Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第603号(2026.03.20発行)

北極海航路の経済モデルの実現可能性

KEYWORDS NSR/海運/ロシア北極圏政策
フリチョフ・ナンセン研究所上席研究員◆Arild MOE

北極海航路(NSR)は、航海日数を短縮できる潜在力を持つ一方、その経済モデルは深刻な課題に直面している。ロシアは資源開発と連動した航路整備を進めてきたが、西欧制裁や財政制約により投資の見通しは不透明となった。近年は中国との輸送が増えているものの、国際海運全体での利用拡大や持続的な資金確保は依然として困難である。
北極海航路(NSR)開発の構想を支える経済モデル
近年、北極海航行の可能性と展望に再び関心が集まっている。東西を結ぶ航路は、南回りの代替ルートと比べて航海時間を数週間短縮できるため、依然として魅力的だ。しかし、北極海航路(NSR=Northern Sea Route)で実際に何が起きているのか、そしてこの航路のさらなる発展に向けた主要な課題は何か。
NSRは、東端のベーリング海峡から西端のノヴァヤゼムリャまでの北東航路の区間を指し、ロシアが特別な航行管理体制を確立している。この航路は、ロシア北部の地域を結び、シベリアの広大な水系へのアクセスを提供し、資源に関する膨大な可能性を開く。沿岸のコミュニティへの物資供給に不可欠なのだ。北極圏は、ロシアの経済的未来の基盤であるとみなされているが、航路の開発と利用には莫大なコストがかかる。2022年にロシア政府が発表した2035年までのNSR開発計画では、必要な総投資総額は1兆7,900億ルーブル(当時の約240億米ドル)と見積もられた。計画には、破氷船、港湾インフラ、大規模な浚渫と海洋測量、新たな鉄道接続、衛星通信システム、拡大された救助・引揚能力が含まれ、全体プログラムは1,840の個別要素に分解される。
NSRの開発は、北極圏の沿岸における主要な天然資源プロジェクト(主に石油と液化天然ガスだが、石炭、鉱物、金属も含む)と並行して進む見込みだった。これらのプロジェクトは、建設段階における資機材の輸送や、生産開始後における世界市場への輸出において、NSRに依存している。貨物量は2021年の3,400万トンから、2030年に1.5億トン、2035年に2.2億トンに達すると予測されていた。同時に、この海路の利用者である貨物生産者が、開発計画の約40%の資金を負担することが期待されていた。残りの60%は、ロシア連邦予算と未特定の国家資金で賄われることになっていた。言い換えれば、NSR開発の経済モデルは、資源開発プロジェクトと海運の相互依存、および長期的な国益のために北極への投資を行う国家の能力に基づいている。このモデルが依然として実現可能なのかが問題となる。

■北極航路(海洋政策研究財団、2012)

制裁と財政制約がもたらす困難
西欧諸国の制裁は、これまで、稼働中のヤマルLNGプロジェクトからの輸出には影響していないが、技術制裁や市場アクセス制限により、追加のLNG開発は不透明だ。ウクライナでの戦争が終結してもこの不確実性はなお残る。その結果、ロシアの新規LNGプロジェクトに対する投資は魅力を欠くこととなる。主要な新規の石油プロジェクトは既に遅延しており、生産開始後に必要な耐氷タンカーも建造されていない。総じて、資源セクターがNSRの資金を支援する能力は低下している。加えて、インフラ整備費用を資源開発計画に組み込む仕組みは確立されていない。最近、NSRの開発を担う機関であるロサトムは、破氷船の建造資金を調達するため、貨物所有者への特別な「投資料」を提案した。しかし、今、貨物所有者にコストを転嫁することは、一部プロジェクトの既に逼迫した収益性をさらに損ねる危険がある。
ロシア連邦予算の余力も極めて疑わしい状況にある。戦費関連の支出が財政を圧迫し、石油およびガスというロシアの2大輸出品からの歳入が減少している。2026年のロシア連邦予算および2027〜28年の計画期間では、NSRへの配分額は以前の発表内容と比較して減額されており、投資計画が十分な資金を欠いていることがますます明らかになっている。
最近のロシア政府文書では、NSRの貨物量の増加予測は2022年計画から修正されているが、それでも依然として極めて非現実的に見える。投資計画はごく最近までほとんど手つかずのままだった。つまり、NSRの財政問題はこれからさらに深刻化する。北極圏における石油・ガス生産の成長が引き続き遅れたら、破氷船建造を含む投資目標は縮小せざるを得ないだろう。
それでは、国際的な輸送交通はどのような位置付けになるのだろうか。ロシアによるウクライナ侵攻以前には、国際的な輸送はほとんどなかった。航行が予測しづらく季節性があること、喫水制限、そして港湾や市場の不足などから、大手コンテナ船企業はNSRが重要な役割を果たすとは考えていなかった。ロシア側は、航路がさらに整備され、サービスが向上し、特に通年航行が確立すれば、国際輸送が花開くと主張していた。

■ロシアの60メガワット砕氷船が貨物船を支援(写真:©Rosatom)

■ヤマルのLNG船荷役作業(写真:©Novatek)

国際輸送の現状と将来の見通し
2022年、国際輸送は完全に停止した。しかし、ここ2年で記録的な輸送量が報告され、2025年には約320万トンに達した。ただし、そのほとんどは中国・ロシア間のものである。NSRの東西両端を輸送船が横切るため輸送と分類されているだけだ。主な貨物は石油である。2023年以降、ロシア産の石油は、欧州向け海上輸出に制裁を受けた結果として、その一部がバルト海やムルマンスクの拠点施設から北極経由で中国に輸出されている。NSRは、スエズ運河やアフリカ回りの航路に代わる選択肢を提供している。
過去3年間、複合貨物型の小型コンテナ・バルク船による貿易が増加している。典型的には、工業製品が中国南東部の港からアルハンゲリスクやサンクトペテルブルク近郊に輸送される。2025年には、こうした寄港が約20回あった。2025年10月には、中国からの大型コンテナ船が、ロシアに寄港せずに、英国の港まで航行したという、本格的な国際輸送交通が実現した。こうした事業を行う中国企業は、今後の拡大が見込めそうな分野を見出し、活動拡大に乗り出す計画を表明している。ロシアは、NSR経由の輸送に対する国際的な関心の証拠として、中国との貿易を積極的に奨励している。
国際的な利用者がNSRの開発において資金面で重要な役割を果たすとは最初から期待されておらず、破氷船支援などの運用コストの一部を負担するのみだった。しかし近年では、ロシア当局も中国関連の交通を含む国際的な輸送に補助金を給付する必要があるとさえ認めている。ただ、これは持続可能な解決策とは言えない。国際海運業界全体の見解が変わったという兆候はほとんど見られない。むしろ、ウクライナ侵攻に起因する不確実性が、ロシアやNSRに関連する船舶への長期投資のリスクを高めている。ロシア北極圏がまさに必要としているものこそ、長期投資なのである。(了)

■北極海航路の貨物量(単位100万トン)

●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。 https://www.spf.org/en/opri/newsletter/

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