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オーシャンニューズレター

第58号(2003.01.05発行)

第58号(2003.01.05 発行)

海事技術資料の重要性と収集保存

呉市参与(海事博物館推進室担当)・広島大学名誉教授◆仲渡道夫

わが国リーディング産業の一つであった海事産業とこれを支える技術に関する資料が今散逸しようとしている。物づくりの大切さを次世代に伝えるために、資料の収集・保存及び利用がどうあるべきなのか、呉市海事博物館開館を前に考える。

1.海事技術の大切な部分の継承について

呉市海事博物館のイメージ
2005年に完成が予定される呉市海事博物館のイメージ。右端は新中央桟橋旅客ターミナル

わが国造船業の合併、系列化、分社化など大規模な再編が現在進みつつある。これに伴い各造船所や工場が保有していた伝統的な技術・技能による仕事の幾つかは、効率的な新しい機械・装置によって置き換えられ、伝統的なものはそれに関わっていた人がいなくなるとともに忘れ去られる。海事技術を教育している教育機関においても、例えば船舶復原性や造船幾何学などの課目は内容を吟味分割され、新しくてスマートな名称の課目の片隅にひっそりと配置される。そして旧課目に含まれている伝統的な技術のある重要な部分は、講義をしていた教師が去ると共に忘れられていく。

先人達が多年の経験―その中には尊い犠牲も含まれているであろう―で積み上げて築いた技術・技能を「同じ結果や製品が効率的に得られる」という理由のみで簡単に忘れ去ってよいのであろうか。

昔から「ある技術を学習する最良の方法の一つは、その技術の歴史に沿って学ぶことである」と言われている。有名な研究者かつ教育者のS.チモシェンコ教授が優れた材料力学の教科書に加えて「材料力学史」(訳書、鹿島出版会、昭和49年)を著したのも、水理学のH.ラウス教授が「水理学史」(訳書、鹿島出版会、昭和49年)を書いた理由もこの考え方による。これらの本には構造物の構成要素としての梁の強さについて、あるいは水流の中にある物体の抵抗について先人達がどのように考えどのようなものを造ったか、またその技術・技能の中に数学や物理学をどのように取り入れ応用したか、の過程と実例がわかりやすく示されている。

このように材料強度関係・流体関係の技術の学習や継承には、上記両書に記されている膨大な技術資料や各地の大学、博物館に保存されている実物などが決定的に役立つ。上記のことは海事技術の学習と継承についても同様で、海事技術に関する文献、図書、実物、模型などは、教育機関における体系化された講義や講義間隙から脱落する大切な技術・技能のノウハウの理解に不可欠である。

2.海事技術資料の収集、保存、展示などの方法について

欧米の技術に関する主要な博物館の一つの傾向は、本館とは少し遠くとも古い倉庫群や工場、校舎などに手を加えて収納庫に改造し、資料の情報があり次第それを調査収集するシステムを有している(英・グリニッジの海事博物館、米・スミソニアンの航空宇宙博物館など)。また、収納庫の一部を希望者のために倉庫展示として公開しているところもある。

もう一つの傾向は展示内容と学校教育のカリキュラムとの関係を深め、小中高の各学校は日常的に館を訪れ、生徒達はワークショップの多彩なメニューをボランティア(専門の学生や退職専門家)の指導で楽しく学んでいる。

さて、わが国の海事資料保存が冒頭で述べたような状況にある現在、最初に取り組むべき現実的課題とは何かと考えると、そのキーワードは「資料の価値評価 」「資料の存在情報 」「情報を取り扱うNPO 」で示される。第一の収集保存すべき資料の選定は学会、協会、工業会等の学識経験者、専門家の意見を拡大的に採り入れることとする。第二の存在情報は全国各地、各企業、各機関、各団体に所属する海事技術に関する大小すべての博物館、資料・図書室、記念館、収蔵室などの展示物、収蔵物のリスト(海事技術情報マップ)を作ること。

第3のNPOは前記の2つのことを実行する少数精鋭の組織で、その立ち上げには海事関連学協会、各工業会、関連財団からの有力な発起人と技術技能の継承を唱えている各省庁の強力な協力を期待する。このNPOは資料を扱うのではなく、「資料の情報 」を扱い、その活動により資料収集や保存でよく発生する無駄な重複の防止、資料の利用交流、あるいは個人資料の散逸防止に努める。

3.呉市海事博物館(仮称、2005年開館予定)

呉市は、現在、海事博物館を建設中である。呉の戦前50年は海軍工廠と、戦後50年はNBC※1、IHI(石川島播磨重工業(株))の造船所と共に歴史を歩んできた。この地域はまた海事関係の教育・研究のメッカであり、海上保安大学校、江田島の海上自衛隊幹部候補生学校、術科学校、呉教育隊、広島大学、瀬戸内海の1/2000水理模型が設置されていることで知られる(独)産業技術総合研究所中国センター、広島県立西部工業技術センターなどに加えて、少し離れてはいるが三つの商船高等専門学校がある。

博物館はこのような地域にふさわしいものとして計画され、基本的な方針としては呉市が関わった造船や技術を通して呉の歴史を次の時代に伝えること、市民、殊に青少年に造船などの海事技術を楽しく理解する場となることなどである。

場所はJR呉駅のすぐ海側、海の玄関口である中央桟橋の新築旅客ターミナルに隣接した絶好地に敷地約17,100m2 、建築延床面積約9,628m2を確保している。建物は4階建てで、1階は呉のシンボル戦艦大和の大型模型と呉市百年間の造船を軸とした歴史の展示。2階は事務室などで3階は船を造る新旧の要素技術、システム技術に関する展示と青少年の体験やワークショップの場所、4階はギャラリー、図書室、会議室、研究室などとなっている。

館の特徴は、呉で建造された戦艦大和をシンボルとし、艦とその建造に用いられた技術の展示、ならびにそれらの技術が現在の産業技術にどのようにつながっているかを示そうと努力していることである。

海事技術資料の収集に関しては、幸い各方面の協力により大きい物についてはほぼ一段落し、川原石の博物館推進室の敷地はじめ市内各所に保管中であるが、極く一部は推進室に仮展示、公開している。図書・文献についてもシップ・アンド・オーシャン財団造船資料センターに所蔵されていた約1万冊の内外文献、及び故福井静夫氏※2蔵書等約1.5万冊の整理は終了している。この博物館の計画にはじめから関わった一人としてこれを記す。(了)

※1NBC:National Bulk Carriers。アメリカのニューヨークに本社を置く、造船・海運・倉庫業を営む会社。昭和37年、IHIに。

※2故福井静夫氏:昭和13年東京大学船舶工学科卒業後直ちに軍艦設計に従事。終戦時は海軍技術少佐。戦後、古今東西の艦船の設計・建造に係る研究を続けた。

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