Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第604号(2026.04.20発行)

渡り鳥が結ぶアジアの沿岸生態系と国際保全ネットワーク

KEYWORDS 生物多様性保全/湿地/経済開発
北海道大学大学院博士後期課程(日本学術振興会特別研究員DC1/豪州クイーンズランド大学)◆清水孟彦

東・東南アジアからオセアニアにかけての地域は、多くの水鳥種の渡りルートになっている。しかし、20世紀以降の沿岸地域での開発など人間活動の影響により、生息地である沿岸湿地が失われ、水鳥の数は大きく減少している。こうした状況を受け、18カ国が連携し、政府や市民団体などさまざまな主体が協力しながら保全活動を進めている。それでもなお、失われた湿地や水鳥の回復には、さらなる取り組みが必要である。
渡り性水鳥の減少要因─アジア地域の沿岸環境の変化
渡り鳥の中には、国境を越えて長距離を移動する種が数多く存在する。渡り鳥は生態系の物質循環に寄与するだけでなく、古くから人々に季節の移ろいを伝え、最近では野鳥観察などを通じて娯楽・観光の対象にもなるなど、身近な生物として文化的にも親しまれてきた。しかし現在、世界の渡り鳥種の約45%が減少傾向にあることが知られている。中でも、東・東南アジアやオセアニアを渡るシギ・チドリ類に代表される、干潟など浅い海辺に依存する沿岸性水鳥の個体数は著しく減少し、保全の重要性が高まっている。
渡り性水鳥が移動過程で利用する一連の地域(移動ルート)は、「フライウェイ」と呼ばれ、世界で大きく9つに分類される。その一つである東アジア─オーストラリア地域フライウェイ(East Asian-Australasian Flyway:EAAF)は、極東ロシアから東・東南アジア、オセアニアに広がり、216種の水鳥が利用する世界最大級のフライウェイである(図1)。しかし、EAAF内の水鳥種の16%は国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種に分類され、個体群の約半数が減少傾向にある。
その主要因として、水鳥の生息地である干潟や塩性湿地、砂浜などの沿岸湿地の急速な消失が挙げられる。20世紀後半には経済開発によって、日本や韓国で干潟面積が約半減し、21世紀以降は中国や東南アジアで大規模な開発が進行した。例えば、東京湾では1950年から2000年までに90%以上の干潟が消失していたことが著者らの研究で明らかになっている。しかし、このような「過去の過ち」を教訓とし、さらなる生息地ネットワークの崩壊を防ぐために、1970年代以降、アジアやオセアニア地域において国際的な協調意識や取り組みが生まれている。
フライウェイ保全を支える多主体パートナーシップ
EAAF内の渡り性水鳥やその生息地の重要性を広く周知し、実践的に保全を促す上で重要な役割を担っているのが、東アジア─オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップ(EAAFP)である。EAAFPは、日本や中国、米国、ロシアなどの18カ国の政府に加え、国際条約事務局、国際NGO・NPOなど多岐にわたる主体が参加するパートナーシップである。EAAFPでは、湿地や水鳥の専門家によって日常的に保全対策が検討され、2年に一度開催されるパートナー会議(MOP)で保全課題の共有や意思決定が行われる。また、EAAFPは、水鳥にとって重要な湿地の保護と継続的なモニタリングを進めている。例えば、世界最大級である黄海沿岸の干潟の保全の重要性を訴え続けた結果、2019年には中国の一部地域が渡り鳥の生息地として世界自然遺産に登録された。
EAAFPは市民参加型の普及啓発活動にも力を入れている。例えば、クロツラヘラサギは、1990年代には、世界個体数が400羽程度まで減少し、深刻な絶滅危惧種(CR)であった。EAAFP内外の専門家が中心となり市民との協力を通じて、生態調査だけではなく、市民の関心や保全への参加を促してきた。日本発の国際NGOであるTeam SPOON※1は、クロツラヘラサギに関する4カ国語で書かれた絵本※2を利用し、参加者が母国語で回し読みをする参加型イベントを定期的に開催している。筆者が参加した、越冬地である福岡県今津干潟と繁殖地である韓国を結ぶオンライン会合には、子ども連れの家族が大勢参加した。画面越しに交流やイラスト制作を楽しみ、会場は大いに賑わった(図2)。子どもから大人まで、世代や言語の壁を超えて同じクロツラヘラサギの生存を願う姿を目の当たりにしたとき、筆者は保全への心強い一体感を覚えると同時に、保全生態学を研究する者として、生息地や渡り鳥の存在を多くの市民や後世に引き継がねばならないという責務を強く感じた。こうした科学者や市民の絶え間ない努力の結果、2025年にはクロツラヘラサギの個体数は7,000羽を超え、IUCN絶滅危惧種レッドリストの評価も危機(EN)から危急(VU)へと改善された。

■図1 東アジア─オーストラリア地域フライウェイ内の水鳥個体群の渡りルートと越冬地例(青線は各個体群の渡りルート) 地図の出典:Wetlands International(2022)

右上:クロツラヘラサギの群れ(沖縄県・那覇市)右下:オオソリハシシギの群れ(豪州・ブリスベン)

■図2 クロツラヘラサギのイラストなどを制作するワークショップ

今後の課題と日本の役割
国家間の利害がますます交錯する現代国際社会において、EAAFPのように多国・多主体が協調している事例はまれである。その理由は、課題の共通認識化に加え、各主体に資金や行動を強要しないというパートナーシップの自発性によるものかもしれない。一方で、自発的な枠組みであるがゆえに、資金や人材不足、地域間での実施格差といった課題も抱えている。また、保護区指定が進む一方、まだ開発のリスクが高い地域も存在し、過去の大規模な湿地消失の影響は現在も残っている。それにより、ヘラシギなど深刻な絶滅危機に瀕する種だけではなく、ハマシギやトウネンなどの「普通種」のさらなる減少も危惧されている。残存湿地の保護に加え、湿地復元や人工湿地による補完的対策も今後の重要な選択肢となる。
日本はEAAFP設立を共同提案し、EAAFPへの継続的な金銭的支援や保護区の拡大などを通じて水鳥保全に貢献している。一方で、研究者や国際的調整役を担う人材の育成は他国と比べて遅れているように感じる。また、産業界でも生物多様性保全の重要性が認識され始めているが、水鳥保全への参画はまだまだ少ない。日本は、「既に湿地が失われた国」であり、失われた湿地の上には主要な経済都市が広がっているため、過去の湿地風景を復元することは簡単ではない。水鳥が繋いでくれた人々や地域間での対話を通じて解決策を模索するほかない。渡りも保全も「順風満帆」ではないが、水鳥保全を取り巻く国際協調の仕組みは、分断が進む時代において、持続可能な国際秩序の一つのモデルとなり得るだろう。
筆者は、水鳥調査をしているときに、ふと「もし湿地が残っていたら、どんな風景で、どれほど多くの水鳥がいたのだろう」と過去に思いを馳せることがある。経済成長の上にこそ成り立つ自分の生活と、少しでも多くの湿地を残してくれた先人たちへの感謝、そして減り続ける罪のない水鳥への悲しみが交錯する。フライウェイスケールの危機に一人で立ち向かうには限界がある。そう感じる今日この頃、筆者は渡り鳥とともに南下し、越冬地でもあるオーストラリアの大学に留学し、保全を願う同志とともに切磋琢磨しながら学ぶ日々を過ごしている。(了)
※1 TeamSpoon https://teamspoon.wixsite.com/teamspoon
※2 松本悟著『クロツラヘラサギ「プーの手紙」』(日・英・韓・中)

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