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オーシャンニューズレター

第57号(2002.12.20発行)

第57号(2002.12.20 発行)

瀬戸内海と現代アート

株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役社長◆福武總一郎

穏やかで優しい自然環境の中でこそ、人間の創造性がいっそう輝く。瀬戸内海・直島で1992年から活動を続けている直島コンテンポラリーアートミュージアムが美しい自然環境と島に残る古い町で行っているアートプロジェクトを紹介する。

日本で最も美しい景色

「日本で最も美しい景色は何か」と問われると、私は迷わず「それは瀬戸内海の風景だ」と答える。鏡のように穏やかな海にいくつもの島々が浮かび、その間を大小の船が行き交う様は、何度見ても見飽きず、本当に美しい。

明治時代、日本を訪れた多くの西欧人たちもこの風景の美しさに感嘆し、多くの紀行文を残した。また、昭和9年、日本で最初の国立公園に制定されたのは瀬戸内海であった。この制定のおかげで今もなお、瀬戸内海の自然・風景は見事に保たれている。

瀬戸内海は、日本という地域に人々が住むようになって以来、今日にいたるまで、自然災害を被ることの少ない安全な住処であり、魚や海産物を生み出す母なる海であり、海上交通の重要なルートであり、交易の大動脈であった。この海では、人間は自然の厳しさと闘ったり、それを克服したりする必要はない。人々は穏やかな自然に抱かれ、感謝しつつその恵みを受けて暮らしてきた。

直島コンテンポラリーアートミュージアム

直島コンテンポラリーアートミュージアム
船の舳先が海に向かって突き出したイメージの「直島コンテンポラリーアートミュージアム」

私が本当にありがたいと思うのは、このような環境においてこそ、人は穏やかに、落ち着いた気持ちでじっくりとものを考えたり、そのビジョンを形にしたりすることができるということである。人間が生み出すものは自然の素晴らしさと比べるとささやかなものであるが、人間が懸命に考え形づくるものは、小さいながらも、時に強い光を放つ。

当社は1992年、香川県の直島という小さな島の南側に「ベネッセハウス 直島コンテンポラリーアートミュージアム」という美術館をオープンさせた。これは現代アートの美術館と滞在用のホテルが一体となっている建物で、建築家の安藤忠雄氏に設計を依頼した。安藤氏と私は何度も話し合いを重ねたが、当初から一致していたのは、ここで最も見せたいものは瀬戸内海、そして直島の美しさだということであった。建物の大部分は三方を海に囲まれた高台の半地下に埋められつつ、展示室には大きな窓がいくつもつくられている。このため、外から見ると建物は島の稜線に隠れているが、中に入ると、屋外の海景、現代建築、そして現代アートの作品がお互いを引き立て、共生している様を目の当たりにすることとなる。

この美術館ではアーティストを招いて、彼らが直島で得たインスピレーションをもとに現地で作品制作してもらうという方針を採っている。「瀬戸内海の風景を舞台に、世界中でここにしかない作品を置いてみたい」と思ったからである。現代アートのアーティストたちはその鋭い感覚で、現代という時代や社会を、そしてまた人間の普遍性を鋭く洞察し、それを私たちの前に形づくって見せてくれる。直島を訪れる人々はそれを見て、さまざまな解釈を自由に試みる。

直島・家プロジェクト

直島には美しい自然環境だけでなく、古くから人々が生活を営んできた町並みがある。本村というこの地区には、白い漆喰の壁と黒い焼板、本瓦という美しい家々が残されている。戦国時代には直島を拠点とする水軍があり、島の北東の「城山」と呼ばれる高台に海城が築かれ、瀬戸内海の東方をはるかに見渡し、制していたという。城山のふもとにひろがる本村は、言わばその海城の小さな城下町であった。今は静かなこの集落で、築100年~200年という家々の路地を歩くと、日本の原風景とも思われるやすらぎに包まれる。

それらの家の中には空き家になるものもある。それらが荒れていくのを見るにしのびず、何とか保存することはできないかと考えた。その気持ちと現代アートを使って世界にひとつしかないプロジェクトをやりたいという気持ちとから、直島コンテンポラリーアートミュージアムの活動をさらに1歩進め、本村で新たなアートプロジェクトに取り組むことにした。1997年に開始した「直島・家プロジェクト」である。

これは、現代アートのアーティストが家の空間そのものを作品化するというものである。単に古い家を絵画や彫刻の展示室として使うというのではない。アーティストは古い家、ひいてはそこで営まれていた生活や日本の伝統や美意識に対峙して、現代に生きる者として空間を作品化している。家や土地を地元の方からお借りする交渉から始めるため、ひとつひとつに数年を要するが、現在4つが完成し、まずはここでひとつの成果を得ることができたかと思っている。

角屋
直島の家を使って、アーティストたちが作品を制作する「直島・家プロジェクト」。その第1弾「角屋(かどや)」は98年3月に完成。右は、その内部に創られた「sea of Time '98」(宮島達男作)。上は、99年3月に完成した、建築家・安藤忠雄とジェームス・タレルの「南寺(みなみでら)」
sea of Time '98

穏やかな自然の中の人間

■瀬戸内海ミュージアムマップ
瀬戸内海ミュージアムマップ
直島コンテンポラリーアートミュージアム
tel. 087-892-2030 http://www.naoshima-is.co.jp
イサムノグチ庭園美術館(予約制)
tel. 087-870-1500 http://www.isamunoguchi.or.jp
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
tel. 0877-24-7755 http://web.infoweb.ne.jp/MIMOCA/

穏やかな瀬戸内海を目の前にして心と身体をのびのびと開放するとき、人間の創造性がいっそう輝くのではないだろうか。瀬戸内海沿岸には、ほかにも数々の美術館、アートプロジェクトが点在している。香川県牟礼町のイサムノグチ庭園美術館や丸亀市の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館など、それぞれの土地、そして瀬戸内海に愛着をもつアーティストに縁の深い美術館も多い。

直島でのアートプロジェクトも開始以来10年を超えた。瀬戸内海、そして直島という環境なくしては存在し得ないこの試みを、私は海とアートを愛する一人としてこれからも続けていきたいと考えている。(了)

●フォローアップ

2004年7月より、直島におけるベネッセコーポレーションのアート活動の総称は「ベネッセアートサイト直島」に、また「ベネッセハウス 直島コンテンポラリーアートミュージアム」は「ベネッセハウス」に、「直島・家プロジェクト」は「家プロジェクト」にそれぞれ名称変更しました。

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