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オーシャンニューズレター

第5号(2000.10.20発行)

第5号(2000.10.20 発行)

今なぜ捕鯨問題か

水産庁遠洋課捕鯨班長◆森下丈二

本年7月から開始された第二期北西太平洋鯨類捕獲調査に対し、米国は対日制裁措置を発動するほどの強い反発を示している。なぜ、捕鯨問題はこれほどまでに先鋭化するのか。その背景には極めて多面的な問題が存在する。

捕鯨問題をいかに捉えるかについては様々な解釈が可能であるが、典型的な捕鯨反対側の意見は「鯨は絶滅にひんしているので捕獲するべきではない」、「鯨は特別な(知能が高い)動物なので殺すべきではない」、「捕鯨の再開は必ず乱獲につながる」、「鯨肉を食べられなくても誰も困らない」と言ったものが代表的である。問題は、これらの意見の多くが事実誤認に基づくものであるか、事実に関係なくもっぱら政治的目的を持つものであることである。今回の第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(いわゆる調査捕鯨)に対する米国を中心とした強い反発もこの例にもれない。

■ミンククジラの資源量
ミンククジラの資源量
出典:(財)日本鯨類研究所

鯨資源は豊富である

1960年代まで乱獲された鯨資源は、その後の保護により多くが回復している。これは国際捕鯨委員会(IWC)が認めていることであり、IWCのホームページにもミンク鯨が全世界で100万頭はいることや、ザトウ鯨が年率10%以上のペースで回復していることが明示されている。他方、シロナガス鯨やホッキョク鯨などいくつかの鯨種は回復が見られない。いわゆる反捕鯨国の多くの一般市民は、回復の事実を知らないか、鯨には80種以上の種があることを知らず、すべての鯨が絶滅の危機にあると考え、捕鯨に反対していることが多い。日本やノルウェーはあくまで豊富な鯨種の利用を求めているのであり、回復していない鯨種は保護すべきとの立場である。

鯨資源の持続的な利用は可能

鯨に限らずすべての生物は一定の増加率を持っており、この増加率の範囲内で利用すれば、銀行預金の利子内でお金を使うことと同様に、将来にわたって元金にあたる資源量を減らすこと無く永続的にその資源を利用していくことが可能である。この「持続的利用」の概念は1992年の国連環境開発会議(地球サミット)の中心テーマであり、広く国際的に支持されている。鯨に関しても、IWC科学委員会が1992年に資源に悪影響を与えないように十分な安全を見込んだ持続的捕獲枠を計算するためのシステムである、改定管理方式(RMP)を完成し、鯨類資源の持続的利用を可能とした。しかしながら、鯨類資源保存管理措置について最終決定を行うIWC本委員会では、反捕鯨国が多数を占めるために、このRMPの実施が依然として阻まれているのが現状である。ちなみに、RMPを完成した当時の科学委員会議長である英国のハモンド博士は、この状況に抗議し、1993年に議長を辞任した。

過去の乱獲をもたらした捕鯨は鯨油が目的であったが、現在は鯨肉の需要のみであり、過去のような大規模な捕鯨は起こり得ない。また、現在では国際監視員制度や、科学の発展によるRMPの完成など乱獲を防止するシステムが確立しており、「ひとたび捕鯨が再開されると乱獲は避けられない」との批判は杞憂である。

鯨は特別な動物か

鯨の知能については多くの研究があるが、利用対象となる大型鯨類はほぼ牛と同様の知能とされている。しかし、その動物の知能により扱いを変えることは人類の横暴であり、人類の間の差別にもつながる考えである。そもそも、「知能」は人類の勝手に作り出した基準であり、すべての生物はその生存のために最適の判断能力を持っている。また、特定の動物を特別視することは多くの文化で見られるが、例えば牛を神聖とするインドが制裁措置をふりかざして米国に牛肉消費禁止を迫ることが正当化されうるであろうか。持続的利用が可能な鯨種の利用に反対することは、まさにこれにあたる。

鯨肉は必要か

国際捕鯨委員会を設立した国際捕鯨取締条約第8条第2項は、調査で捕獲した鯨を消費することなく利用・販売することを義務付けている。この規定にしたがい、調査捕鯨の副産物である鯨肉が市場に提供されているが、その供給量は国民一人あたりにすると年間20グラムにも満たない。もちろんこれは、商業捕鯨の禁止の結果であり、需要ではなく供給側の縮小が原因である。他方、短期的には鯨肉が主要動物蛋白源となると考えることは難しい。これらの状況から、反捕鯨側は我が国の捕鯨政策は一部の料理店や捕鯨業界の利益のみを代表していると主張するが、市場に供給される鯨肉の8割ほどが一般家庭で消費されており、さらに、日本の沿岸でIWC対象鯨種以外の鯨種を日本政府の管理のもとで捕獲している沿岸小型捕鯨業をのぞけば、すでに産業と言えるものは存在していない。調査の副産物である鯨肉の売上金は、政府の補助で調査捕鯨を実施する非営利団体である日本鯨類研究所の収入となるが、毎年の調査の実施には不足する金額であり、差額は政府からの補助金で補っている。

今なぜ捕鯨問題か

それではどうして日本政府がここまで捕鯨問題にこだわるのか。また、どうして米国を中心とした反捕鯨国がここまで強く反発するのか。すべてを説明するためには膨大な紙面を要するが、いくつか述べてみたい。まず、日本としてはこの問題を国連環境開発会議で支持された持続的利用の問題の一環として捉えている。科学的にも、法的にも正当な鯨類資源の利用が感情的・政治的理由で拒否されることがあっては、ほかのすべての生物資源の利用に重大な影響がある。現に、同様のケースが漁業資源や陸上野生生物資源の利用に見られている。また、日本は捕鯨問題について世界の世論に逆らっているとの声が聞かれるが、いわゆる「世界の世論」はCNNとBBCに代表される西欧世界の世論である。今回の北西太平洋鯨類捕獲調査は、国際捕鯨委員会の場において捕鯨国であるノルウェーのみならず、中国、ロシア、韓国等多数の国に支持されているのである。

次に、鯨類資源の増加による海洋生態系への影響が懸念される状況になってきていることがあげられる。従来、鯨は動物プランクトンしか食べないとされてきたが、日本のミンク鯨に対する過去の捕獲調査の結果多くの商業的にも重要な魚種を捕食していることが明らかとなった。さらにその量は膨大で、鯨類による海洋生物資源の捕食量は人類による全海面漁業漁獲量9000万トンの3倍から5倍に達することが推測されている。米国や豪州が増加しすぎたシカやカンガルーを年間数百万頭も間引きし、管理していることと同様に、鯨の管理も必要となってきている。

このように、鯨類資源の利用・管理が可能かつ必要となってきているなかで、強い反捕鯨勢力があることの背景には強力な動物愛護・環境保護団体の圧力がある。米国内だけでも数百万人の会員を要するこれらの団体を、政治家は無視できない。

捕鯨問題は、科学、法律、政治のみだけではなく、異なる文化間の異なる価値観がぶつかっている根の深い問題である。この問題の解決には、多様化する外交問題一般の観点からも、適切かつ筋の通った対応が求められている。

■鯨類の捕食量と海面漁業生産量の比較
鯨類の捕食量と海面漁業生産量の比較
出典:(財)日本鯨類研究所

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