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オーシャンニューズレター

第4号(2000.10.05発行)

第4号(2000.10.05 発行)

沿岸域利用の国民的コンセンサスを目指して
~「沿岸域総合管理計画」の提案~

日本沿岸域学会2000年アピール委員会委員長、日本大学理工学部教授◆横内憲久

日本沿岸域学会では、沿岸域の一元的管理を目指す「沿岸域総合管理計画」の中間報告を行った。地域固有の沿岸域を生かすべく、地方自治体等に計画策定と実行を委ねた本計画は、沿岸域保全・利用の新たな規範となることが期待される。

1.わが国の沿岸域・海洋の保全・利用を巡る動向

21世紀を迎えようとするここ数年、河川法(1997年)、海岸法(1999年)、港湾法(2000年)等の海洋に関する法の改正が次々と行われた。今後も水産基本法(仮)の制定が目論まれるなど、海洋を巡る新たなパラダイムの構築を目指す鼓動が伝わってくる。

これらの法改正の共通する概念としては、これまでの特化していた単一的機能から多機能化への移行、および環境保全の促進といえる。たとえば、改正海岸法では、これまでの「防護」機能に加え、「環境」(海岸環境の整備と保全)と「利用」(公衆の海岸の適正な利用を図る)が加わり、海岸の法制上の機能は拡大した。

さらに、共通する内容として、法で定めた個別の空間(海岸・港湾等)の保全・利用のあり方に対する地元市民、自治体および利害関係者等との合意形成を図ることや、その延長上にある管理・計画・方針等の策定を規定化したことである。つまり、法の目的を達するための手段やシステムなどを管理・計画等として明確にし、それを周知・実行の担保にしようとするものといえよう。

一方、これら個別の空間の枠を超えて、わが国の沿岸域や海洋全体の保全・利用を、ある目標のもとに計画的に推し進めようとする動きも出てきている。国土庁は、「21世紀の国土のグランドデザイン」(1998年3月)での「沿岸域圏の総合的な管理計画の必要性」を受けて、1999年2月にわが国の沿岸域を対象とする総合的管理計画の方針を明らかにした(※1)。また、経団連では、本ニュースレター創刊号にも紹介されている、「21世紀の海洋のグランドデザイン」を本年6月に明らかにした。ここでは、わが国の200海里水域(EEZ)に注目し、その有効活用のあり方を、海洋開発ネットワークの構築にあると提言している。

これらの動向からいえば、今後の沿岸域・海洋利用は、環境保全を基調に、明確な基本方針や利用計画等に従い、一元的・総合的に管理運営する方向にシフトしていくと思われる。

2.沿岸域総合管理計画の概要

このようなパラダイム・シフトのなか、沿岸域や海洋を研究・活動対象とする、日本沿岸域学会(2000年アピール委員会)においても、学会独自に21世紀のわが国の沿岸域の保全・利用・管理等のあり方を示す、「沿岸域総合管理計画」の策定に1999年より着手した。そして、その成果を「2000年アピール」(中間報告)(※2)として、本年7月19日に公表した。そこで、今後の沿岸域・海洋利用等の考え方の一助になればと、今回提案した沿岸域総合管理計画の核となる計画策定の意義と特徴的内容を紹介する。

2-1.沿岸域総合管理計画策定の背景と意義

沿岸域総合管理計画のねらうところは、約3万5000kmといわれる、わが国の海岸線を挟んだ陸域と海域(沿岸域)を、一元的に管理運営(management)していくことにあるのは自明である。しかし、何故その必要があるのか、これを策定の背景から説き起こしてみたい。

これまでわが国には、海洋の保全・利用を統括的に捉えようとする考え方はあまりなかった。ましてや、アメリカの沿岸域管理法やフランスの沿岸域法などの沿岸域全体を包括した法制はない。この法制がないということは、わが国において海をどのように活用するかといった、国家的・国民的コンセンサスが存在していないともいえる。今回の総合管理計画策定の最も大きな意義は、これを明らかにすることにあり、端的にいえば、国土空間としての海洋の保全・利用に対する国家的・国民的な「意思」(コンセンサス)を明確にしようとするものである。

策定を促したキーワードは、「環境」と「利用」である。われわれは、これまで、開発に代表される利用については多くの経験をしてきたが、同時に環境の重要さも学んだ。最も重要な点は、環境と利用(経済といってもいいが)のメカニズム、およびその空間的領域が大きく異なることである。広い領域と長い時間によって成り立つ環境と、点的で経済状況に敏感に反応する利用が混在する沿岸域は、あまりにも対照的である。このままの状態を放置しておけば、同一空間にふたつの異なるメカニズムが輻輳して展開されることになり、その歪みから調整や修正が効かなくなるばかりか、健全な国土空間の喪失にもつながりかねない。調整等を効かすには、目標を定め、常にそのズレを監視・修正するシステムが必要となる。この目標が「意思」に当たり、システムが「計画」となるのである。

現行の各法制においても、法の目的のもとに特定の空間領域・機能を定め、目標(目的)やそれを達成させるシステムは有しているが、それら個別の空間や機能を貫く意思やシステムは明確ではない。環境と利用を同一空間に健全に展開させるには、個別空間のシステム等を超える、上位となる考え方が必要となろう。総合管理計画の「総合」とはまさに、個別を貫く意味であると理解されたい。

2-2.沿岸域総合管理計画の特徴的内容

沿岸域総合管理計画の内容は、大きく、計画の「目標」とそれを進める「組織体制」、そしてそれらの実行を担保する「法」の提案の3つであり、これが主な特徴ともなる。

まず、目標としては、2000年時点の環境水準を最低維持(no-net-loss)し、環境回復や創造を促すこと(net-gain)を掲げている。また、沿岸域での利用・開発は決して否定されるものではないが、環境のメカニズムにできるだけ合わせて、「正しい状態を保たせ(sustainable)、ゆっくり展開させていくこと(development)」という本来の持続可能な発展を図ることとしている。

これらの目標を実行させる組織体制(主体)としては、原則として、都道府県単位で沿岸域を管理運営する「広域管理主体」と、その中の市町村単位で日々の管理運営を行う「狭域管理主体」との二重構造としている。広域管理主体は、当該地域の沿岸域・海洋の特性や産業・歴史・文化などを考慮して、すべての保全・開発行為等を統括する「沿岸域総合管理計画」を策定し、また狭域管理主体はこれを遂行する機関となる。国土空間としての沿岸域・海洋は、国が一括管理をすべきであるという見解もあるが、地域の独自性や主体性を促すためにも、国は最低必要な目標水準(ミニマムスタンダード)を示すにとどめ、地方公共団体等に委ねる点に重きをおいている。

さらに、総合管理計画や管理主体に実行性・権限等を持たせるべく、「沿岸域総合管理法」といった新たな法の制定も提案している。提案とはいえ、新法の制定は、さまざまな議論を呼ぶところであるが、少なくとも沿岸域の現状は、それを要請する深刻な状態にまできているという認識を持つべきであろう。

小論は、2000年アピールの一部に過ぎないが、エキスともいうべき内容は述べたつもりである。最後に、ここで提案した沿岸域総合管理計画の考え方等が、わが国に残された最後のフロンティアである沿岸域を賢明に活用すること(wiseuse)の一翼を担い、海洋の新たなパラダイムの構築に寄与できればと切に願うものである。

なお、以上の記述は、あくまで中間報告であり、2000年アピール委員会およびとりまとめ責任者(委員長)としての著者個人の見解であることを付記する。また、最終提案は、本年12月1日に行われる、学会主催のシンポジウムにおいて報告される予定である。(※3)

 

著者からの注および参考文献

※1.沿岸域における多様な利用者間調整のあり方に関する調査会、1999、沿岸域における多様な利用者間調整のあり方に関する調査

※2.日本沿岸域学会2000年アピール委員会、2000、沿岸域総合管理計画の策定に向けて(案)

※3.2000年アピールの詳細は、日本沿岸域学会のホームページに掲載されているので参照されたい。
http://www.jaczs.com/03-journal/teigen-tou/jacz2000.pdf

 

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