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オーシャンニューズレター

第58号(2003.01.05発行)

第58号(2003.01.05 発行)

<日本の島から> 夕浜 ~都会の波にあきたら砂浜へ~

新島村村長◆出川長芳

私が暮らす美しい島、新島。近年その大自然が人間生活との関わりの中で、地球の温暖化も加わって急変している。「夕浜」、それは天の恵みであり、明日へのエネルギー源だった。島に備わった固有の自然、砂浜はなんとしても保存しなければならない。

戦後の離島は貧しかった。初夏になると新島独特の大きな蚊が飛来し家族を襲撃するのだった。就寝は部屋いっぱいに緑色の蚊帳をつるし、団扇であおぎながら眠りについたが、それ以外にも庭先に一斗缶を置き、その中で生の草木を燃やして煙を出し蚊を追い払った。これを「カヤイブシ」と言ったが、殺虫剤もなく、蚊取り線香も買えないつつましい暮らしの中で、先人達が考案した最も合理的な蚊の防除法だったのである。そして夏の夕刻は老人たちが孫を連れ、小学生や大人たちも一緒になって前浜に出て、日没の一時、「夕浜」を過ごした。夕食前だったので各自が食べ物を持ち込んで、家族や知人、友人たちと団らんの夕食を兼ねる人もあった。

「夕浜」、実に美しい言葉でいかにも情緒的でロマン溢れる風物詩のようだが、本当は蚊の飛来しない浜辺で、小さな子どもたちを蚊の襲撃から守るためだったのである。そして日中の暑さがよどんでいる集落は蒸し風呂だった。団扇以外に扇風機もなく、風通しを良くすることだけが暑さをしのぐ唯一の方法だったが、夕方の浜辺は海からの心地よい風が吹き、大自然の扇風機に当たって涼をとる「癒しの空間」だった。

日中は砂が焼けて素足で歩けなかった砂浜も夕方は冷めて、夕浜に来た人たちは誰もが素足で浜を移動した。人間は生まれて一歳の誕生日を迎えた頃、自分の足で一人立ちし、両親や家族の見守る喜びの中で歩数を増して成長するのであるが、やがて靴を履かされ、人によって差はあるが、ほとんどの人が自宅にいる時と寝ている時以外は、5本の指を狭い靴に閉じこめて指を外反母趾にして過ごすのである。私は最近、靴が人間の本能を萎縮させ健康を害する要因になっているのではないかと思ったりするのだ。夕浜は子どもも大人も素足で砂浜を移動するので、まさに砂で足裏マッサージしていることになり、なぜか元気を回復させるのだった。そして足の指の間に付着した細かい砂を落とすために波打ち際で足を洗ったが、ふと水平線を眺めると、真っ赤な夕日が上空のうろこ雲をあかね色に染めて海に沈んでいくのである。その美しくダイナミックな大パノラマは自分の目で見て脳裏に刻むことはできても、言葉で上手に表現することはできない。水平線に沈む一瞬、子どもも老人もあまりの雄大さに飲み込まれ、今日一日に満足し、今日よりもさらにすばらしい明日が来ることを自分の心に約束したのだが、懐の大きかった夕浜は島で暮らす私たちだけに授かった天の恵みであり、先人達から引き継いだかけがえのない財産だった。

前浜海岸
護岸と防砂堤に守られた、全長4kmの前浜海岸。

しかし、近年その大自然が人間生活との関わりの中で、地球の温暖化も加わって急変している。私たちが譲り受けた夕浜を楽しんだ前浜も侵食が進み、かつての面影を消失してしまった。新島は南北に長い島で、西側に夕浜を楽しんだ4kmの前浜、東側に7kmの白砂のサーフィンビーチ羽状浦海岸からなっている。したがって他島のように入り江がないために港に恵まれず、港を作ることが島民の長年の念願だった。約半世紀前に前浜の南端に港づくりを始め、離島ブームや日本経済の高度成長に併せて工事は進捗し、10次港湾整備計画が終わろうとしている現在、約300mの岸壁が整備され、5000トンの定期船が就航している。年毎に延長される港の整備を喜ぶ一方で、前述した前浜が一年増しに消失してしまった。東京都はこの侵食防止にもいち早く対処し、流砂防止のために5基の防砂堤や陸地部に護岸を、さらに沖合いに7基の離岸堤を設置した。

素人の立場で言及することは控えなければならないが、私は砂浜の侵食は港の岸壁の延長と深い関わりがあると観察した。前浜海岸の潮流は年間を通して90%が北から南に流れているが、岸壁が伸びることによって潮流が変化し、それが砂の移動に拍車をかけたのではないかと思っている。この論理には科学性はないが、仮に相関関係があるにしても、現在の港湾整備事業の中では適切に処理することは非常に難しいことだ。新島港の岸壁延長工事は本格的着工から約30年経過しているが、長期計画に基づく事業の途中変更は物理的に非常に困難だからである。したがって、この経験からも長期に亘る公共事業、港湾整備等は、目的のためには他への影響は我慢してもらうという手法でなく、事前調査に時間をかけ、自然条件を十分に把握した上で精度の高い実施計画を作ることが必要だと提言したい。

幸い新島の東側には、人為的に全く手を加えていない7kmに及ぶ白砂の海岸がある。新島は白い流紋岩からなる島で、この羽状浦海岸は海側から陸側まで砂の粒がそろった石英粒子からなっており、その白さ、美しさは世界有数のものと言われている。さらに海岸の南側には高さ300mに及ぶ巨大な白い崖がある。この崖を「白ママ」と呼んでいるが新島随一の絶景であり、私は世界に誇れる大自然だと自負している。そしてこの下にも全く手をつけていない砂浜が広がっている。世界の海岸の砂を調査した某科学者は、「世界一きれいな砂」と表現すると、美しいとかきれいという表現は主観性を伴うので、「世界一の煌き(輝き)」等と表現することには何の抵抗もない、とその美しさを認めている。

私たちはこの砂を理解し守るために、昨年の夏から、新島村博物館で世界の砂浜の砂を集めた「世界の砂展」を開催してきた(1月18日まで開催)。

さて、前段の夕浜にまた戻るが、あの滅茶苦茶にすばらしい夕浜、グレートサンセットは新島だけで独り占めすべきものではない。日本中の人々に味わってもらいたい大自然とのふれあいであり、それを提供することが島の役割だと思っている。先人から継承した島に備わった固有の自然は利子を付けて次世代に引き渡すことが、その時代に生きた人々の責務だと思っている。多島国の日本にとって砂浜は国民の財産であり、保存と失った砂浜の復元についてもっと積極的に取り組むことを提言したい。(了)

白ママ
島の南側は「白ママ」と呼ばれる真っ白な砂の壁がつづく。
羽伏浦海岸
島の東側、すばらしい景色の羽伏浦海岸はサーフィンのメッカでもある。

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