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オーシャンニューズレター

第5号(2000.10.20発行)

第5号(2000.10.20 発行)

地球温暖化と日本海の循環

九州大学応用力学研究所教授◆尹 宗煥 ●Yoon.Jong-Hwan

日本海の深層で、ある異変が起こっている。水温が上昇し続けており、溶存酸素も年々異常な割合で減少している。このまま推移すれば、早ければ2350年頃には日本海の深層は無酸素状態に陥る恐れがあり、早急にその原因を究明すべきだ。

ミニ大洋の日本海に異変?

日本海は太平洋、大西洋などと比べて遥かに小さいけれども、大洋にある現象のほとんどすべてが存在することから"ミニ大洋"とも呼ばれている。日本海を特徴付けるものとしてはその水塊構造がある。表層は対馬暖流系の高温、高塩分水が南半分を、低温、低塩の亜寒帯系水が北半分を占めている。表層の下の日本海の体積の大部分(300m深~海底)は日本海固有水と呼ばれる水温0℃、塩分34.07psu程度の均一な深層水で占められている。溶存酸素は太平洋の深層に比べてかなり高く、酸素の豊富な海表面の水が大量に深海に補給されているかあるいはされたことを示している。この深層水は日本海の北部で冬季の冷却によって形成されるといわれている。

しかし、現在、この日本海の深層で、ある異変が起こっている。20世紀半ばより、2000~3000mの深層の水温が0.2~0.3℃/10年の割合で高くなっており、溶存酸素は1年で約1μmol/kgの割合で減少している(図参照)。このことは日本海深層において、有機物の分解過程で消費される酸素量に見合うだけの酸素が補給されていない状態が半世紀も続いていることを意味している。このままの割合で酸素が減少すれば、早ければ2350年頃には日本海の深層は無酸素状態に陥る恐れがある。深層への酸素の供給は酸素の豊富な海表面の水が冬季の冷却によって重くなり沈降することにより供給される。このような沈降は何処かで上昇流となって表層に戻るような鉛直循環を駆動する。日本海ではこのような鉛直循環、沈降を阻害するような気象、海象条件が20世紀後半から顕著になってきたことになる。

海表面の海水の高密度化を阻害する要因としては、海表面での気温の上昇と塩分の低下がある。このうち気温に関しては国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告にあるように、ユーラシア大陸東部の北緯40~70度の地域では最近20年間に平均気温が0~0.5℃上昇しており、また日本海北部のロシア沿岸の都市においても温暖化の傾向は著しく、冬季の最低気温は0.03~0.06℃/年の割合で高くなっている。すなわち過去50年で1.5~3.0℃高くなっており、地球温暖化が日本海北部での海水の沈降を妨げている可能性が高い。海表面塩分の影響についてはデータが不足し、議論することができない。

■東部日本海盆および大和海盆エリアにおける底層水中の酸素濃度の年変化(蒲生、1999)

酸素濃度の年変化

海洋における鉛直循環の重要性

深層水の形成、それに伴う沈降と鉛直循環がなぜ重要なのかを地球の温暖化との関連で考えてみよう。世界の海洋ではグリーンランド西方のラブラドル海周辺や南極ウエーデル海において表層で海水が冷やされることによって沈降し、世界の深層を水平方向にめぐり、少しずつ浮かびあがりながら再び表層に戻るという鉛直面循環を行っている。

この循環は大気から溶解した表層の二酸化炭素を中・深層に運ぶ役割をもつ。他方、植物プランクトンは海洋表層で光合成を行うことによって二酸化炭素と水から有機物を作る。プランクトンの中には海水中の炭酸カルシウムを合成するものもいる。これらの死骸の一部は沈降し、深海において無機の炭酸物質に変わる。すなわち、海洋中の生物は炭素を海表面から深層へ運び無機物として放出することによって、深層水中に濃縮する役割を担っている。もし海に植物プランクトンがいなくなったら、大気との溶解平衡で溶けうる量しか炭素を吸収しないことになり、現在深海に過剰に存在する無機炭素は海洋鉛直循環によっていずれは海洋上層に運ばれ、やがて大気に放出される。そうなると大気中の炭素は現在の2倍程度になると言われており、かなりの温暖化が起こるものと思われる。

一方、もし、海洋の鉛直循環や鉛直混合が止まり、海が完全に成層したとすると、植物プランクトンの増殖に必要な窒素やリンが、それらが豊富な深海から運ばれなくなり植物プランクトンは成長をやめる。その結果、深層水に無機炭素が濃縮されなくなり、大気中の炭素は高い濃度になってしまう。このように物理的海洋循環と生物の関与する物質循環が互いに作用しながら大気中の二酸化炭素の量を調節しており、深層水の形成の停止に伴う鉛直循環の停止は地球の温暖化に大きな影響を及ぼす。

日本海では冒頭で述べたようにこのような海底にまで達するような沈降を伴う鉛直循環はすでに停止あるいはほとんど停止している可能性があり、植物プランクトンの増殖に必要な栄養素が深層から表層に運ばれず、やがてはこれを食す魚類の生産に多大な影響を与えることになる。また表層から酸素の豊富な水が深層に運ばれなければ深層は生物の住めない暗黒の死の世界になるであろう。現在、冬季の日本海北部では1,000m深付近まで達するような鉛直混合は行われているようである。それは数値モデルや限られた海洋観測データから示唆されているが、地球の温暖化がさらに進めば、鉛直混合はさらに浅くなり、ますます生物にとって過酷な状況になるであろう。またこのまま地球温暖化が進めば、50年後には日本海の水位は30~50cm上昇し、冬季も間宮海況は氷結せず大量のアムール川起源の淡水が流入し、表層の淡水化が著しくなるであろうし、東アジアの経済発展に伴ってアムール川流域に大量に流れ込む人為的汚染物質(農薬等)によって日本海は更なる汚染を被ることになる。

国際的な日本海研究体制の確立が急務

ミニ大洋の日本海の鉛直循環が止まることは、いずれ地球規模海洋の鉛直循環が止まることを意味するものと思われる。早急に日本海の深層で今何が起こっているのかを調べ、その原因を究明することが緊急の課題となっている。

東西冷戦の終結に伴い日本海では、1993年より日本海の海洋循環の解明のため、日本海沿岸国である日本、韓国、ロシアによる国際共同研究(CREAMS)が開始され、1998年には米国もCREAMSに参加、10億円余を投じて5年間の本格的な観測活動を行っている真っ最中である。また、環境庁、水産庁傘下の研究機関及び原子力研究所が精力的に国際的な協力のもとに日本海の観測活動を行っている。また北太平洋海洋科学機関(PICES)、世界海洋観測システム北東アジア地域活動(NEAR-GOOS)等の国際共同研究も活発に行われている。しかし、今までのところ深層水形成・沈降域のある日本海北部の深層の観測、研究は十分なされているとは言い難くその解明には程遠いのが現状である。地球温暖化の更なる進行が危惧されるなか、早急に日本海深層循環の解明に向けた体制を作ることが望まれる。

 

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