Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第597号(2025.09.20発行)

西インド洋(WIO)の海洋食料危機回避に向けた協調

KEYWORDS アフリカ/気候危機/食料安全保障
ネルソン・マンデラ大学(南アフリカ共和国)/サウサンプトン大学(英国)教授◆Michael ROBERTS

西インド洋では温暖化や海洋熱波により漁獲が各地で減少中で、海洋・沿岸生態系は15年以内に崩壊し、人が得られる海産食料は大幅に減少すると見込まれる。このような気候危機を防ぐには、国際的な注目とリーダーシップが欠かせない。今後、2回の国際サミット開催により、各国政府と国際機関へ科学的証拠を提示し、緊急実行向けの国際緩和行動計画の策定を目指す。
西インド洋における気候食料安全保障危機
地球温暖化の90%は海に蓄積され、上層800mの内部熱量は1955年比で300%以上増加した。過去10年は観測史上最も暑く、2024年が史上最高、2025年も続く見通しである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は今世紀末までに全球平均気温が1.5〜2℃、シナリオによっては3.3〜5.7℃上昇すると予測する。衛星データはインド洋の西半分が異常に速く温まる「加熱増幅」(図1)を示し、今後も海は確実に温暖化し続ける。
西インド洋(WIO)はセーシェル、モーリシャス、コモロ、マダガスカルの島嶼4カ国と、ソマリア、ケニア、タンザニア、モザンビーク、南アフリカ共和国(南ア)東岸の沿岸5カ国に接している。総面積は約3,000万km2で、これは世界の海洋表面積の8.1%を占め、海岸線は1万5,000kmを超える。総人口2億6,000万人のうち6,000万人が海岸に居住している。全域がOECD開発援助委員会(DAC)のODA受取国リストに含まれ、6カ国は後発開発途上国かつ重債務貧困国である。
WIO沿岸住民は貧しい集落に暮らし、海の恵みを直接獲って生計を立てている。同海域はマングローブ、海草藻場、塩性湿地、砂浜、岬などが広がる世界有数の生物多様性ホットスポットで、多くの魚や頭足類などの産卵・育成場でもある。零細漁業はこうした生態系に強く依存するが、海洋温暖化と海洋熱波が生息地、特にサンゴ礁への打撃を与え、漁獲は各地で減少中だ。沖合でも過去100年の海面水温上昇とともに、外洋の食物網を支える植物プランクトンが減少している。モデル予測では、これら海洋・沿岸生態系は15年以内に崩壊し、人が得られる海産食料は大幅に減少すると見込まれる。
WIOにおける社会的課題は、貧困層の沿岸コミュニティが最も脆弱であり、急速に変化する生態系に容易に適応できない点にある。ブルーエコノミーの大柱である産業漁業も同様に崩壊の危機に瀕しており、国家食料安全保障への悪影響、さらには経済的損失や雇用喪失を招きうる。海洋生息地の破壊、内陸の干ばつ、人口増(年3%)がこの危機をさらに複雑化させる。例えばモザンビークの人口は3,400万人(2024年)から今世紀末に1億2,000万人へ増える見込みであり、気候変動がなくとも十分な海産食料の確保は困難である。総じて、WIOは、これまでに例を見ない地域的な人道危機に直面しており、われわれはこの状況を「WIO気候危機」と呼んでいる。
地球温暖化を近い将来に反転させることはほぼ不可能だが、WIOの当局・各国政府・国際機関は、緩和策を速やかに計画・実行するための確かな情報を必要としている。現行の海洋モデルは、強烈かつ長期的な海洋熱波を起こす最初の臨界点は2035年頃に訪れると予測している。
調査研究はWIOの生態系に的を絞り、場所、人との関わり、生物多様性の状態と働き、変化の要因と速度、そして将来の機能と生産力を調べる必要がある。このためには、大きな科学力が要る。海は陸と違い、きわめて複雑で遠く、調査が難しい。最新の海洋モデル・ロボット・衛星、さらに船舶・係留施設・研究所などの設備、高度な技能と多数の研究者が欠かせないが、貧しい国ほど短期でそろえるのは難しい。生態系の過去を知ることと同じくらい、その将来の変化と臨界点をつかむことも重要であり、それがあって初めて緩和策を立てられる。WIOには気候変動ロードマップが不可欠である。
■図1:(a)OSTIO衛星データに基づく1982〜2024年のインド洋海面水温(SST)変化。(b)地図(a)の白枠域における月別SST時系列と総SST変化量。

■図1:(a)OSTIO衛星データに基づく1982〜2024年のインド洋海面水温(SST)変化。(b)地図(a)の白枠域における月別SST時系列と総SST変化量。

気候行動リーダーシップ
WIO気候危機を防ぐには、国際的な注目とリーダーシップが欠かせない。英国と日本はG7や気候変動枠組条約会議で中心的役割を担い、開発途上国への気候資金の主要拠出国である。米国が同条約や関連フォーラムから離脱する中でこの二国の役割の重みは増す。また、南アはアフリカの経済・政治の要であり、国際交渉でアフリカを代表する声を上げる主要アクターである。三国が連携すれば地球規模の気候行動を大きく前進させられる。
2016年、英国と南アは「海洋科学・海洋食料安全保障英南二国間共同講座」を設立した。15年計画で、ネルソン・マンデラ大学とサウサンプトン大学が共同ホストを務める。研究を支える「イノベーション・ブリッジ地域ハブネットワーク(IB-RHN)」は北と南半球の大学をWIOの機関と結び、技能・設備・技術・資金・訓練への迅速なアクセスを提供する。危機が深まる今、南アと英国は日本と戦略的に連携しIB-RHNを拡大すべきである。筆者は日英南ア主導の協調行動によってWIOにおける気候起因の海洋食料危機を回避するよう呼びかけ、G20各国の参加を促したい。
高精度の気候・海洋コンピュータモデル
WIO気候危機へ対処するための最大の技術的課題は、生態系の臨界点に達する時間軸の将来予測をいかに示せるかにある。現行の気候-海洋モデルは実地観測との整合性が低く、2100年までのWIO将来予測には信頼を置けない。海が温暖化している事実に異論はないが、場所により上昇の度合いは異なるため、精緻で信頼できる将来図が対策の前提となる。この点で、強力な科学力と国際的リーダーシップを有する英国と日本、そしてアフリカの経済大国である南アが協力し、地域・世界規模の課題を主導すべきである。三国が連携すれば、AIを駆使した新世代の気候-海洋-生態系(COE)モデルを開発し、WIOの将来と臨界点をより正確に示す「WIO気候変動ロードマップ」を作成できる。これにより、例えば「2100年までに生物多様性と漁業が70%減少する」といった既存シナリオの深刻度を検証し、各国政府と国際社会が適切な行動を取れるようになる。
科学を行動へ
国連とアフリカ連合は地域で二度の国際サミットを準備中である。サミット1はWIO各国政府と国際機関へ科学的証拠を提示し、サミット2で緊急実行向けの国際緩和行動計画をまとめる。最初の準備会合は2024年3月にケープタウンで行われ、UNDP、UN-GESAMP、AU、ブリティッシュ・カウンシル、英国高等弁務官事務所プレトリア、南ア国立研究財団(NRF)、国際海洋持続可能性パネル(IPOS)、サウサンプトン大学、ネルソン・マンデラ大学、ダルエスサラーム大学が参加した。この会合の指針に基づき、英・国際戦略パートナーシップ基金(ISPF)と可能なら日本の支援を得て2025〜26年に追加会合を開き、2028〜29年にサミットを実現する計画である。
このスケジュールによって最新のCOEモデルで信頼性の高い将来予測を作成する時間が確保できる。こうした「プロジェクト駆動型」戦略は、従来の国連方式より迅速であり、潘基文前国連事務総長(現 The Elders副議長)が2024年3月5日に述べた「世界の意思決定には緊急の方向転換が必要だ」という声明を具体化するものである。(了)
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。 https://www.spf.org/en/opri/newsletter/
 

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