Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第53号(2002.10.20発行)

第53号(2002.10.20 発行)

技術と経営と競争力 ~造船業の復活のために~

東京大学大学院工学系研究科教授(環境海洋工学専攻)◆宮田秀明

造船業界が再生するためには、ビジネスモデルの変更、技術開発の再開、経営改革の3つを実行する必要がある。これらに着手しないままでは、いつまでたっても優秀な技術が経営を潤わせ、経営が技術の進歩を促進する正の循環を取り戻すことができない。日本中で経営力の低下が問題になっている。技術と経営のあり方を根本的に考え直すべきであろう。

1.造船技術戦略会議

議長として2年近く造船技術戦略会議※を推進しながら、最も気になり続けてきたのは技術と経営の関係である。技術開発は至って経営的な問題である。技術開発に対するしっかりした経営がなければ、技術開発や技術力維持が成功しないはずだが、このことを充分理解して下さっている経営者の方が少なそうなのだ。「いい技術開発をしてくれれば、経営が助かるよ。」といったスタンスが経営者に感じられる。技術が戦略的に重要であるという認識だけでなく、技術と経営の一体化が必要なのだ。

私は同じような経験をして、技術開発責任者として苦汁をなめたことを思い出す。2000年のアメリカズカップの時だ。速いボートができれば勝てますという声を信じて、実際、最速のボートの開発に成功したのだが、セーリングチームの能力不足・練習不足とチーム全体のいくつかの経営ミスとから、準決勝で敗退してしまった。この時のマネジメントの経験をまとめて、今夏、日経BP社から新しい本を出したのだが、そのタイトルは「プロジェクト・マネジメントで克つ」、そして帯には大きく「技術で勝ち、経営で負けるのはなぜか。」と書かれている。

2.重厚長大シンドローム

日本では重厚長大産業はいずれ衰退していくと言い出したのは誰か知らない。それより問題はすぐ集団シンドロームに陥る日本人の弱さである。造船産業の経営者さえこのシンドロームにかかっているように見える。だいいち重厚長大という規模でくくる分類法が必ずしも論理的でないことは明白である。例えば、ハードウェアに限れば、素材が製品なのか、複雑システムが製品なのかで、大小でない別の分類ができる。例えば半導体産業ではDRAMは単なる素材として扱われるようになったので、日本の半導体産業は一瞬にして壊滅してしまった。

トヨタ自動車は、日本一利益を上げている製造企業である、しかし、自動車、船舶、航空機は同種の輸送機器である。なぜ自動車は世界をリードし、船舶は韓国に苦戦し、航空機は下請けに徹することになっているのだろうか。真剣な解析が必要なのだが、一番大きいことの一つは技術開発と経営の相乗効果であろう。優秀な技術開発で経営が潤い、いい経営が技術開発を推進し、ポジティブ・スパイラルが働いて比較優位を保っていく。トヨタの技術が、格段に高いとは思えない。むしろ、常に少しだけ先を行く技術を確実に製品に反映させていく経営がなされていることが最大の強みの一つだと思う。

3.再起への三つの条件

造船のトヨタやホンダはできないのだろうか。今からでも不可能ではないかもしれない。しかし3つの条件をドラスティックかつ急速に満足させる必要があるのではないだろうか。3つの条件とは、ビジネスモデルの変更、技術開発の再開、経営改革である。

今の造船のビジネスモデルは線表ビジネスモデル一辺倒である。近視眼的でビジョンが弱々しく、知的興奮に乏しいので優秀な人材が集まらない。生産と設計・開発の分離モデル、知的財産尊重モデル、社内外ベンチャー活用モデルなども新しい組織とともに作る必要があるだろう。

現在の技術開発力は最低レベルである。「最近同型バルカーなどが中心になって、技術開発費が少なくてもやっていけるようになりました」などという言葉を経営者の方からお聞きして、二の句が継げなかったりする。十数年前から苦労して獲得した種々の高速船技術は数年のうちに霧散してしまいそうである。研究開発費が売り上げの1%以下の企業は、勉強しないでオール可しか取れない学生のようなものだ。奇跡でも起きないと大成することは難しい。

すべての源泉は経営の古さにあるとしか思えない。パフォーマンス向上を叱咤激励して進めるのは経営の一部にもならないかもしれない。早くもっと高級な経営力をつけたり、強力なエンパワーメントを行ったりするべきだろう。トヨタ、ホンダ、ソニーなど優秀な企業は間違いなくエンパワーメントに成功した企業である。私の経験の範囲内でも、例えば、失礼ながらトヨタでは部長さんの優秀さより、35才の主任の優秀さの方がはるかに比較優位がある。

4.有機体としての企業

産業や企業が健康かどうかは素人でも感じることができるものだ。某大規模研究所を訪れた東大の4年生が「生気のない薄気味悪い研究所で驚きました」、現代重工業を訪れた米国の大学教授が「良くオーガナイズされていて印象深かった」などというのは、かなり正しいことなのだ。

組織を有機体として考えて、正しく健康体に戻すことが必要であろう。しかし、現状は既に何らかの病を持つ状態なので、何らかの手術が必要だろう。こういうとき、一番安全な手術が経営統合だということが一般的に知られている。自動車産業の再編は、その処方箋で進められているのは周知のとおりである。

5.システム障害

日本中いたるところシステム障害だらけである。某銀行のシステム障害は計算機システムの障害だけではない。取締役が100人以上いること自体がシステム障害だ。日本の行政は、かなりの割合がシステム障害のまま、予算を消化しようとしているように思える。道路は物流・交通のインフラで、もっと科学的論理的に計画されるべきものなのに、国の経営者である立場の方が、しがらみだらけのため、何の定見も政策に反映させることができず、計画中のものはすべて実現させたいなどと子供のようなことを言うのはシステム障害としか言いようがない。残念ながら、こんな恥ずかしいシステム障害事例は列挙したらキリがない。

要するにすべてが科学的論理性をないがしろにした結果起きたシステム障害なのである。これを改めるためには二つのことが重要であろう。一つは科学的論理性を中心軸に捉えている私たち技術者も立ち上がって、文系理系の垣根を取り外して、いろいろな組織で論理的なマネジメントを行えるようにすることである。もう一つは教育改革である。人材育成はすべての要である。改革の糸口をたくさん作らなければならない。東京大学工学部システム創成学科は、その先駆だと自負している。来年から、テクノロジーマネジメント・コースも開設される。

大変ラジカルな論評になってしまったことをお許し願いたい。しかし、これまで築き上げてきた大切な技術世界を、歴史の必然でなく、経営のシステム障害によって失う可能性が少しでもあるとするならば、それは全力で止めなければならないと思う。(了)

※ 造船技術戦略会議=(社)日本造船工業会において、平成11年度の国家産業技術戦略(造船分野)の検討、平成12年度の造船技術戦略推進委員会における検討を経て、平成13年度より会長の諮問機関として設けられた、産官学15名のメンバーからなる会議。

第53号(2002.10.20発行)のその他の記事

ページトップ