆者が所属する東京大学大気海洋研究所の臨海施設がある岩手県の大槌湾もANEMONEの定期観測サイトのひとつである。ここで観測作業を担っているのは、岩手県立大槌高校の「はま研究会」の部員で、部活動として月1回、放課後に臨海施設に来て採水・ろ過をして帰っていく。地域の自然に強い関心があるとか科学が得意だとかいう生徒ばかりではないのだが、水をくんだりシリンジを使ってろ過したりする作業自体が面白いらしい。作業中に地域の自然や科学の話になると、「へー」と多少の興味を持ち、帰りにちょっと海をのぞくこともあるようだ。彼らの姿を見て、興味の程度に関わらず、誰でも地域の自然に関わることができることに気が付いた。つまり、観測作業をただ面白がるだけでも、日常会話の中からでも、地域の自然に目を向け、その価値に気付くことがある。ANEMONEやANEMONE Globalは、生物多様性をモニタリングすることで自然の状態を可視化し理解するツールだが、同時に、誰もが地域の自然に関わることのできるツールでもある。地域住民自ら地域の自然を観測し、その価値を最大化することが当たり前の社会こそ、筆者が考える2030年目標の先のネイチャーポジティブ社会の姿である。(了)
※1 ANEMONE https://anemone.bio
※2 益田玲爾著「環境DNAが海の未来にもたらすもの」本誌第435号(2018.09.20発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/435_2.html
※3 笹川平和財団Ocean Shot研究助成「アジア太平洋地域の海洋生物多様性に関する統合的ゲノム解析アプローチ」 https://www.spf.org/opri/projects/oceanshot.html
※2 益田玲爾著「環境DNAが海の未来にもたらすもの」本誌第435号(2018.09.20発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/435_2.html
※3 笹川平和財団Ocean Shot研究助成「アジア太平洋地域の海洋生物多様性に関する統合的ゲノム解析アプローチ」 https://www.spf.org/opri/projects/oceanshot.html
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