Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第579号(2024.09.20発行)
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帆船の航海が育む海洋リーダー
〜持続可能な海の未来を創る人材育成プログラム〜
KEYWORDS
海洋人材育成/セイルトレーニング/冒険教育
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所特任部長◆小原朋尚
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)では、海洋が直面する問題を解決し、将来において持続可能な海洋の利用を実現するために2030年以降に活躍する次世代の海洋リーダーを育成するプログラムを展開している。
このプログラムは2022年から5年間で100名の若者を支援することを目標としており、クルーズ船や帆船による航海実習に加え海洋に関する国際会議などへの参加を通じて、海洋が抱える課題の発見と共有、課題解決に向けた手法の設計と関係者間の合意形成を推進できる海洋リーダーの育成を目指している。
このプログラムは2022年から5年間で100名の若者を支援することを目標としており、クルーズ船や帆船による航海実習に加え海洋に関する国際会議などへの参加を通じて、海洋が抱える課題の発見と共有、課題解決に向けた手法の設計と関係者間の合意形成を推進できる海洋リーダーの育成を目指している。
海洋人材100人育成計画
海洋はいま、さまざまな危機に瀕しています。海水の温度上昇や酸性化、プラスチックごみの増加、違法・無報告・無規制漁業による水産資源の減少など、人類の存続にとっても喫緊の課題となっています。そこで(公財)笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)では、海洋が直面する問題を解決し、将来において持続可能な海洋の利用を実現するために2030年以降に活躍する次世代の海洋リーダーを育成するプログラムを展開しています。このプログラムは2022年から5年間で100名の若者を支援することを目標としており、クルーズ船や帆船による航海実習に加え海洋に関する国際会議などへの参加を通じて、海洋が抱える課題の発見と共有、課題解決に向けた手法の設計と関係者間の合意形成を推進できる海洋リーダーを育成し、その人数はすでに2024年9月の時点で79名を数えます。
その中でもクルーズ船や帆船による航海実習は、船という半ば閉鎖的で特殊な空間において非日常的な特別な体験ができることから、海洋リーダーの育成には非常に有効な手段であると考えます。筆者は長年にわたって海での野外教育、とりわけ冒険教育と言われる教育プログラムに従事し、帆船(セイルトレーニングシップ)の船長を務めた経験を踏まえ、本稿では帆船での航海体験がもたらす人材育成の効用について記します。
その中でもクルーズ船や帆船による航海実習は、船という半ば閉鎖的で特殊な空間において非日常的な特別な体験ができることから、海洋リーダーの育成には非常に有効な手段であると考えます。筆者は長年にわたって海での野外教育、とりわけ冒険教育と言われる教育プログラムに従事し、帆船(セイルトレーニングシップ)の船長を務めた経験を踏まえ、本稿では帆船での航海体験がもたらす人材育成の効用について記します。

100人育成計画参加者リスト
自然と人に向き合う学び、セイルトレーニング
セイルトレーニングとは、帆船での航海体験を通じてチームワークやリーダーシップ、自主性、決断力、チャレンジ精神、自己効力感などを育むことを目的とした人材育成プログラムで、欧州や北米、オセアニアを中心に世界各国で展開されている教育活動です。帆船での航海では、高いマストに登ったり多くのロープやセイルを操作します。大きなセイルを操作するには数十人が力をあわせて1本のロープを引き込む必要があります。さらに目的地にたどり着くためには航海計画を立て、舵の操作や見張り、海図上での現在位置や針路の確認など、役割に応じた作業を行う必要があります。一方、船内での生活は狭いキャビンでの共同生活となり、毎日の掃除や食事の準備、片付けなどもトレーニー(訓練生)同士で協力して行います。乗船してから数日間は船酔いに苦しめられることでしょう。このように帆船ではトレーニー同士が積極的にコミュニケーションを図り、協力し合わなければ安全な航海を成就させることができません。それぞれの役割や責任が明確となり、円滑に連携しなければならない状況においてチームワークの大切さを実感することができます。さらに海という大自然のなかで、刻々と変化する状況に応じて迅速で冷静な判断が求められます。
また、自然の厳しさに向き合いながら、マスト上での作業での高さへの恐怖心や船酔いによる身体的な負荷、人間関係や日々のチャレンジングな活動による精神的な負荷などこれらの困難な課題を克服することで得られる自己効力感は、新しい自分自身の未知の可能性を見出し、自信を深める機会となります。トレーニーにとって帆船での航海はまさに困難や挑戦の連続であり、コンフォートゾーン(自分自身のこれまでの経験から自分にとって居心地のいい場所や範囲)から大きく抜け出した体験ができる場であると言えます。
このように大自然のなかで、ある程度の危険を伴い、できるか否かが不確実で困難な活動を自主的・自発的に行うことで、ある一定の教育効果を得ようとする人材育成の手法を冒険教育(Adventure Education)と呼んでいます。
また、自然の厳しさに向き合いながら、マスト上での作業での高さへの恐怖心や船酔いによる身体的な負荷、人間関係や日々のチャレンジングな活動による精神的な負荷などこれらの困難な課題を克服することで得られる自己効力感は、新しい自分自身の未知の可能性を見出し、自信を深める機会となります。トレーニーにとって帆船での航海はまさに困難や挑戦の連続であり、コンフォートゾーン(自分自身のこれまでの経験から自分にとって居心地のいい場所や範囲)から大きく抜け出した体験ができる場であると言えます。
このように大自然のなかで、ある程度の危険を伴い、できるか否かが不確実で困難な活動を自主的・自発的に行うことで、ある一定の教育効果を得ようとする人材育成の手法を冒険教育(Adventure Education)と呼んでいます。

協力して帆を畳む作業を行う各国のトレーニーたち
冒険教育の原点と進化
“A ship is safe in harbor, but that is not ships are built for. (船は港にいれば安全である。しかしそのために造られたのではない) ─ William Shedd” この一文はセイルトレーニングの礎を築いたと言われている英国発祥の冒険教育機関「アウトワードバウンドスクール(OBS)」の教育現場で頻繁に使われているOBSの指導理念を表している言葉です。OBSを創設したドイツ人教育者のKurt Hahnは、第二次世界大戦中にドイツのUボートに撃沈されて海に投げ出された船員のうち、よく訓練された若い船員よりも体力が劣る歳をとった船員の方が多く生き延びた事象を捉え、当時の若者には困難に直面した際にそれらを乗り越え、生き延びようとする意欲が低く、精神力や積極性などが劣っているのではと考え、冒険教育の必要性を唱えました。当初は船員のサバイバルを目的としたトレーニングであったものの、そのプログラムは出港前の船に掲げる旗を意味する“Outward Bound”と名付けられ、単に船が攻撃された時に備えた訓練としての側面だけではなく、困難に対してまっすぐに向き合い乗り越えるまで努力を続け、自らの力で成功体験を得ることが将来の人生に対する姿勢や人に対する思いやりの心を育て、それが社会のためになるという考え方が普及し、いまでは世界33カ国・地域で展開されています。またこのOBSの基礎理念や冒険教育の手法をより短期間かつ繰り返し実施でき、普及しやすい人材育成の手法としてプロジェクトアドベンチャー(PA)が北米で開発され、日本国内でも学校や会社等で取り入れられています。
このように冒険教育は船員の訓練としての役割にとどまらず、人材育成という教育的な価値が見いだされ、商業的な目的で使用されていた大型帆船がほとんど姿を消している現代においても帆船を利用して若者の教育に活用するというセイルトレーニングは、冒険教育の一環としても注目されています。
このように冒険教育は船員の訓練としての役割にとどまらず、人材育成という教育的な価値が見いだされ、商業的な目的で使用されていた大型帆船がほとんど姿を消している現代においても帆船を利用して若者の教育に活用するというセイルトレーニングは、冒険教育の一環としても注目されています。
船は小さな地球、多様化するセイルトレーニングと海洋リーダーのネットワーク構築
近年では、セイルトレーニングはさらに多様化しており、環境教育や異文化理解を含む総合的なプログラムが展開されています。単なる航海技術の習得にとどまらず、持続可能な社会の構築に貢献する人材の育成や、グローバルな視点を持つリーダーの育成を目的とするものへと進化しています。セイルトレーニングは、冒険教育の歴史の中でその役割を変化させながらも、常に教育の重要な一翼を担い続けてきました。世界につながる海を航行できる帆船だからこそ、地球規模での課題にもその地点に直接赴くことができ、また価値観の異なる者同士が互いに協力し合える環境を創り出せることから、セイルトレーニングは人類共通の目的である持続可能な社会と世界平和の実現に大いに寄与できる教育プログラムと言えます。まさに、OPRIが実施する海洋人材100人育成計画は、次世代を担う人たちが共に学び合い、若い頃から世界的なネットワークの構築を可能とし、将来の国際連携に繋がっていくものと確信しています。(了)
●【開催報告】2023年度国際海洋人材育成プロジェクト(海洋人材100人育成計画)
https://www.spf.org/opri/news/20240410.html
https://www.spf.org/opri/news/20240410.html
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- 編集後記 (公財)笹川平和財団海洋政策研究所所長◆阪口秀