Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第560号(2023.12.05発行)

東京MOU30周年とこれからの活動

KEYWORDS PSC/地域協力/アジア太平洋
(公財)東京エムオウユウ事務局理事長◆久保田秀夫

「アジア太平洋地域におけるポートステートコントロール(PSC)に関する覚書」が1993年12月に東京で採択され今年で30年。
東京MOUとは同覚書のことであり、同覚書に基づく国際的な地域PSC協力組織のことでもある。
東京MOUの設立背景およびこれまでの活動実績とともに今後の世界の海上安全、海洋環境保全および船員の居住・労働環境の向上にむけた取り組みについても報告する。
国際的なPSCの強化と東京MOUの設立
海上安全、海洋環境保全および船員の居住・労働環境を適切に確保するために、海上人命安全条約(SOLAS条約)、海洋汚染防止条約(MARPOL条約)、船員訓練証書当直条約(STCW条約)をはじめとする数多くの国際条約が策定されている。各条約の当事国は、旗国として、自国の旗を掲げる船舶に条約の規定を遵守させる責務がある。しかしながら、各国の組織的・人的な問題もありすべての当事国がその責務を十分果たせているかは疑問符が付くところであり、特に、経済的観点から増加してきた便宜置籍船について旗国による責務が全うされず、サブスタンダード船(基準不適合船舶)と化し、海難を発生させるといった事例が相次いで発生した。
なかでも、1978年にフランス・ブルゴーニュ沖で発生した原油タンカー「Amoco Cadiz」座礁事故は、22万3,000トンの油流出を招き、フランスをはじめ欧州の沿岸諸国に大きな被害を及ぼした。この事故を受け、欧州議会は寄港国による船舶への立入検査、すなわち、ポートステートコントロール(以下、PSC)の体系的取り組みの検討を始めた。各国が別々にPSCを実施すれば、同地域で何回もPSCを受ける、あるいは検査基準の厳しさをめぐる近隣の港湾間での好ましくない競争を招くなどの問題が起きるため、PSCの実施にあたり地域での国際協力の必要性が指摘された。これら議論を踏まえ、欧州において世界で最初の地域PSC協力組織であるパリMOU(欧州・北大西洋地域における27カ国のPSC協力体制)が締結、設立され、1982年に活動を開始した。
パリMOUという地域協力の枠組みはPSCの有効な実施の観点から一定の成果を上げ、これを受けて国際海事機関(IMO)では、1991年の第17回総会で「PSCに関する地域協力の促進に関する総会決議(A.682(17))」を採択し、各国に対し、パリMOUと同様の枠組み作りの検討を要請した。
アジア太平洋地域では日本が主導して、1992年に地域PSC協力組織づくりに向けた準備会合を開催し、翌1993年12月の第4回会合で18の国・地域による署名の下、東京MOU(「アジア太平洋地域におけるポートステートコントロール(PSC)に関する覚書」)が採択された。
PSC検査の実績と効果
本年、東京MOUは1993年12月の採択から30周年を迎え、正式メンバーの数は23(2023年10月末現在)※1となる。この30年間、東京MOU域内においてPSCは一定の成果を上げてきており、近年、域内のPSC検査の実施件数は年間3万件を超え、域内において寄港実績のある船舶への検査実施率は約70%になっている。これは、域内のPSCで優良船と判定されれば、一定の期間は近隣港ではPSCを行わない等の措置があるため100%とはならないからである。
PSCの効果を測る指標の一つが、欠陥を是正するまで航行を停止するディテンション(拘留)の割合を示す拘留率である。東京MOU設立から10年程度の間は拘留率が徐々に高くなり6~8%の高い水準になっていたが、その後減少に転じ、近年では2~3%程度で推移している。この拘留率の減少は、PSCの地域協力の枠組みである東京MOUが有効に機能していることを示している(図1、2参照)。
また、2011年からは拘留回数が年3回以上の船舶を「Under-Performing Ships(劣悪船舶)」として、船名等の情報を東京MOUウェブサイトで公表している。劣悪船舶になると寄港ごとにPSC検査が行われるなどの厳しい措置が取られている。この制度を開始した2011年には91隻だったが、2022年には8隻と10分の1未満となっている。
アジア太平洋地域で活動する船舶の海難発生頻度を見た場合、東京MOU設立当初から最近では8分の1程度にまで減少しており、この海難発生頻度の減少にもPSCが一定の貢献をしているものと考えている。東京MOUでは、これまでPSC検査は商船を対象に実施してきたが、よりリスクが高いと考えられる漁船を対象にPSC検査を拡大することにしており、現在、その実施に向けた準備をしている。
■図1 東京MOU域内のPSC検査件数と船舶拘留率の推移

■図1 東京MOU域内のPSC検査件数と船舶拘留率の推移

■図2 途上国の検査件数の推移
■図2 途上国の検査件数の推移
(注)途上国として、フィジー、インドネシア、マレーシア、PNG、フィリピン、タイ、バヌアツ、ベトナムを対象にした。
地域協力による海の安全にむけて
東京MOUでは設立以来、日本財団の多大なご支援を頂きながら、域内のPSC検査官(PSCO : Port State Control Officer)の能力向上や検査手法の統一に向けた研修などに精力的に取り組んできており、5年毎に「技術協力プログラムの統合戦略計画」(5か年計画)を策定して、その戦略的な実施に努めている。具体的には、PSCOに最低限必要な知識を習得させるための一般研修(1週間の講義と2週間の船上実習。また、あらかじめ遠隔学習システムを使った事前研修(32科目)を実施)、特定のテーマに関する専門知識習得のための専門研修、経験豊富なPSCOを加盟当局に派遣し現地で座学・訪船実習等を実施する専門家派遣事業、検査方法統一を目的にPSCOを他の加盟当局の検査に参加させ自国との相違等について意見交換するPSCO交流研修などがある。
この30年で、東京MOUの技術協力プログラムへの延べ参加者数は4,500人を超える規模になった。これにより、途上国メンバーによる検査実績も増加している。また、域内を航行する船舶による国際条約の規定の遵守に関しては、そもそも旗国がその責務を果たすべきことから、こちらも日本財団の支援を得て、2019年および2022年に域内の旗国※2の政策担当者等を招集し「旗国能力の向上に関するセミナー」を開催した。これらを通して、各旗国のパフォーマンス向上に向けての意識付けが行われ、船舶の質の向上が図られることを期待している。
現在、世界にはPSCに関する地域協力組織が東京MOUを含めて9つ※3ある。世界の海を航行する船舶にPSCをより効果的に実施していくためには、これら世界の地域組織が互いに協力することが重要である。東京MOUは他の全ての地域組織との間で互いにオブザーバーとして認定し合うことにより、他の地域組織との情報交換・意見交換等を活発に行っている。
東京MOUでは今後も、より効果的・効率的なPSCの実施に向けた取り組みを継続し、世界の海上安全、海洋環境保全および船員の居住・労働環境の向上に貢献していきたい。(了)
※1 東京MOU(英文名 Memorandum of Understanding on Port State Control in the Asia-Pacific Region)https://koueki-tms.or.jp/
正式メンバーは、オーストラリア、カナダ、チリ、中国、フィジー、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、マーシャル諸島、メキシコ、ニュージーランド、パナマ、パプアニューギニア、ペルー、フィリピン、ロシア、シンガポール、ソロモン諸島、タイ、バヌアツおよびベトナム
※2 2019年はクック諸島、フィジー、インドネシア、ニウエおよびパプアニューギニア、2022年はカンボジア、キリバス、モンゴルおよびパラオが参加
※3 パリMoU、インド洋MOU、黒海MOU、リヤドMOU、カリブ海MOU、アブジャMOU、地中海MOU、Viña del Mar Agreement(南米MOU)

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