Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第58号(2003.01.05発行)

第58号(2003.01.05 発行)

太平洋の「島々」への視点

評論家・東洋学園大学専任講師◆櫻田 淳

平成15年5月、PIF(太平洋島嶼諸国フォーラム)に加盟する16の国・地域の代表を招いて「第3回太平洋・島サミット」が沖縄で開催される。わが国もまたひとつの島嶼国であり、沖縄から台湾を経て「南洋」へと続く「海上の道」の意義を認識しながら、これからの国際戦略を考えるべきである。

「わが国のかたち」を確認することの重要性

現下、わが国の対外政策上の焦点になっているのは、朝鮮半島である。北朝鮮による邦人拉致問題の急展開に限らず、北朝鮮による核開発の継続は、朝鮮半島情勢の帰趨が、国際政治の焦点として明らかに浮上したことを示している。また、江沢民から胡錦濤に指導部が交替した中国の動向もまた、楽観的にばかり捉えているわけにもいかない。朝鮮半島の動向は、中・長期の観点からは「『金正日体制』以後の北朝鮮」、さらには「朝鮮半島の統一」といった事態を見据えて、予測の難しい局面に入っているし、中国大陸もまた、急速な経済発展と共産党一党独裁の政治体制の齟齬が生じ始めたときには、どのような動向を示すようになるかは、定かではない。わが国にとっては、朝鮮半島や中国大陸の動向は、常に緊張をもたらすものなのであろう。

このような緊張した関係を前にして、わが国にとって参考とすべきは、英国が欧州大陸諸国に対して抱いた「英国は欧州大陸に隣接してはいるが、一部ではない」という感覚である。英国にとっては、海洋帝国としての発展の端緒は、エリザベス一世女王が即位した1558年、大陸唯一の領土であったカレーを喪失したことにあった。エリザベス一世の統治下では、フランシス・ドレーク、ウォルター・ローリーのような異才が輩出され、その「エリザベス朝の船乗り達」の活躍が、スペインの無敵艦隊の撃滅といった出来事を経て、その後の英国の興隆の下地を作ったのである。

わが国もまた、「大陸とは隣接してはいるが一部でない」という認識の下、独自の「海洋戦略」を構想しなければなるまい。それは、昔日、「南洋」と呼ばれたパラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国の三カ国を含む太平洋島嶼諸国、あるいはシンガポール、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ブルネイといった東南アジア多島海諸国との関係を新たな基軸にして、対外戦略を展開するということである。

これらの島嶼諸国が直面する課題は、海賊などへの対処、海上自由航行路の保全といったものから、産業振興、人材の養成、海洋研究の推進、海洋資源の保護や管理、情報格差の是正、地球温暖化に伴う海面上昇への対処、海洋汚染の防止に至るまで、わが国が一島嶼国として真摯に取り組むに値するものばかりである。わが国は、その取り組みを通じて、自らの「国のかたち」を確認すべきであるかもしれない。無論、太平洋島嶼諸国の多くが国力や天然資源などの点で顕著な魅力を持っているわけでもないことを念頭に置き、これらの国々との提携がわが国にとって然程の実際的な利益も生まないという議論は、あるかもしれない。しかし、これらの国々との提携には、わが国が「海洋国家」として拠る立場を明確にするという意味もある。米国の「自由と民主主義」に相当する強烈な「価値観の核」を持たないわが国にとっては、そのような自己確認の作業は大事なのである。

わが国のこれからの国際戦略と沖縄の役割り

折しも、平成15年5月、わが国は、オーストラリアやニュージーランド、パラオなどのPIF(太平洋島嶼諸国フォーラム)に加盟する16の国・地域を沖縄に招き、「第3回太平洋・島サミット」を開催することになった。1997年の東京、2000年の宮崎に続く3度目の「太平洋・島サミット」沖縄会合では、小泉純一郎総理とライセニア・ガラセPIF議長(フィジー首相)が共同議長を務め、経済開発や環境問題といったように太平洋島嶼諸国が直面する諸々の課題について意見が交換されるようである。

私は、第3回「太平洋・島サミット」の沖縄開催を歓迎する。振り返れば、平成12年、わが国は、「主要8ヵ国首脳会議」の沖縄開催を通じて、沖縄を国際政治の舞台に押し出した。そのことによって、わが国には、今後の対外政策の展開の中で、どのように沖縄を位置付けるかについて、一定の方針を用意することが迫られているのである。戦争の記憶、在沖米軍基地の負荷、経済開発の停滞といったように、沖縄の現状を語る際には、何かしら後ろ向きの議論に終始する嫌いがあるけれども、真剣に議論されるべきは、どのように沖縄が沖縄として持つ「価値」や「特質」を生かすかということである。そして、沖縄が持つ「価値」や「特質」を表すものとして「万国津梁」の言葉があることを考え併せれば、今後、わが国が諸々の政策の文脈で構想すべきは、どのように、「万国津梁」に相応しい政策上の枠組みを沖縄に付与するかということである。

私は、以前から、どのように沖縄から台湾を経て「南洋」へと続く「海上の道」の意義をわが国の国際戦略の中で位置付けるかということが、今後のわが国の道程を展望する上では最も重要な課題になるであろうと論じてきた。そして、私は、この「海上の道」こそが、わが国の新たな「生命線」と位置付けられるものではないかと唱えてきた。琉球王国時代にはアジア諸国との経済、文化の交流拠点に位置し、近代以降には海洋を越えて世界に雄飛して行った幾多の人々の故地であった沖縄は、わが国の「海への拠点」を象徴するものとして、誠に相応しいのではなかろうか。

国家であれ個人であれ、他に向き合う際の「分限」、「分際」というものは、確かにある。自らの「分限」、「分際」に照らし合わせて無理の多い振る舞いは、国家であれ個人であれ、その道程に影を投げ掛けることになるのであろう。わが国にとっては、「海洋国家」としての自己規定に基づいた振る舞いこそが、自らの「分限」、「分際」に相応しいのではないか。(了)

第3回太平洋・島サミット(沖縄)に参加する16の国と地域

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