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第50号(2002.09.05発行)

第50号(2002.09.05 発行)

東京湾臨海部の都市計画の功罪

東京商船大学商船学部助教授◆渡邉 豊

かつてお台場をにぎわせていたウインドサーファーたちの姿が、この10年で消えてしまった。これは臨海部副都心開発で生まれた高層ビル群が、海からの「風の道」を遮ったためであるが、失われたのはウインドサーフィン場だけではない。ここ数年、ヒートアイランド現象が深刻な問題となっているが、「風の道」がいかに都市開発計画にとって重要であるか、なぜ検討されなかったのだろうか。

なぜ消えた?ウインドサーフィンの若者たち!

お台場
写真:東京都提供

いつ頃からだっただろうか。お台場でウインドサーフィンを楽しむ人々の姿が影を潜めだしたのは......。少なくともほんの10年前までは、お台場といえばウインドサーフィンの注目スポットであり、外海に面したウインドサーフィン場と並び評されて、マリンスポーツ情報誌に紹介されていた。その理由は、都心から至近の東京湾の最奥部に位置しながら、そこに吹いていた"ある風"の奇跡によって、お台場では、外洋に面したビーチに勝るとも劣らない、エキサイティングなボードセーリングが可能になっていたからだ。
ウインドサーフィンはヨットと同じく海面上にそよぐ風をつかんで楽しむスポーツだ。そのため上手になるためには海面上の風を的確に読まなければならない。そんなテクニックを持った都内のエキスパートのウインドサーファーは、当時、お台場に吹いていた風の魔力を見出したのだろう。だが、今、お台場の姿は一変した。海浜公園としてきれいに再開発されたが、肝心のウインドサーファー達がいなくなってしまった。何故だ?

風の通り道であったお台場

かつて、お台場にウインドサーファー達をひきつけていたのは、あの風であった。その風が現在は吹かなくなったから、彼らが去ったのだ。その風とは、太平洋から東京湾上を卓越して通過していた南風である。東京湾は湾口から奥深く都心にまで達する広大な海面である。夏季の日中において海面の温度は地上の温度と比べて低いから、海風は東京湾に沿って北上する。これは、わたしたちが中学校で習った理科の知識である。その海風のたどり着く終着駅が、お台場周辺の東京湾臨海部であったのだ。太平洋から東京湾を通り越して吹いてくる南風は、風量、風向ともに安定していたため、ウインドサーフィンには最高のものとなり、へたな外海のビーチなどはしのぐほどスポットとなったのだ。
当時の東京湾臨海部は野さらしの埋立地だったが、お台場周辺だけは、ウインドサーファー達の賑わいから、まるで別世界であった。この賑わいをお役所も見逃すはずはなく、当時の東京都の港湾関係のパンフレット等に、東京湾臨海部の名所として随所に紹介されていたのを覚えている。

風の通り道をさえぎってしまった臨海部副都心開発

今から10年ほど前から、お台場周辺で臨海部副都心の開発がはじまった。写真(1)はちょうどその当時のものであるが、このときはまだ、お台場にたくさんのウインドサーファー達が集い楽しんでいる姿を見ることができた。ただ、そのすぐ隣の埋立地では、すでに大規模な建設が始まっており、特に、お台場の南側に隣接する場所では、高層ビルの土台作りが着々と進んでいる様子がわかる。この時点から年を追うごとにお台場の姿は現在のものへと急速に変わっていった。つまり、高層の高級ホテルやマンション、オフィスビルなどが林立してゆき、それらがすべてウインドサーファー達の南側に立ちはだかったのだ。東京湾を北上してくる南風は強力だ。それが高層ビル群にぶち当たってかき乱された後の風は渦を巻き、もはやウインドサーフィンを楽しむには不適なものとなってしまったのだ。このような風は、海面上で読むことができないからだ。写真(2)は最近のお台場の様子であるが、これでは彼らがお台場を去ってしまったのも当然であろう。

風をさえぎったつけとなったヒートアイランド

失ったものはウインドサーファー達だけではすまなかったようだ。ここ数年の都心の真夏のヒートアイランド現象は、もはや予断を許さない状況となってきた。私の住んでいるところは東京の深川で、お台場から車で10分程度のところにある。最近、夏の日中の気温は35度を超えることが珍しくなくなったが、以前はこんなことはなかったと思う。気温もさることながら特に不快なことは、風が吹かなくなったことだ。20年前、まだ私が学生だった頃の深川は、南からの海風がよくそよいでいた。風のにおいでそれだとわかるのだ。気温は高くとも風が通り抜ければ汗は引く。今はそれがない。とにかく毎日暑い。風とヒートアイランド現象との関係は、世界的な研究ですでに立証されている。それをいち早く取り入れた、ドイツのシュトゥットガルト市の「風の道」都市開発プロジェクトは、特に有名である。風が都市開発にとって如何に大切であったかは、東京湾理臨海部再開発の計画時点でも、十分認識できていたはずだ。しかし、当時、東京都が刊行した「臨海部副都心開発基本計画」には、この問題はまったく明記されていない。

なぜできない?何も足さない引かない都市開発

もし、お台場に吹く風が今でも健在であったとしたら、世界でも類を見ない大都会の真ん中の本格ウインドサーフィン場として、東京はおろか日本の世界に誇れる名所になっていたかもしれない。もし、東京湾の風の道をさえぎっていなければ、都心のヒートアイランド現象解決の糸口となっていたかもしれない。だが、失ったものはもう戻らない。都市開発とは、すべてを根こそぎ作り変えることではないはずだ。開発の前から息づいていた価値あるものに対しては、"何も足さない引かない熟成"を選ぶべきだと思う。(了)

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