Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第583号(2024.11.20発行)

サヨリの完全養殖を成功させた高校生の挑戦

KEYWORDS 海洋教育/陸上養殖/サヨリ
香川県立多度津高等学校海洋生産科教諭◆大坂吉毅

香川県立多度津高校の海洋生産科栽培技術コースでは、新たな魚種の養殖方法の開発や、オリジナルの養殖魚のブランド化に取り組んでいる。
生徒が海藻に付着する魚卵を見つけたことから始まったサヨリの養殖では、課題を乗り越え、完全養殖に成功した。
通常天然物が入荷しない12月に出荷可能となり、「瀬戸のキラメキ」と名付けて売り出している。
香川県立多度津高校海洋生産科
本校は、1922年(大正11年)に香川県立多度津中学校として開校し、現在は全日制の本科6学科(機械科、電気科、土木科、建築科、海洋技術科、海洋生産科)と専攻科(海洋技術科)、定時制の2科(機械科、電気科)を有し、2021年に創立100周年を迎えた、産業界や地元地域から期待される専門高校です。「清明強和」という校訓の下、自ら学び、考え、行動する意欲や能力、夢や理想に向かってチャレンジする精神の育成をDCJ:Dream(夢)Challenge(挑戦)Jump(飛躍)活動と定め、全ての教育活動の中に「DCJ」の精神を活かした活動を取り入れています。
海洋生産科には、食品科学コースと栽培技術コースがあり、生徒たちの興味・関心に応じて2年次からそれぞれ専門のコースに分かれて学びます。そして近年、特に力を入れているのが、「課題研究」という科目で、生徒たちがワクワクするような学びを通して、非認知能力やチャレンジスピリットの育成をめざしています。
栽培技術コースの課題研究
栽培技術コースの課題研究では、希少性が高くこれまで養殖されていない魚や新たな付加価値を持つ魚、新しい方法で養殖した魚を独自開発し、本校のオリジナルブランド魚として売り出すことに挑戦しています。
まず、2013年に開発したのが「サツキマス」でした。希少性が高く幻の高級魚と呼ばれるサツキマスをアマゴの海水馴致(じゅんち)によって人工的に作り出すことに成功しました。しかし、サツキマスは希少性があまりに高くマニアック過ぎたため、認知度が低く、一般の消費者の反応はあまり高くありませんでした。その反省を元にもっと一般的で誰でも知っている魚にターゲットを変えることにしました。そこで目を付けたのが、高級魚「アユ」でした。横川吸虫等の寄生虫の心配のない安心・安全な生食可能なアユを作り出せば、料理のバリエーションが増え、付加価値の高い魚になると考えました。そしてアユを横川吸虫の寄生の心配のない海水養殖で育てることに挑戦し、海水中のビブリオ菌耐性の弱いアユを何度も全滅させながらも、2019年に何とか海水養殖を成功させることができました。
サヨリの完全養殖への道のり
「海水養殖アユ」開発の最中、ダイビング実習を実施した瀬戸内の離島、粟島で、偶然生徒が浜辺に打ち上げられた海藻に、魚の卵が多数付着しているのを発見しました(図1)。マダイの種苗生産実習を実施している時期でもあり、生徒たちの要望で持ち帰って学校で育てることにしました。育ててみるとその卵からサヨリの可愛い稚魚が生まれ、1年後に成魚になるまで育てることに成功しました。サヨリの養殖について詳しく調べてみると、まだ国内では市販レベルの養殖は行われておらず、新しいオリジナルブランド魚の候補ができると思い、取り組むことになりました。しかし成魚になったサヨリは、その特徴である下顎がつぶれ、まるでサンマのような形になり、その課題の解決が必要になりました(図2)。
下顎の変形は、水槽の壁に下顎をぶつけ、つぶれてしまうことが原因であることが判明し、その改善策として、水槽を円形にし、さらに水流を掛け、回転させて泳がすことにしました。その対策のおかげで、2年目は見事きれいな形のサヨリに成長させることに成功しました。しかしきれいな形のサヨリが育つものの、サヨリは非常にデリケートな魚で、光に向かって突進してしまう習性があり、壁にぶつかって斃死(へいし)したり、水槽から飛び出す個体が多数発生する事態となりました。学校施設が幹線道路に面していることで窓から車のライトや外の光が差し込むことが原因であることが判明しましたが、せいぜい窓に黒色のフィルムを張る程度の対処しかできず、根本的な解決には至りませんでした。
そして別の新たなオリジナルブランド魚の開発が並行して進められていく中で、2022年にSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の指定を受けた兵庫県立尼崎小田高校の「瀬戸内海の環境を考える高校生フォーラム」に本校生徒が参加した際、偶然お蔵入りしていた「養殖サヨリ」の話題になり、参加していた指導助言者から貴重な話をいただくことになりました。マグロの稚魚期も光にデリケートで衝突死が多発するため、光の明暗を無くすため24時間、照明を点けたままにしているとのことでした。早速この情報を持ち帰り、我々のサヨリに応用することにしました。そしてさらに2年生の金魚飼育実習で培った無胃魚の給餌技術も応用し、通常成長に1年かかるところを、半年で成魚に育て上げ、完全養殖に見事成功しました。
■図1 生徒が見つけたサヨリの卵

■図1 生徒が見つけたサヨリの卵

■図2 初期のサヨリ養殖で課題となった口先の変形

■図2 初期のサヨリ養殖で課題となった口先の変形

今後の挑戦
この成功により通常天然物の入荷のない12月に出荷が可能となり、オリジナルブランド魚「瀬戸のキラメキ」として売り出すことに成功しました。そしてさらに2024年度には、サヨリ養殖にさらに改良を加え、通常稚魚に初期餌料として与えるワムシをやめて、配合飼料のみで育てる実験を始めました。もし成功すればマダイやヒラメなどの種苗生産より大幅に簡素化でき、簡易な方法で養殖が可能になり、普及しやすい養殖魚として注目してもらえる魚になるはずです。また養殖するだけでなくブランディングと知名度アップの勉強のために、大型量販店や飲食店に生徒たち自身が直接出向いて売り込みをかけて(図3)、最終的にはミシュランガイド3つ星の飲食店で扱ってもらえるようなブランド魚にすることを目標に頑張っています。(了)
■図3 鮮魚売り場での販促活動

■図3 鮮魚売り場での販促活動

※ 人工ふ化で育てた稚魚を親魚まで育て、再び採卵し、親魚まで育てる養殖

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