Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第490号(2021.01.05発行)

漁業者とともに水産業を成長産業に

[KEYWORDS] 水産政策/資源確保/水産業の未来と協力
(国研)水産研究・教育機構理事長◆宮原正典

政府は2018年から「漁業改革」を進めている。食糧危機や領土問題もにらみ、日本の漁業を成長させる試みだ。
(国研)水産研究・教育機構ではこの政策に沿って、2020年の夏に大きな組織改編を行った。
水産資源の回復と水産業の成長化という二つの課題に、漁業者とともに取り組み、成果を出していきたい。

新たな水産政策に向けた組織再編

(国研)水産研究・教育機構は、水産庁付属の9つの研究所により発足した独立行政法人水産総合研究センターを母体に、段階的に水産関係4機関を統合した。統合された13の機関はそれぞれに施設を保有しており、研究所や大学、比較的小さな事業所などを含めた45カ所を、当機構がまとめて引き継いできた。しかし、これだけの施設を当機構の予算で抱えていくのは難しく、2020年7月にこれらの研究所を「水産資源研究所(横浜市)」、「水産技術研究所(長崎市)」の二つにするなど研究開発部門を再編し、図1に示すような新たな組織体制に移行した。この背景には、水産業をめぐる諸情勢が変化していることが挙げられる。2018年12月に漁業法が一部改正されるなど、ここ数年来、国は新たな水産政策を進めている。政策の柱は二つある。一つは水産資源が減少している状況に回復の道筋をつけることで、資源管理のための科学的な資源評価などを水産資源研究所が担う。もう一つの柱は水産業を成長産業化させることで、そのための一つの手段である養殖などの技術を水産技術研究所が研究する。まさに政策に沿った形での再編となった。
当機構は、政府の研究所であり、政策をバックアップする研究が求められている。そのなかで改革を進めるということは、かつては世界をリードしていた日本の水産業の現状が良くないということの裏返しである。国内は零細な漁業者が非常に多く国際競争力が低い状態であり、様々な理由で日本周辺海域の漁業資源が減少しているなかで、今後の水産業の将来を描く基礎をわれわれが作るための対策をする必要がある。その一つとして、2023(令和5)年度までに当機構で行う資源評価の対象魚種を80種から200種に増やし、評価の精度を向上させるという目標が与えられている。それに加えて、地球温暖化などに起因する、これまで経験したことのない大きな環境変化を踏まえた対策も同時に行っていかなければならない。
研究と同時に対策も行わなければならないのは養殖も同じで、新しい技術の開発とともに、自然災害的な障害に対してレジリエンス(=抵抗力)を持った業界にしていく必要がある。分野横断的な課題に対し、組織とは別に研究者が横に連携していく体制も作り、日本の水産業の国際競争力強化や、資源減少への対策など、2021年度から始まる新しい中長期計画の中で成果を出していきたい。

■図1(国研)水産研究・教育機構の組織体制
アカジン(スジアラ):成長産業化の一環として(国研)水産研究・教育機構で海外輸出のビジネスモデル構築に取り組んでいる

周辺海域における漁業資源の確保

海外機関との協力が重要な一方で、漁業資源の確保では周辺国と競合関係にある。日本周辺海域では、ロシアや中国、国交のない北朝鮮などといった国々も操業している。日本が漁業資源をしっかり管理しようとしても、公海に出た魚が他国の漁船に捕獲されてしまえば努力が無に帰してしまう。とくに公海域の漁獲に関する国際協定に基づき合意を達成してそれを互いに順守していくため、当該海域でファクトを積み重ね相手国を説き伏せていくため、われわれが国際機関等に客観的な科学的情報提供をしていくことが重要と考えている。現在、当機構の研究者が、衛星からの情報をもとに当該海域での漁獲操業の様子を明らかにする試みを、グーグル傘下団体のグローバルフィッシングウォッチ、豪州の大学と三者共同研究で行っており、成果を公表する予定である。
また、今後の戦略を作るうえで心に留めておかなければならないのは、日本周辺海域の生産性の高さである。とくに三陸沖・太平洋沿岸は、そこだけで世界の漁獲量の4分の1をあげるポテンシャルを持ち、しかも漁場として日本から近いという素晴らしい海である。世界は今後20~30年の間に、深刻な食糧危機になると予想されている。とくにたんぱく質の不足が顕著になる中で、日本は大変有利な資源を持っていると言える。今から投資も含めてこの海を戦略的に確保し、機能を維持強化していくべきだと考えている。

地域の、そして日本の漁業を守る

水産業界は、海外では成長産業になっているが、日本では労働環境も厳しく、なかなか若い人が参入してくる分野になっていない。これからは漁業でもIT 技術を取り入れる必要があり、当機構の水産大学校をはじめ、水産学教育の高度化も進めていきたいと考えている。漁業は、先述の将来の食糧難だけでなく、領土問題や海の国境線維持にもかかわっている。近年は日本の主権や主権的権利が及ぶ海域でも他国漁船が許可なく操業している実態がある。日本の離島の主要産業である漁業を支援し維持しないと、国土保全上さまざまな問題が起こる可能性がある。当機構では、島の漁業の未来をつくる地方創生の一環として、環境省や民間企業から支援を受け、マグロ養殖が大きな産業になっている長崎県の五島市で洋上風力発電から作った水素燃料を漁船に使う研究事業に従事している。
魚が獲れなくなっている中で、養殖業ではウナギの完全養殖の実現に向けて、シラスウナギの人工生産技術の進展とコスト削減に取り組んでいる。一方、サケの孵化放流では、近年母川への単純回帰率が下がっており、海況変化や放流時期などサケの成長に係る様々な要因について研究を進めている。日本沿岸の海況調査には、8隻しかない当機構の調査船では都道府県の調査船の協力を得たとしても不十分なため、民間の漁業者に協力をお願いして、漁船や定置網などにセンサーを取り付けて様々な海域で観測し、それを統合して沿岸海洋の詳細な状況を把握するプログラムを開始した。
われわれのような研究機関は、国の政策に沿うことはもちろん、都道府県各自治体、各地の漁業者の方たちと問題意識を一つにしていかなければならない。先述した漁船での情報収集への協力を呼びかけ、また、その地域で何か困っていることがあるならば、われわれに解決への協力をさせてもらいたいと考えている。われわれは第三者的な立場ではなく、漁業者の方と同じ土俵に立ち、一緒に課題に取り組み、成果を出すという点を第一義に考えている。(了)

  1. 「IUU漁業の撲滅にむけて~研究機関の取り組み~」、Ocean Newsletter第452号(2019.6.5発行)参照
  2. 本稿は『時評』第62巻第8号に掲載されたインタビューをもとに作成しました。

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