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オーシャンニューズレター
第602号(2026.02.20発行)
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東京大学海洋アライアンス
沖ノ鳥島・小島嶼国プログラム
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沖ノ鳥島/小島嶼国/海面上昇
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻特任研究員◆茅根創
沖ノ鳥島は太平洋・フィリピン海上にある日本最南端に位置する卓礁である。太平洋には14の小島嶼国が分布するが、そのうちマーシャル諸島共和国、キリバス、ツバルの3カ国は環礁のみからなり、ミクロネシア連邦や仏領ポリネシアにも多くの環礁がある。沖ノ鳥島と同様に太平洋の環礁国は今世紀の海面上昇で水没の危機にある。このため両者の知見を往還させ、日本の国境離島と小島嶼国の双方に資する、新しい国土維持モデルを構築すべきである。
沖ノ鳥島と小島嶼国
沖ノ鳥島は日本最南端に位置する東西4.5km、南北1.7kmの卓礁である。フィリピン海に孤立しており、周囲に40万平方kmの排他的経済水域を持つ。外縁は干潮時に干出する礁嶺に囲まれるが、満潮時には「北小島」と「東小島」を除き海面下になる。国連海洋法条約の島の定義「自然に形成され満潮時にも水面上にある陸地」を満たすこれら2島は、今世紀の海面上昇で水没の危機にある。
沖ノ鳥島を越えて太平洋には14の小島嶼国が分布するが、そのうちマーシャル諸島共和国、キリバス、ツバルの3カ国は環礁のみからなる。ミクロネシア連邦や仏領ポリネシアにも多くの環礁がある。環礁では満潮以上の島(環礁州島)は平均の標高が2mほどで、沖ノ鳥島と同様水没の危機にある。環礁州島は、サンゴ礁がつくる土台の上に打ち上げられた生物遺骸片からなる。海面上昇への適応には、護岸や埋め立てなどハード対策だけではなく、サンゴや有孔虫など島を形成した自然のプロセスを活かす生態工学的対策が必要である※1。しかし、環礁国の全周をハードで守ることは現実的でない。護岸や埋め立てによって生態系が破壊され、砂の運搬・堆積過程が遮断されてしまうと、島の自然の復元力が損なわれてしまう。
沖ノ鳥島と太平洋の環礁国は「生物が国土をつくり、その国土が将来失われ得る」という共通の脆弱性を抱えている。このため両者の知見を往還させることは、日本の国境離島と小島嶼国の双方に資する、新しい国土維持モデルを構築する上で極めて重要である。
沖ノ鳥島を越えて太平洋には14の小島嶼国が分布するが、そのうちマーシャル諸島共和国、キリバス、ツバルの3カ国は環礁のみからなる。ミクロネシア連邦や仏領ポリネシアにも多くの環礁がある。環礁では満潮以上の島(環礁州島)は平均の標高が2mほどで、沖ノ鳥島と同様水没の危機にある。環礁州島は、サンゴ礁がつくる土台の上に打ち上げられた生物遺骸片からなる。海面上昇への適応には、護岸や埋め立てなどハード対策だけではなく、サンゴや有孔虫など島を形成した自然のプロセスを活かす生態工学的対策が必要である※1。しかし、環礁国の全周をハードで守ることは現実的でない。護岸や埋め立てによって生態系が破壊され、砂の運搬・堆積過程が遮断されてしまうと、島の自然の復元力が損なわれてしまう。
沖ノ鳥島と太平洋の環礁国は「生物が国土をつくり、その国土が将来失われ得る」という共通の脆弱性を抱えている。このため両者の知見を往還させることは、日本の国境離島と小島嶼国の双方に資する、新しい国土維持モデルを構築する上で極めて重要である。
■沖ノ鳥島(提供:国土交通省京浜河川事務所)
■9つの環礁からなるツバルの首都、フナフチ環礁のフォンガファレ島(筆者撮影)
沖ノ鳥島・小島嶼国プログラム
沖ノ鳥島・小島嶼国プログラムは、東京大学の海洋研究者の横断的組織である海洋アライアンスのプログラムの一つで、分野とセクターを横断する産官学の200名ほどのメンバーからなる。サンゴ礁学、海岸工学、生態学など多分野の研究者と行政・企業が一体となって議論する全国的にも希有な枠組みであり、科学知を社会に橋渡しする「場」として機能してきた。沖ノ鳥島と環礁国はいずれも国土が生物で造られ、海面上昇によって水没するという共通の課題を持っている。本プログラムは両者を結ぶ生態工学的アプローチを柱として、さらに国際法、領海認識の歴史、海底資源など幅広い視点から議論してきた。
沖ノ鳥島への国民の関心の契機は、2004年の日本財団調査団であった。私は調査団に参加するとともに、海洋政策研究所の研究会でサンゴや有孔虫による島の維持を提案した※2。さらに自らも勉強会を立ち上げ、2007年の海洋アライアンス設立を経て発展し、2019年からその正式プログラムとなった。
沖ノ鳥島においては、国土交通省が国土保全と港湾整備、水産庁がサンゴ礁修復、東京都が普及啓発を担っている。しかし行政が縦割りであるため、情報共有とグランドデザインの構築が難しい。さらに、沖ノ鳥島が持つ国際法上の地位の問題も、情報公開を妨げる要因となっている。縦割りをつなぐ役割は、上からは政治が、下からは大学が担うべきで、本プログラムは分野とセクターをつなぐ「下からのハブ」として機能してきた。
一方、小島嶼国では2002年から環境省やJICA-JST SATREPSにより、マーシャル諸島共和国とツバルで生態工学的島嶼維持の調査研究を進め、サンゴ礁地形、生物過程、堆積・沿岸流など国土維持に直結する知見を蓄積した。国土交通省の技術開発プロジェクトで構築した透過型護岸や人工ビーチロック、水産庁のサンゴの有性生殖による種苗生産技術開発とも連携し、行政が実施する事業と研究を往還させてきた。東京都の沖ノ鳥島フォーラムにもほぼ毎年登壇し、2022年から沖ノ鳥島と南鳥島の文献・地図データベースを公開し※3、両島の現地調査を進めている。沖ノ鳥島と小島嶼国を「生物がつくる島の持続性」という視点で統合してきたことが、本プログラムの最大の特徴である。
沖ノ鳥島への国民の関心の契機は、2004年の日本財団調査団であった。私は調査団に参加するとともに、海洋政策研究所の研究会でサンゴや有孔虫による島の維持を提案した※2。さらに自らも勉強会を立ち上げ、2007年の海洋アライアンス設立を経て発展し、2019年からその正式プログラムとなった。
沖ノ鳥島においては、国土交通省が国土保全と港湾整備、水産庁がサンゴ礁修復、東京都が普及啓発を担っている。しかし行政が縦割りであるため、情報共有とグランドデザインの構築が難しい。さらに、沖ノ鳥島が持つ国際法上の地位の問題も、情報公開を妨げる要因となっている。縦割りをつなぐ役割は、上からは政治が、下からは大学が担うべきで、本プログラムは分野とセクターをつなぐ「下からのハブ」として機能してきた。
一方、小島嶼国では2002年から環境省やJICA-JST SATREPSにより、マーシャル諸島共和国とツバルで生態工学的島嶼維持の調査研究を進め、サンゴ礁地形、生物過程、堆積・沿岸流など国土維持に直結する知見を蓄積した。国土交通省の技術開発プロジェクトで構築した透過型護岸や人工ビーチロック、水産庁のサンゴの有性生殖による種苗生産技術開発とも連携し、行政が実施する事業と研究を往還させてきた。東京都の沖ノ鳥島フォーラムにもほぼ毎年登壇し、2022年から沖ノ鳥島と南鳥島の文献・地図データベースを公開し※3、両島の現地調査を進めている。沖ノ鳥島と小島嶼国を「生物がつくる島の持続性」という視点で統合してきたことが、本プログラムの最大の特徴である。
今後の展望
サンゴ礁の修復によって島の復元力を高める生態工学的対策は、研究会を始めた2000年代にはほとんど注目されなかった。サンゴ礁の修復は、開発の免罪符に利用されるだけだと、当時は批判さえされた。しかし近年、海面上昇の影響を真っ先に受ける小島嶼国の適応策に国際的な支援が集まりつつある。そして、護岸や埋め立てを中心としたハードだけの対策が、生態系を損ない浸食を促す誤った適応策(maladaptation)として認識され、自然の力を生かすNbS(Nature-based Solutions)が国際的に強調されるようになってきた。
沖ノ鳥島も太平洋の環礁国も、島が生物によって造られるという共通の基盤を持ち、その維持には生態系の健全性と修復が不可欠である。この視点は、両者の調査・研究を並行して進めてきた本プログラムによって育まれてきた。私たちが提案してきた生態工学的海岸防護は、NbSを先取りした概念である。
世界の潮流はようやく生態系基盤の適応へ向かい始めたが、日本は20年以上前からこの方向性を提案し、模索してきた。これを現場で機能させるには、国内では行政と研究の往還、海外では現地政府や住民との合意形成が不可欠である。さらに個別技術を国土維持のためのシステムとして統合し、その効果を海面上昇という100年スケールで評価する視点が求められる。本プログラムは、こうした課題を乗り越え、生態工学の考え方を政策と事業へ橋渡しすることで、「生物がつくる国土」を将来世代に引き継ぐ社会実装に取り組んでいきたい。(了)
沖ノ鳥島も太平洋の環礁国も、島が生物によって造られるという共通の基盤を持ち、その維持には生態系の健全性と修復が不可欠である。この視点は、両者の調査・研究を並行して進めてきた本プログラムによって育まれてきた。私たちが提案してきた生態工学的海岸防護は、NbSを先取りした概念である。
世界の潮流はようやく生態系基盤の適応へ向かい始めたが、日本は20年以上前からこの方向性を提案し、模索してきた。これを現場で機能させるには、国内では行政と研究の往還、海外では現地政府や住民との合意形成が不可欠である。さらに個別技術を国土維持のためのシステムとして統合し、その効果を海面上昇という100年スケールで評価する視点が求められる。本プログラムは、こうした課題を乗り越え、生態工学の考え方を政策と事業へ橋渡しすることで、「生物がつくる国土」を将来世代に引き継ぐ社会実装に取り組んでいきたい。(了)
※1 茅根創著「水没する環礁州島とその再生─太平洋島嶼国とわが国国境の島々の国土維持─」本誌第99号(2004年9月20日)発行 https://www.spf.org/opri/newsletter/99_1.html
※2 茅根創著「沖ノ鳥島再生に向けて」本誌第174号(2007年11月5日)発行 https://www.spf.org/opri/newsletter/174_1.html
※3 沖ノ鳥島・南鳥島データベース https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DChiri/okinotorishima_minamitorishima/index.php
※2 茅根創著「沖ノ鳥島再生に向けて」本誌第174号(2007年11月5日)発行 https://www.spf.org/opri/newsletter/174_1.html
※3 沖ノ鳥島・南鳥島データベース https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DChiri/okinotorishima_minamitorishima/index.php
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