Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第583号(2024.11.20発行)

海なし県から「海洋教育研究会2024」に参加して今思うこと

KEYWORDS 海洋教育/地域素材/リアルな学び
岐阜市教育委員会◆鈴木大介

「海洋教育研究会2024」に参加したことで、地域素材を活用した海洋教育の可能性を再認識することができた。
海が身近ではない土地においても、山や河川を通した学習を活用することで、海洋教育の理念を実践し、子どもたちに豊かな学びを提供することができると確信している。
今後も、地域の特性を活かした海洋教育を推進し、未来を担う子どもたちの成長を支えていきたいと考えており、そのためにも情報共有や関係者との交流が重要だと実感している。
海洋教育の可能性について考える
2024年の夏、福岡市志賀島で開催された「海洋教育研究会2024」に参加しました。この研究会は、海洋教育を推進するための実践的な研修の場であり、全国から集まった教職員や研究者が一堂に会し、地域素材を活用した海洋教育の可能性を探るものでした。ここで得た経験と学びを通じて、海なし県である岐阜県における海洋教育の未来について考える機会を得ました。以降には本研究会の内容とそこから私が考えた構想について綴りたいと思います。
「海洋教育研究会2024」の研修内容
研究会初日の午前は、全国の海洋教育を実施している関係者から実践報告がなされました。実践報告で強調されたのは、地域素材の探究とその活用方法です。各地の学校が地域の歴史、文化、環境、産業などを教材化し、海洋教育に取り入れている事例が紹介されました。例えば、福岡市立勝馬小学校では「海っ子山っ子スクール」を実施し、児童たちは自然環境を活かした教育活動を深めていました。玄海町立玄海みらい学園では、海洋と理科などの教科を関連付けて学びを深めていく提案がありました。このような教科書だけでは得られない「リアルな学び」が貴重な経験を提供することが示されました。
研究会初日の午後には、フィールドワークや講義を通じて、地域素材の教材化について学びました。木梨菅子氏(地元勝馬出身)からは、万葉歌碑を通して文化や歴史、当時の人の生き方を学ぶことができました。渡辺祐二氏(国土交通省九州地方整備局 博多港湾・空港整備事務所 副所長)からは、博多港について学び、歴史だけでなく今後の活用や可能性についても知ることができました。阿曇幸興氏(志賀海神社 宮司)からは、志賀島について学ぶことができました。古賀偉郎氏(歩・歩・歩(さんぽ)会 顧問)からは、金印の秘密について興味深い話を聞くことができました。大神弘太朗氏((一社)ふくおかFUN 代表理事)からは、本当の意味で「豊かな海」を考えること、「自然伝承」の活動理念について学ぶことができました。このように地元の方々から直接話を聞くことで、その土地ならではの「人・もの・こと」に触れる機会がありました。
研究会の2日目に行われたワークショップでは、参加者が自らの創意工夫を発揮し、地域素材を活用した海洋教育の授業プランを作成しました。研修会全体を通して、高田浩二氏(海と博物館研究所 所長)や日置光久氏((公財)笹川平和財団海洋政策研究所 客員研究員)から、地域の自然や歴史などをどのように教育に取り入れるか、海洋教育を今後どのように発展させていくのかについて研修が展開されました。
海なし県の海洋教育の可能性に期待を込めて
今回の研究会を通じて、私は地域素材を活用した海洋教育の可能性を再認識しました。岐阜県は海に面していないため、海洋教育の実践が難しいと考えられがちです。実際に日本財団が実施している「「海と日本人」に関する意識調査」において、岐阜県の海との関係性「愛着」のスコアは47都道府県中47位です。また、海との関係性「体験」のスコアは46位です。海との物理的な距離が起因していると考えられますが、このように海に関しての関心や体験は乏しい現状です。しかし、「長良川システム」という河川を中核とした教材を開発することで、海洋教育の要素を取り入れることが可能です。身近な川の学習を中心的に行い、そして段階的に俯瞰(ふかん)して考えることができる力を養うことで、海までを視野に入れた学習が可能となると考えています。
ここで少し「長良川システム」について触れてみたいと思います。長良川は全長166km、流域に86万人が暮らしており、街中を流れながらも日本三大清流として知られる美しい水質を持っています。清流に育まれる鮎(あゆ)、継承される文化と伝統。川と森林を守り、育てるための人々のたゆまぬ努力。森・川・海・人の「和と輪」で命を繋ぐ、多種多様な魚たち。人の生活・水環境・漁業資源が連携する里山のシステム、それこそが「長良川システム」です。
この「長良川システム」を小学1年生から中学3年生までの9年間で学ぶ教育課程を開発してみました。小学1年生から4年生は体験的な活動を重視し、川や海での体験を積極的に行います。5年生、6年生では長良川と共に生活をしている人から直接学びます。例えば、長良川の水質保全活動や川漁の伝統を通じて、水と人との関わりを学ぶことができます。このことで長良川と実際に関わっている人からシステムについて学び、さらに生き方も学ぶことで、「長良川システム」を自分事として捉える「リアルな学び」へと深化させます。そして中学校課程においては、これまで学んできたことを活用し、自分たちが「長良川システム」と関連させ、地域や社会に対しアクションします。
このようなカリキュラムによって、子どもたちは山から海までの流域を通して、海という物理的には離れている場を時間的・空間的に一体として捉える「見方や考え方」を養えるとともに、自身の「生き方」につなげることができると考えています。このように俯瞰して、総合的に判断し行動できる力を付けるには海洋教育が優れている点であると思っています。なぜなら私自身が海洋学部を卒業しており、海洋教育を通して、俯瞰して総合的に判断する力を付けたと実感しているからです。
今後は、地域の歴史や文化を教材化し、子どもたちに「リアルな学び」を提供するための取り組みを一層充実していきたいと考えています。これからも、地域の特性を生かした教育活動を推進し、未来を担う子どもたちの成長を支えていきたいと思います。また、岐阜市だけでなく他地域との連携を深め、情報交換や共同研究を通じて、より効果的な教育方法を模索していくことが重要です。そのためにも、参加した研究会や全国の関係者と交流できる場、本誌のように情報を共有できるリソースが重要だとメッセージを送り、筆を置きたいと思います。(了)
■里川における人と鮎のつながり(出典:「世界農業遺産  清流長良川の鮎」HP)

■里川における人と鮎のつながり(出典:「世界農業遺産 清流長良川の鮎」HP)

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