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オーシャンニューズレター

第597号(2025.09.20発行)

セネガルにおけるJICA水産事業の軌跡とこれから

KEYWORDS JICA/水産業/セネガル
元JICA経済開発部農業・農村開発第一グループ第二チーム ジュニア専門員◆石井潤

(独)国際協力機構(JICA)は約50年にわたりセネガルで水産分野の協力事業を実施してきた。特に技術協力を通じた漁民と行政による共同管理において顕著な成果を上げており、周辺国にも展開されている。2024年に策定したJICAクラスター事業戦略「水産ブルーエコノミー振興」に基づき、2025年6月からは流通・販売面の改善を図り漁民の生計向上に資する新たな協力事業を開始し、セネガルを主とした西アフリカにおいて水産ブルーエコノミーの振興に取り組む。
JICAの水産セクターでの協力
(独)国際協力機構(JICA)は2024年12月に水産分野の協力方針として、JICAクラスター事業戦略「水産ブルーエコノミー振興」を策定した1。一般的にブルーエコノミーとは「海洋を主体とする水域で資源や環境を保全しつつ、水産業・海運業・観光業など幅広い経済活動による便益を増大させること」を指すが、JICAでは「水産業を主体としたブルーエコノミー振興(以下、水産ブルーエコノミー)」に取り組んでいる。協力方針では、「漁民と行政による共同資源管理」と「地方発の水産バリューチェーン開発」の2点を日本の強みであるコンポーネントとして位置付けている。本稿では、この2つの強みを生かして、長年にわたり水産分野の協力事業を実施してきた西アフリカのセネガルに焦点を当て、協力の軌跡と今後の展望について概観する。
セネガルの水産業に対するJICAの協力
西アフリカの国々は、伝統的に水産業が盛んな地域である。これらの国々では、漁業は人々の食生活の基盤であり、また多くの雇用を生み出す重要な産業でもある。特にセネガルは西アフリカ有数の水産大国であり、年間漁獲量は50万トンを超える(国際連合食糧農業機関、2023)。このうち零細漁業の年間漁獲量が全体の約76%(セネガル国漁業海洋港湾インフラ省、2021)であることから、水産業は多くの沿岸住民の生活を支えていることが分かる。
セネガルの基幹産業である水産業の持続的な発展に向けて、JICAは約50年にわたり協力事業を実施してきた。1977年の無償資金協力を通じた船外機や調査船等の整備から始まり、90年代にかけて魚市場・水揚げ場の建設など、水産資源管理から加工・流通強化まで漁業振興に資するハード面の整備を幅広く行った。加えて、施設・資機材整備と並行して技術協力も継続的に実施している。2000年以降は水産資源減少の懸念が高まったことから、資源管理に重点をおき、漁民と行政による水産資源の管理(以下、共同管理)の導入に取り組んできた。
共同管理の導入にあたり、まずは実施主体となる漁民組織「零細漁業地方評議会(CLPA)」組織化を支援した2。計4つのCLPAを対象に啓発活動並びにCLPAごとの共同管理計画の策定と実施を支援した。各CLPAで資源管理活動が開始されたのみならず、ンブール県におけるマダコの産卵用タコ壺の設置および休漁期の設定では、近隣の非対象サイトを含む4つのCLPAが連携し、県で共通の取り組みへと発展したことが報告されている。こうした活動の面的拡大は、移動する水産資源のより効果的な管理につながる。
一方で、共同管理導入の障壁として、漁業活動の制限により漁業関係者の収入減少が伴うことが挙げられる。そこで漁獲後の流通過程に着目してバリューチェーンを改善することで漁業者の利益向上を図り、もって共同管理の持続性を高めることを念頭に、水産物のバリューチェーン開発マスタープランの策定を支援した3。セネガル国内でも有数の水揚げを誇るンブール県をモデル地域とし、マダコやハタ類といった主要魚種6種を対象にバリューチェーン上の課題特定と付加価値向上に資するパイロット事業を実施した。策定したマスタープランはセネガル政府の『漁業・水産養殖開発セクター方針(LPSD-PA)』に取り込まれている。
以上のように、セネガルでの共同管理の導入が進んだことを踏まえて、「広域水産資源共同管理能力強化プロジェクト(COPAO:2019~2023)」を実施した。COPAOでは、セネガル国内に加えて、西アフリカ地域漁業委員会加盟国(CSRP)4での共同管理の普及を目的に、セネガルでの優良事例とそのノウハウをガイドラインにまとめ、セネガル側も先行国として自国の経験を伝え、各国の行動計画策定に貢献した。
COPAOの終了時には、筆者自身も現地を訪れ、対象サイトでの聞き取りや最終セミナーへの出席を通じて、プロジェクトの成果を確認した。漁民にとって経済的重要度の高い食用の巻き貝、シンビウムの稚貝放流に取り組む漁村のある女性は、「これまでは資源の減少にどう対応すればよいか分からなかったが、COPAOを通じてその手段を知ることができた」と、確かな自信を持って語っており、その姿が印象的だった(写真)。こうした住民の意識変化が大きな成果の一つといえる。また終了時セミナーでは、CSRP加盟国が一堂に会して、各国での行動計画を発表するとともに、水産資源を共有する地域全体で共同管理を推進する意思を確認する『サリー宣言』が採択された。漁民自身が水産資源の持続的な利用を考えて行動するとともに、行政官たちが国境を越えて共同管理の推進を図る姿は、COPAOだけでなくこれまでJICAが実施してきた協力の集大成ではないかと感銘を受けた。
COPAO終了時における漁民への聞き取りの様子

COPAO終了時における漁民への聞き取りの様子

これからの協力について
2025年6月から、JICAは新たに「水産バリューチェーン改善による広域ブルーエコノミー開発促進プロジェクト(BLUEVAL:2025-2030)」を開始した。BLUEVALは、西アフリカ地域のうち、セネガルを中心にギニア、ガンビア、カーボベルデの4カ国を対象としている。取り組みとしては、これまでに築かれた「共同管理」の経験と成果を土台としつつ、今回は漁獲後の衛生・品質管理、流通・販売といったバリューチェーンの下流工程に焦点を当て沿岸住民の生計向上を図る。
本プロジェクトの立ち上げにあたり、筆者は事前調査に携わったが、4カ国それぞれにおいてバリューチェーンの構造、地理的条件、社会経済的背景が大きく異なっていた。例えば、セネガルでは前浜一面にピローグ(漁船)が並び、漁獲された大量かつ多様な魚が前浜で取引され、国内のみならず周辺国まで流通しており、前浜自体が仕事場かつ生活の場として、漁師から商人まで多くの人々で熱気にあふれている。一方でカーボベルデの対象サイトは、セネガルと比べると小規模な漁業が村人たちによって営まれ、熱気というよりは穏やかな島国の雰囲気を感じた。
BLUEVALでは、こうした各国の水産業の様態やバリューチェーン構造の違いを把握、分析した上で、ボトルネックとなっている課題に対応する。また、BLUEVALは数カ国を対象とした広域協力であることから、共同管理の経験を豊富に有するセネガルが拠点国となりつつも、各国の活動進捗や課題、成果を互いに共有し、学び合うことが求められている。
これまで約50年にわたり、JICAはさまざまなスキームを活用して、セネガルの水産業の発展に貢献し、多くの成果を上げてきた。今後はセネガルと共に、周辺国を巻き込みながら西アフリカにおいて水産ブルーエコノミーの開発を目指していく。(了)
※1 JICAグローバル・アジェンダクラスター事業戦略「水産ブルーエコノミー振興」 https://www.jica.go.jp/activities/issues/agricul/blueeconomy/__icsFiles/afieldfile/2025/03/04/blueecon_3.pdf
※2 漁民リーダー・零細漁業組織強化プロジェクト(2009-2013)
※3 バリューチェーン開発による水産資源共同管理促進計画策定プロジェクト(2014-2017)
※4 カーボベルデ、ガンビア、ギニア、ギニアビサウ、モーリタニア、セネガル、シエラレオネが加盟している漁業委員会

 

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