Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第560号(2023.12.05発行)

沈没艦船の取り扱いをめぐる諸問題

KEYWORDS 海洋探査技術/水中文化遺産保護条約/慰霊・顕彰
防衛大学校防衛学教育学群統率・戦史教育室准教授(元1等海佐)◆相澤輝昭

海中探査技術の発展に伴い世界各地で著名な沈没艦船の発見が相次いでいるが、そのほとんどはNPOなどのボランタリーな努力により賄われているのが実態である。
今後、さらに増大していくであろう調査分析の所要や収集資料の整理、活用、慰霊・顕彰との関係や国際法上の諸問題への対応などにも鑑みれば、これらの取り組みについては海洋を巡る新たな課題の一つとして官民の組織的、分野横断的な対応へと移行していく必要がある。
沈没艦船を巡る最近の事例
海中探査技術の発展に伴い世界各地で著名な沈没艦船の発見が相次いでいる。例えば、2015年3月、マイクロソフト社共同創業者として知られるポール・アレン氏の調査チームがフィリピン、シブヤン海で海底に沈む戦艦「武蔵」を発見したニュースを御記憶の読者諸氏も多いことだろう。アレン氏は2018年10月に亡くなったが、彼の調査チームはその後も沈没艦船探査を継続しており、ミッドウェイ海戦時の空母「赤城」、「加賀」や、南太平洋海戦時の米空母「ホーネット」など著名な艦船が続々と発見されている(折しも本稿編集中の2023年9月、米海洋大気局の支援を受けた日米の研究チームが海底に眠る「赤城」の撮影に成功したというニュースが流れた※1)。
しかしながら、そのようにして発見された沈没艦船に係るさまざまな情報資料を将来に向けどのように管理、活用していくべきかという点について確固たるコンセンサスがあるわけではなく、また、こうした取り組みはアレン氏の調査チームのごとく民間のボランタリーな努力に負っているという現実もある。そうした中で、今後さらに増大していくであろう探査の所要や収集した情報資料の管理活用、さらには慰霊・顕彰との関係や後述する国際法上の諸問題への対応などにも鑑みれば、本件は海洋を巡る新たな課題の一つとして、官民を挙げての組織的、分野横断的な対応へと移行していく必要があるだろう。海中探査技術と沈没艦船探査の問題に関しては浦環氏が本紙第467号(2020.1.20)に五島沖で海没処分された日本海軍潜水艦の探査について寄稿されているが、浦氏もここで本件に係る官民協力の必要性を強く訴えているところである。
発見時の「赤城」艦首(出典:オーシャン・エクスプロレーション・トラスト ブログ)

発見時の「赤城」艦首(出典:オーシャン・エクスプロレーション・トラスト ブログ)

沈没艦船の国際法上の位置付けを巡る諸問題
さて、最近こうした海中探査技術発展の「負の側面」も考えざるを得ない事案が生起している。わが国では一部通信社が短く報じたのみであるが、2023年5月、マレーシア、ジョホール州沖で同国海上法令執行庁に拿捕された中国船上で、マレー沖海戦で沈んだ英戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」、重巡洋艦「レパルス」から不当に回収されたとみられる金属片が発見され、これらはスクラップとして売却されようとしていた疑いがあるというものである。そして本事案に対しては英国王立海軍博物館(The National Museum Royal Navy)が即座に抗議声明を発出しているところである。
こうした事案を規制する国際法上の枠組みとしては2001年11月にユネスコ総会において採択され、2009年1月に発効した「水中文化遺産保護条約」※2があるが、同条約は「百年間水中にあった」ことを条件としており第2次大戦以降の沈没艦船は現時点ではまだその保護の対象とはされていない(この基準は策定に際しさまざまな議論があった中、沈んで間もない歴史、文化、考古学的価値が定かではない物を保護対象から除外し、締約国の負担を軽減する観点から採択されたが、基準に満たない物の中にも文化遺産としての価値を有する物も在り得るという議論もあったとされている)。
また、軍艦(公船)について言えば、他国管轄権からの免除は沈没軍艦等にも援用されるとの立場を採っている国家もあり、例えば米国は、海中にある米国の沈没艦艇、墜落航空機は場所や時間の経過にかかわらず米国の所有物としている※3。すなわち「水中文化遺産保護条約」とはまた別の観点からの考慮も必要ということなのである。そして、こうした沈没軍艦の取り扱いについては2015年8月、エストニアのタリンで開催された万国国際法学会に際し「国際法における沈没軍艦及び他の国有船舶の法的地位」に関する決議が採択されている。同決議は沈没軍艦等を文化遺産として保護するに当たっての沿岸国と旗国の調整関係や「乗員の墓所」としての性質に妥当な考慮を払うことに言及されるなど、本件問題の解決に向けての重要な示唆を与えるものとなってはいるが、それでも現時点ではその法典化に向けて具体的な検討がなされているというわけではない。このほか、もし当該沈没艦船に海洋生態系に対する有害物質が存在している場合には、わが国も締約国になっている「二千七年の難破物の除去に関するナイロビ国際条約」(通称ナイロビ条約)の規制を受けることになるという点にも留意しておく必要があるだろう。
沈没艦船の取り扱いを巡る論点整理の必要性
以上述べてきたとおり、本件は国際法上の位置付けに係る論点整理だけでも非常に複雑な構造を有しており、筆者自身も問題解決に向けて現時点で何か具体的なアイデアを有しているという訳ではない。しかしながら前述した不当な船体部品等の回収といった行為阻止はもとより、続々と発見されている沈没艦船はいずれも海中にあって鋼鉄製の船体は徐々に劣化し、いずれは崩壊してしまう物であることにも鑑みれば、少なくとも探査活動の促進と現況の記録、そしてそれらのアーカイブズ化による調査データの活用促進は、まさに喫緊の課題と言えるであろう。
そのような中、例えば、沖縄戦に際し特攻機の攻撃で大破し海没処分された米駆逐艦「エモンズ」に係る調査データを3D映像化し、歴史研究や平和教育に活用していこうとする九州大学浅海底フロンティアセンターの取り組みなどは、将来に向けての本件対応のモデルケースの一つにもなり得るものとして、筆者は大いに注目しているところである。
そしてそのためにも前述のとおり、本件は民間頼みの現況から脱却し、海洋を巡る新たな課題の一つとして官民挙げての組織的、分野横断的な取り組みの下、さまざまな側面からの論点整理が必要であろう。そのための第一歩として筆者自身も、(公財)笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)当時の同僚でもあった神戸大学大学院海事科学研究科附属国際海事研究センターの中田達也准教授をはじめとするこの問題に関心を有する専門家諸氏とささやかながらの意見交換を始めたところである。(了)
USS Emmons探査画像(©九州大学浅海底フロンティアセンター 菅 浩伸)

USS Emmons探査画像(©九州大学浅海底フロンティアセンター 菅 浩伸)

※1 Exploring Iconic Shipwrecks from Battle of Midway to Provide Never-Before-Seen Details NAUTILUS LIVE,OCEAN EXPLORATION TRUSTブログ
※2 「水中文化遺産保護条約」については本誌第453号344号333号301号197号98号を参照
※3 U.S. Sunken Military Craft Act of 2004

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