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オーシャンニューズレター

第585号(2024.12.20発行)

海で分解されるプラ素材:海洋プラスチック汚染問題の解決に向けた研究

KEYWORDS デンプン/海洋生分解性プラスチック/マイクロプラスチック
大阪大学大学院工学研究科教授◆宇山 浩

私たちの日常生活に欠かせないプラスチックは丈夫で腐らないという特徴から幅広い分野で利用されているが、自然環境中で分解されにくいために流出したプラスチックごみが海洋汚染を引き起こしている。
その解決に向けて、私たちはデンプンを配合した海洋生分解性プラスチックの開発に取り組んできた。
デンプンによりプラスチックの分解性を向上させる設計に基づき、企業と連携してカトラリー等を試作した。
プラスチックの特徴
最近のテレビや新聞、インターネットの報道を見るとプラスチックは悪いもの、という印象が定着しつつあるのかもしれません。加えて、日々の生活におけるごみの分別や最近ではレジ袋の有料化を通じて、無意識にプラスチックへの接し方が変わってきたかもしれません。
プラスチックは、どこが優れているのでしょうか?プラスチックの最大の特徴は軽さでしょう。鉄の比重はポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)の約8倍、軽いアルミですら約3倍です。ペット(PET)ボトルはプラスチックの軽さを実感できる製品で、保温できる魔法瓶との重さの違いは一目瞭然です。日常生活の中で必要に応じ、軽さと保温といった機能を選択しています。透明な製品を作れることもプラスチックの重要な特徴です
例えば、ガラスも透明ですが、重く、割れると危険である一方、プラスチック素材からなるアクリル板は軽く、透明性に優れ、落としても割れにくいといった特性からコロナ禍では大活躍しました。アモルファスプラスチックは透明ですが、プラスチックの成形加工技術により、結晶性プラスチックであっても結晶(球晶)サイズを光の波長以下にすることで透明になります。結晶性プラスチックであるポリエチレンは、延伸により透明なフィルム製品が作られます。柔らかさ、しなやかさもプラスチックが幅広く用いられる上で重要な特性であり、食品包材に多く用いられている軟質プラスチックフィルムが最たる例です。PE製ビニール袋は柔らかく、野菜などの生鮮食品をはじめ、多様な食品の包材として重宝されます。一方で卵パックではPETやポリスチレンの硬質を活かして中身が守られます。
100円ショップはプラスチック製品の宝庫です。日常生活にプラスチックが不可欠なことを改めて認識させてくれます。プラスチック製品が安価に供給されるのは、プラスチックの大量製造のみならず、高速成形技術による部分も大きいとされます。Tダイキャスト法やインフレーション成形ではプラスチックフィルムが100m/分以上の速度で生産されます。さらにフィルムを貼り合わせるラミネート技術の発展もプラスチックの用途を大きく拡張しました。代表例はレトルトカレー、ポテトチップなどの食品包材であり、食の安全に不可欠です。射出成形においても小型製品の成形サイクルは数十秒であり、大量に安価なプラスチック製品が生産できます。
このようにプラスチック製品の生産に関わる多様な技術がここ数十年に急速に発展することで、私たちは意識することなくプラスチックの恩恵を享受しています。一方で、この間の急速な技術革新の中で廃プラスチックに関する課題がなおざりにされてきました。プラスチックの安定性が製品として重要である一方、プラスチックの多くは環境中で分解しません。不注意に捨てられたプラスチックが海洋に流出し、海洋プラスチックごみとして社会問題化しています。マイクロプラスチックは海洋のみならず、大気中にも多く、健康に対する懸念が高まっています。
デンプン配合プラスチック
デンプン(炭水化物の一種)は脂質やタンパク質と並ぶ三大栄養素で、エネルギーの素となります。デンプンは自然界に豊富に存在し、精製度の高いデンプンを大量かつ安価に入手できます。デンプンや加工デンプンは食品素材として幅広く用いられてきました。安全性が担保されているうえ、価格は数十~百数十円/kgと汎用プラスチックと同程度以下と安いため、多くの非食用途もあり、糊化デンプンや加工デンプンが繊維業界や製紙業界で利用されています。しかし、デンプンは熱可塑性を示さないため、単独ではプラスチックとして用いられません。
デンプンにグリセリンを混合すると熱可塑性を示すために溶融成形が可能となり、プラスチックとして利用できます。一方でデンプンは汎用プラスチックとの混和性、耐久性、耐水性が低いため、プラスチック製品への利用(配合)は限定されていました。筆者らは2020年9月に、海洋生分解性バイオマスプラスチック(MBBP = Marine Biodegradable Biomas Plastics)開発プラットフォームを立ち上げました。このプラットフォームでは、熱可塑性デンプン(TPS)に生分解性プラスチックをブレンドして自在な成形を可能とするMBBPの開発を目指しています。現在、40数社の企業が参画し、MBBPに対する押出成形、射出成形、ブロー成形の技術開発を行い、カトラリー(スプーンなどの食器類)やボトル、歯ブラシ等の試作品を作っています。
デンプンは海洋微生物にとっては格好の栄養源であり、デンプン配合プラスチック上に微生物が容易に繁殖することでバイオフィルムを形成し、PLAのような難海洋生分解性プラスチックであってもバイオフィルム中の微生物が産生する酵素により分解が進行することが推測されます。筆者らの海洋生分解性プラスチックの材料設計の重要な特徴として、海洋生分解を誘発するトリガーとしてデンプンを用いる点が挙げられます。通常使用では分解せず、海洋中に浸漬されることで分解が開始するスイッチ機能をプラスチックに搭載できます。
東京海洋大学石田真巳教授の協力で品川キャンパス繋船場にてMBBPフィルムを浸漬したところ、半年後にはサンプル重量が顕著に減少し、サンプルに多数の大きな空孔が見られ、生分解の進行が示唆されました。また、サンプル表面に付着した微生物を調べ、バイオフィルム中の菌種を同定したところ、アミラーゼやエステラーゼ、リパーゼなどの分解酵素を産生する海洋細菌が見られました。
このプラットフォームで開発・実用化を目指すMBBPは①生分解性、②汎用プラスチック並みの物性、③価格面での競争力、④広範なプラスチック成形を可能とする熱可塑性を有し、次世代プラスチックとして有望です。MBBPの社会普及により、バイオマスの積極的な利用による資源循環・サーキュラーエコノミーへの貢献、プラスチック製品への海洋生分解機能の搭載による海洋プラスチックごみ問題の解決が期待されます。(了)
■図 多糖類をトリガーとするスイッチ機能を有する海洋生分解性プラスチックの設計指針

■図 多糖類をトリガーとするスイッチ機能を有する海洋生分解性プラスチックの設計指針

MBBP試作品

MBBP試作品

※ さまざまな種類のあるプラスチックについて説明しているものとして、例えば、日本プラスチック工業連盟『暮らしの中のいろいろなプラスチック』があります。
https://www.jpif.gr.jp/learn/pamphlet/doc/pamphlet_plastic-in-life.pdf

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