Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第583号(2024.11.20発行)

廃棄される深海魚を地域の資源として活用し未来へ紡ぐ

KEYWORDS 持続可能な水産業/深海魚プロジェクト/タカエビ
学校法人希望が丘学園鳳凰高等学校◆中村太悟

南さつま市では漁で混獲される深海魚が廃棄されていたが、資源の有効活用やフードロス削減をめざし、鹿児島大学や地元企業と協力してプロジェクトを立ち上げた。
本校普通科の生徒も参加し、深海魚に愛称をつけるワークショップや調理実習、レシピ提案などを行った。
生徒は活動を通じて深海魚への理解と親近感を深めている。
さらに、深海魚の教材化や3D図鑑の作成を進めて、限りある地域資源を未来へ紡いでいきたい。
混獲され廃棄されてきた深海魚
本校は建学の精神「誠実にして社会に役立つ情操豊かな人間教育」をもとに、メディカルシステム科・総合福祉科・看護学科・普通科の4学科を設置しており、約1,400名の生徒が在籍しています(2025年度より普通科・文理科・看護科に再編)。また、本校が設置されている鹿児島県南さつま市は、2005(平成17)年に加世田市・坊津町・金峰町・大浦町・笠沙町の1市4町の合併により誕生しました。漁業が盛んな地域でしたが、時代の変遷とともに漁業人口も減少し、今では規模を縮小させています。
一方で、南さつま市周辺の海域は駿河湾と似た海底地形をしており、豊かな漁場として今でも多くの魚が水揚げされます。その中でもタカエビ(標準和名:ヒゲナガエビ)は薩摩甘海老とも呼ばれる深海性のエビで、そのおいしさから全国へも出荷されているエビです。タカエビは「深海底引き網」と呼ばれる漁法で南さつま市沖の水深400m付近の海域で漁獲されます。その時に多くの深海魚が混獲されますが、これまでは選別作業の時に邪魔になるため船上から海に廃棄されていました。
深海魚をおいしく食べる文化をもつ地域もありますが、鹿児島(少なくとも南さつま市)ではメジャーではない魚は消費者から避けられる傾向にあります。限りある資源をもっと大事に使えないか? 漁業従事者の所得向上やフードロス削減など、持続可能な水産業をめざし、南さつま市は、鹿児島大学水産学部や地場企業と連携し、2021(令和3)年度から深海魚の産地形成・ブランディング事業(以下、深海魚プロジェクト)を立ち上げました。本校も初年度からこの事業に普通科の生徒が参画し活動をしています。
手探りで始まった海を活用した課外活動
コロナ禍の2021~22(令和3〜4)年度の2年間は制限のかかる中で活動を実施しました。
2021(令和3)年度は南さつま市やかごしま深海魚研究会、鹿児島大学水産学部の協力をいただきながら、南さつま市で水揚げされる深海魚に愛称をつけるワークショップを実施しました。生徒は初めて見る深海魚に興味津々で、深海魚の特徴を踏まえ親しみやすい名前を考えました(図1)。
2022(令和4)年度は前年の活動を継続して実施するとともに、海をテーマに制作したポスターをもとにプレゼンを競い合うコンテスト「うみぽす甲子園(主催:(一社)海洋連盟)」に生徒主体で挑戦しました。海の課題を南さつま市の現状を踏まえプレゼンし、第1回大会では優勝を飾りました。その活動の成果を南さつま市の海の魅力や深海魚をコラボさせ「海の授業」として地元の小学生に伝える場も設けました。
初めは生徒が多くの経験ができたら・・・と半ば軽い気持ちで始めた深海魚プロジェクトでしたが、継続していくうちに多くの関係者とのネットワークができ、これまでよりも広い視野で海×教育の可能性を感じることができるようになりました。
コロナ禍が明けた2023(令和5)年には本格的に深海魚プロジェクトを再始動させました。本校の同好会サイエンスクラブの生徒を中心に、漁港での深海魚の選別体験や深海魚の調理実習、オリジナルレシピの提案、深海魚を素材にしたCMの作成、うみぽす甲子園への出場、中学校での出前授業など年間を通じて幅広く活動を展開しました。特にオリジナルレシピの提案では、深海魚をよりおいしく手軽に食べてもらいたいと複数のレシピを試し、より深海魚を身近に感じてもらえるよう試行錯誤しました(図2)。レシピのデザインにもこだわり、可愛らしく親しみが感じられるものを作成しました。作成したレシピは地元のお祭りで試食とともに配布し、深海魚を置いてくださる地元スーパーにも置かせてもらいました(図3)。2021~22(令和3~4)年は生徒たちにとって期間限定の断片的な活動になってしまっていましたが、2023(令和5)年は継続的に海と関わる活動を行うことができました。
深海魚は遠く離れた場所にいる生物というイメージを持っていたようで、活動前は深海魚が食べられる魚であると知らなかったり、深海魚はグロテスクな生き物のことだと考えていたりした生徒たちも多かったです。しかし、五感をフルに使って活動を続けることで、生徒なりの新たな発見を積み上げ、次第に深海魚や南さつま市の海へ親近感を持つようになっています。また、活動について学校外の方から直接フィードバックをもらうことも多いため、生徒たちは自己を振り返る機会も自然と増えました。初めは人前で話すことが苦手だった生徒も、その出番が増えることで経験が蓄積し、自信を持って少しずつ話せるようになりました。そこに深海魚プロジェクトを続ける意味があるのだと私は感じています。
■図1 深海魚に愛称をつける

■図1 深海魚に愛称をつける

■図2 深海魚を調理する

■図2 深海魚を調理する

■図3 オリジナルレシピをスーパーへ

■図3 オリジナルレシピをスーパーへ

地域の限りある資源を未来へ紡ぐ
おいしさ以外でもっと深海魚を学校や地域に還元する方法を考えていた時に、明星大学和田薫客員教授に解剖教材としての可能性についてご助言いただきました。生徒たちに解剖について聞くと「これまで解剖の授業を受けたことがない」と深海魚の解剖について興味津々でした。現在は、深海魚を南さつま市の小学生・中学生の教材にしてもらうことを目標に生徒主体で解剖について探究中です。地元の水族館などの社会教育施設とも今後連携を図りながら進めていきたいと考えています。
また、深海魚の3D図鑑の作成にも挑戦したいと考えています。南さつま市で水揚げされる深海魚を3Dデータ化し、そのデータをインターネットでいつでも見られる状態にするとともに、XR上でそれを見ることができれば、幅広い年代がもっと海や深海魚に興味関心を持ってくれるのではないかと期待しています。先駆者である(一社)九州オープンユニバーシティ 鹿野雄一研究員にもアドバイスをいただきながら、これまでとは違った切り口で発信していきたいと考えています。
これまで南さつま市で水揚げされる深海魚は廃棄されるだけの存在でしたが、その限りある貴重な資源を未来へ紡いでいくために地域が一体となって動き出しており、本校もその一助となるために今後も活動を継続していきたいです。(了)
※ XR(クロスリアリティ)とは、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)・SR(代替現実)など、現実世界と仮想世界を融合して、新しい体験を作り出す技術の総称。

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