Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第490号(2021.01.05発行)

ダイヤモンド・プリンセス号事案と日本の役割

[KEYWORDS]新型コロナウイルス感染症(COVID-19)/国際保健規則/寄港国
同志社大学教授◆坂元茂樹

2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルス感染症が発生したことにより、感染症の侵入を防止したいとする沿岸国法益と海上交通の安定の維持という国際法益の対立が浮き彫りとなった。
寄港国単独では解決できない問題が多く、船舶の旗国や運航国といった関係国との国際協力が不可欠であり、そのための新たな国際ルール作りが必要である。

可視化された法の欠缺

世界保健機構(WHO)は、2020年1月30日に新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of InternationalConcern: PHEIC)」と宣言した。その直後の2月3日、厚生労働省は、横浜検疫所による臨船検疫を大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で実施した。なぜなら、香港で下船した同号の乗客が新型コロナに感染していたことが判明したからである。乗客乗員全員に対する新型コロナに関するPCR検査を行ったところ、次々と陽性反応者が判明し、合計712人(うち死亡13人)となった。
ダイヤモンド・プリンセス号の旗国は英国であるが、同号の運航会社は米国法人であり運航国は米国となる。同船が横浜港に寄港したので日本が寄港国となる。今回のようなクルーズ船内で発生した感染症について、旗国、運航国および寄港国のいずれの国が感染拡大防止の第一次的責任を負うのか国際法上明確な規則がないことが判明した。同時に、寄港国として取り得る強制的措置はどの程度まで許容されるのかという問題も浮上した。具体的にいえば、患者のための医薬品等の搬送などについて当該船舶の船長の同意がなくても寄港国は強制的に搬送ができるのかといった点などである。

沿岸国法益と国際法益の対立

今回のダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大で浮き彫りとなったのは、感染症の侵入を防止したいとする沿岸国法益と海上交通の安定の維持という国際法益の対立である。そもそも感染症患者を多数抱えた船舶の寄港を沿岸国は認めなければならないのであろうか。なぜなら、沿岸国としては感染症の侵入を防止したいという沿岸国独自の法益があるからである。実際、2020年2月7日、日本は同じく新型コロナを発症した乗客を乗せた大型クルーズ船ウエステルダム号(旗国:オランダ)が予定していた那覇港への寄港を拒否している。沿岸国は港湾に対して主権を有し、外国船舶の入港の自由は認められていない。つまり沿岸国は、外国船舶の入港を認めなければならない法的義務を負うわけではない。例外は、船舶が海難に遭うまたは荒天などの緊急時、不可抗力の場合である。もちろん、沿岸国が他の国と予め通商航海条約を締結し、相手国との間で開港の義務を負う場合は、当該条約上の義務として外国船舶の入港を認める義務を負う。問題は感染症患者が乗船した船舶の場合はどうかということになる。14世紀、地中海・アドリア海を中心に海上輸送を担った商船団と沿岸諸都市国家は、船舶・人・物資の移動とともに感染症の病原体も移動することを経験した。当時、黒死病として恐れられたペストの流入を防ぐために生み出されたのが一定期間の隔離措置であった。
1347年のペストの大流行以来、ヴェネツィアは、港において汚染されたおそれのある船舶・乗組員・貨物を隔離し、その間ペストが発生しなければ入国させるという方法を採用した。1377年当時は30日であったが、1448年に10日間延長され40日となり、40を意味するquarantineが検疫(quarantine)の語源となった。21世紀の今日、この問題を規律する条約が、WHOが採択した国際保健規則である。他方、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)により、交代のための船員の乗船または下船を阻止し、入港拒否を行う国が後を絶たない状況となった。国連事務総長が、2020年6月17日の記者会見において、世界で200万人いる船員のうち数10万人がどこにも上陸できず、数か月にわたり海上に取り残されていると述べたように、事態は海上交通の安定の維持や船員の人権の面でも深刻なものとなった。

国際保健規則と日本の検疫法および感染症法

PHEICは国際保健規則に基づいて認定され、今回が6例目である。国際保健規則は、加盟国に対し、原因を問わず国際的な公衆衛生上の脅威となるすべての事象を了知した場合、24時間以内にWHOに通告することを義務付けている(6条)。
通告を受けたWHOは、加盟国に対し、感染症および感染が疑われる者の出入国制限や、一定の条件のもとでこれらの入国拒否が可能であることを勧告する。これにより、同規則附録第1の1.(b)「指定した空港、港及び陸上越境地点における活動」として検疫を実施できるものの、国際保健規則2条は、その目的を、国際交通に対する阻害の回避と疾病の国際的拡大の防止としている。
日本で、国際保健規則の国内実施の役割を担うのが検疫法と感染症法である。日本は、感染症の侵入防止のために検疫法を定め、「国内に常在しない伝染病の病原体が、船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するとともに、船舶又は航空機についてその他の感染症の予防に必要な措置を講ずること」(1条)を目的としている。具体的には、一類感染症(エボラ・ウイルス感染症やペストなど)、二類感染症(新型インフルエンザ、鳥インフルエンザH5N1)および四類感染症(デング熱、マラリア)の11疾患である。
検疫法は、その34条で、検疫感染症以外の感染症が外国において発生し、検疫を行わなければその病原体が国内に侵入し、国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあるときは、政令で感染症の種類を指定し、1年以内の期間に限って検疫法の全部または一部を準用し病原体の侵入を防ぐことができると規定する。
日本は、2020年1月28日、「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令」に基づき、名称を「新型コロナウイルス感染症」と定め、「二類感染症」に分類した。検疫は、検疫法施行令別表1に掲げる全国89港の検疫港で実施し、日本の港に入港する外国から来航したすべての船舶は検疫を受け、検疫後でなければ、入国・上陸・貨物の陸揚げはできない(4条1項)。
なお、国際保健規則25条は、締約国は、寄港することなく管轄水域を通過する船舶に対して公衆衛生上の措置をとってはならないことを規定している。

日本の役割

今回のダイヤモンド・プリンセス号の事案は、感染症の拡大を防ぐために、船舶の旗国、運航国および寄港国の権利義務関係を規定する法の欠缺を明らかにした。今回日本が直面した問題には、寄港国単独では解決できない問題が多く、船舶の旗国や運航国といった関係国との国際協力が不可欠である。そのための新たな国際ルール作りが必要である。その新たなルールの形成にあたって、今回、寄港国として本事案を経験した日本は、その経験に基づいてどのような新たなルールが、とりわけ海洋法の分野で必要なのかを提言できる立場にあるように思われる。
なぜなら、日本は、感染症の侵入防止という沿岸国法益を守るために行動しただけでなく、海運国家として海上交通の安定の維持、言い換えると船舶航行の自由の確立という法益も同時に有しているからである。日本は、海洋秩序における均衡のとれた新たなルールの作成にあたって最適な立場にあるため、その強みを生かし先導的な役割を果たすことを期待したい。(了)

大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号(2019年、ウラジオストク港)

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