Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第59号(2003.01.20発行)

第59号(2003.01.20 発行)

ハンディキャップを越えて海へ

神奈川リハビリテーション病院作業療法科◆玉垣 努

海におけるバリアフリーとは、障害者の方が水辺や海に夢中になって楽しむことができるような環境づくりを目指すことはもちろんであるが、彼らのレジャーを支援する側が彼我の障害を超えて、障害者たちと笑ったり、泣いたり、怒ったりといった、人と人とのふれあいができるかどうかではなかろうか。

障害者に対応するための講習会

尊敬する生態心理学者J.J.ギブソンは「生物は主体的(アクティブ)に動いた時のみ、彼を取り囲む環境に適応できる」といっています。なんらかの原因で障害を持ちつつ生きている人たちが、乗せてもらうのではなく、船長として家族や友人を乗せてあげることが可能となった平成13年11月の欠格事項※の見直しは本当に待ち遠しいものであったと思います。確かに誰かに船に乗せてもらい潮風を浴びるのも気持ちのいいものでしょうが、自分で操船するとなると命を預かるという責任感や自信とともに、なおいっそう気持ちの良い航行になるでしょう。

私自身は20年前にリハビリテーションの世界に飛び込み、日常生活動作や自動車の運転免許の取得を目指した訓練だけではなく、冬のレジャーの代表であるアルペンスキーのチェアスキーヤーや車椅子テニスやダイビングなどの支援活動などをしてきました。障害を持った数多くの人たちと出会い、そこでは病院ではとても見られないような笑顔や真剣な眼差しと出会いました。

そんな折、縁あって障害を持った人たちを教える側の人に講議をしてくれないかと海洋スポーツに力を入れているマリンスポーツ財団より依頼がありました。日頃講師をしておられる先生方に対して少しやり難いなと思いながらも、障害者に海のレジャーを提供したいという意気に感じ、「障害者に対応するための講習会」というなんだか複雑な講習会を昨年7月9日、10日の2日間で実施しました。海でも彼らの楽しく真剣な眼差しが見られるようになることが今回の試みであったと思います。法的に整備されても、実際の講習会や試験では障害の知識がないがために、怪我をさせてしまったり、ちょっとの工夫でできることも実力を発揮できなかったり、見た目で門前払いにならないように(そんなことはあり得ないと思いますが)しなければならないという、皆さんの思いがひしひしと伝わってまいりました。

海に触れ、見て、感じてもらう

今回のコンセプトとして、いくら良い話をして十分理解していただいたとしても、実際触って、見て感じてもらうことには遠く及ばないんだと考えました。1日目は半身の麻痺である脊髄損傷や片麻痺、重度障害といわれる頸髄損傷や脳性麻痺による四肢麻痺者の方に来ていただき、本人から体の状況や手伝ってもらいたいことを語ってもらい、その依頼に従ってお手伝いを経験するというスタイルで実施しました。このような講習会がどうしても当事者不在で行われることが多く、われわれのような専門家が知ったかぶりをして障害論を語ってしまい、皆さんに概念で障害を理解するような誤解を生じてしまわないように配慮しました。

実際、実施してみて参加者に好評であったのは言うまでもなく、参加者は私ではなく障害を持った講師に質問され(多分日頃と逆転の立場)、多くのコミュニケーションを取られていました。実は私の本意はそこにあり、その後の宴会でもだんだん心理的距離が縮まり、障害のあるなしは関係のない盛り上がりを見せました。基本はみな同じ人間であることを、皆さんと何の変わりもなく笑ったり、泣いたり、怒ったりするんだと言うことを肌で感じて欲しかったし、どんな障害像を教えるより相手とコミュニケーションをちゃんと取ることが全てであることを伝えられれば成功と思っていました。

2日目は、雨が降り出し最悪の状況で乗船検証をすることとなりました。当事者もカッパを着ての奮闘です。しかし、最悪の状況での検証は、リアルであり、対応法としては最高の場面だったと言えるかも知れません。波で揺れ滑る浮桟橋やボートで、乗り移り動作は非常に難しいものとなり、当日を控え作成した乗り移り補助具や船内移動用車いすの性能が試される時です。指が動かなくてどうやって操舵するか、体幹が麻痺していると船内ではどうなるか、分からないままに当日になりましたが、こちらが危惧した以上に当事者の人ががんばり、やり遂げられていました。四人の方全員が適性としては合格になり「まず軽度の人を通してから重度の人を」ではなく、「重度の人が可能なら軽度の人は問題なし」を目指していたことがなんとか可能となりました。

障害を持った人たちにとって縁遠かった海のレジャーが、これから益々盛んになり、多分問題も同時に噴出してくるでしょう。それは当たり前のことであり、やっと一歩を踏み出せた感があります。これからも体や心にハンディキャップを抱えた内の一人でも多くの方が、水辺や海に夢中になって楽しんでくれるよう少しでもお手伝いできたらなと思います。ちなみに、一人の参加者のつぶやきです。「なんでこんな楽しいことをわれわれに隠しておいたんですかね? 健常者だけにやらせておくのは勿体ない、今度、免許を取ったら一緒に海に行きましょう!」(了)

波で浮桟橋やボートが揺れる状況で乗船検証が行われた。
マリンスポーツ財団による実技講習を受ける身体障害者の受講生。車いすをロープで桟橋に引き揚げたり、ステアリングに補助ノブを設置したりなど、障害の内容が異なるため、一人一人に対して様々な補助器具が考えられている。

【編注】

※ 欠格事項:各種の国家資格・免許取得からの排除を規定するもの。小型船舶の操縦に関しては、平成13年11月より身体検査の判定方法が変わった。以前は、身体の外見的満足度に着目し判定していたが、見直し後は操縦時の姿勢の安定性、船舶乗降、係船作業の容易性等の実際的な身体機能に着目し、補助設備も活用しながら判定することとなった。

【障害者に対する海上ノーマライゼーション事業実施団体(例)】

● マリンスポーツ財団( http://www.maris.or.jp
パワーボート・水上スキー・ジェットスポーツ・ソーラー&人力ボート等の安全性の確保、性能向上および競技会の開催支援等を行っている団体で、最近では「障害児者等へのマリンスポーツ普及」事業を実施している。

● 交通エコロジー・モビリティ財団(http://www.ecomo.or.jp
高齢者及び障害者のより一層円滑なモビリティを実施するとともに、運輸・交通部門における環境改善事業を行っている団体で、最近では「旅客船バリアフリー(設計マニュアル)化に関する調査検討」事業を実施している。

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