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オーシャンニューズレター

第57号(2002.12.20発行)

第57号(2002.12.20 発行)

世界遺産「厳島神社」の修理と保存

厳島神社◆福田道憲

平安時代の荘厳で華麗な建築美を今日に伝える「厳島神社」が、世界遺産に登録されたのは平成8年のことである。過去、自然災害などによって幾度も破壊されながらも、修復と復興をくりかえしてきたが、いま、地球環境の悪化により、異常高潮の回数も多くなり、社殿が冠水に遭う回数が増えるという、これまでにない危機に直面している。

神社の由来

厳島神社と鳥居を正面から見た写真
写真:厳島神社/スタジオ千鶴

厳島は、広島湾西南にあり、大野瀬戸で本土と隔てられた周囲約30キロの島です。島の東北部弥山北麓、北西に開く小湾の奥に鎮座する厳島神社は、周辺の沿岸、島嶼部の住人が太古より、原始林に覆われた弥山(昭和4年12月17日天然記念物弥山原始林指定)を主峰とするこの島の山容に霊気を感じ、島そのものを神として信仰してきました。社殿の創建は推古天皇即位元年(593)に佐伯鞍職により現在の地に建てられたと伝えられています。社殿が海中に建てられたのは、島そのものを神様とみて、その上に建物を建てることをはばかったからです。

12世紀には時の権力者である平清盛の造営によって、現在みられる壮麗な社殿群が形成されました。この社殿群の構成は、平安時代の寝殿造りの様式を取り入れた、優れた建築景観をなしています。また、海上に立地し、背景の山容と一体となった景観は他に比類がなく、平清盛の卓越した発想によるものであり、彼の業績を示す平安時代の代表的な資産のひとつです。

日本人の精神文化的価値

社殿群は、自然を崇拝して山などを御神体として祀り、遥拝所をその麓に設置した日本における社殿建築の発展の一般的な形式のひとつです。周囲の環境と一体となった建造物群の景観は、その後の日本人の美意識の一基準となったものであり、日本に現存する社殿群の中でも唯一無二のもので、造営当時の様式をよく残し、平安時代に建築された数少ない建造物となっています。度重なる再建にもかかわらず、平安時代創建当初の建造物の面影を現在に伝える希有な例です。また、平安時代の寝殿造の様式を山と海との境界を利用して実現させた点で個性的で、古い形態の社殿群を知る上で重要な見本です。

厳島神社は、日本の風土に根ざした宗教である神道の施設であり、仏教との混交と分離の歴史を示す文化資産として、日本の宗教的空間の特質を理解する上で重要な根拠となるものであり、日本人の精神文化を理解する上で重要な資産となっています。

災禍と復興

明治になり、厳島神社も神仏分離により、社殿が仏教的色合いが強いため社殿焼き払いの名を受けましたが、最後の棚守(現宮司職)野坂元延氏が時の政府に嘆願し、現状維持の許可を得て今日に至っています。嘉永3年(1840)倒壊した大鳥居は、24年後の明治8年(1875)に再建されました。明治10年(1877)、同24年(1892)と大風雨災害に遭い、明治・大正の大修理が大正8年(1919)に終了しています。明治31年には社殿が特別保護建築物に指定されました。昭和20年(1946)9月17日に、枕崎台風の襲来により社殿後方山からの山津波により社殿西側の床下が土砂で埋まり、その量は約1万5千m3ありました。土砂搬出が同23年(1948)終了しましたが、引き続き同32年(1957)まで昭和の大修理が行われました。

戦後、文化財保護法が改正になり、社殿は国宝・一部国の重文に指定されました。それ以後も文化財建造物の専門の技師により年次計画を立てて、文化庁と相談しながら屋根の葺き替え、社殿の塗装、柱の根継ぎ等保存修理工事を継続していましたが、平成3年(1991)9月27日台風19号の襲来により多大な被害を被り、今も修理工事を続行中です。平成15、16年に御本社祓殿の屋根の葺き替えを行い、ようやく工事が終了する予定です。

建築上の工夫

厳島神社は構造的に大変優れており、長い歴史の中では、数え切れないほど台風などの自然災害に遭っていますが、現在でもなお元の社殿の姿を保つことができています。たとえば、台風や異常潮位の時などは回廊の床上まで海水があふれますが、ここの回廊の床板はわずかな隙間をもって張られており、潮に逆らわないようになっています。高潮などの海からの大きな外力に対しては、床板など外せるところは外して水の圧力を和らげるよう工夫しています。高床を支える木製の柱は、部材が簡単に取り換えられるように、床下の柱は根継ぎできる構造になっています。このように、壊れにくい部分と壊れやすい、直しやすい部分を上手に組み合わせることによって、また、その時々の人たちのご協力・ご尽力により、800年もの間変わらぬ美しい姿を海に浮かべ続けることができたのです。

厳島神社の今後

厳島神社は、平安時代の荘厳で華麗な建築美を今日に伝えるとともに、潮の干満を利用した設計は海上木造建造物群としては国際的にも例がなく、「素晴らしい文化財」との高い評価を得て、平成8年12月に世界遺産に登録されましたが、その推薦趣旨は「厳島神社の建造物群は明確な理念のもとに調和と統一をもって建造され、配置された社殿群およびその周囲に歴史的に形成された、個々に優れた建築様式による建造物から成り、社殿群は神の山々である弥山の深々として緑に覆われた山容を背景として、海上に鮮やかな朱塗りの宗教建築群を展開するという、他に例を見ない大きな構想のもとに独特の景観を展開している」というものでした。

近年、地球環境の悪化により、異常気象のためか、異常高潮の回数も多くなり、社殿が冠水に遭う回数が増えていますので、貴重な世界遺産を守るためにも、世界規模での原因究明と、地球環境がこれ以上悪化しないよう対策が必要ではないでしょうか。(了)

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