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オーシャンニューズレター

第48号(2002.08.05発行)

第48号(2002.08.05 発行)

地球環境変動解明のためにプランクトンセンターの設立を

地球フロンティア研究システム研究員◆千葉早苗
監修 東京大学名誉教授◆奈須紀幸

将来の地球温暖化のシナリオにおいて、海洋は温暖化ガスである二酸化炭素の最大の吸収源であり、プランクトンはその吸収量を左右する。地球環境科学の視点から現在のプランクトン研究における課題にシステマティックに取り組むためには、わが国のプランクトン研究の中核となる組織の設立が望まれる。

地球温暖化とプランクトン

地球環境は物理/化学/生物的過程の相互作用からなっている。生物は環境変動に対して受身なのではなく、生物活動によるフィードバックがまた地球環境を変化させていく。例えば、地球の大気が現在のように酸素が豊富な組成となり、生命にとって有害な紫外線を遮るオゾン層が形成されたのは、数十億年前に海に現れたシアノバクテリアの光合成によるものである。

翻って現代、大気中の二酸化炭素(CO2)上昇による地球温暖化(の可能性)は世界的な問題である。海洋は増加したCO2の吸収源として機能するが、その一端を担うのがプランクトンである。海水にとけこんだCO2は植物プランクトンの光合成により固定され、さらに動物プランクトンによって食べられて糞や死骸といった「重い」粒子になることにより、深海へと急速に輸送される。これがいわゆる生物ポンプと呼ばれる働きである。ただし、生物ポンプの効率は海域のプランクトン組成の変化にともない変化する。効率が低下すれば植物プランクトンが固定したCO2は深海へと運ばれずに表層でリサイクルされて大気へと戻ってしまい逆に温暖化を加速するようなこともあり得る。しかし、どのような環境条件でどのくらい生物ポンプの効率が変化するのかについては不明な点が多く、そのために将来の海洋のCO2吸収量を見積もることが難しくなっている。温暖化の影響を正確に予測するためには、プランクトンの変動メカニズムを知ることが不可欠なのである。

プランクトン研究がかかえる問題点

しかしながら地球環境変動という視点からプランクトンを研究するには次のような問題点がある。

1.データが少ない

生物関係のデータポイントは歴史的に見ても非常に少ない。環境変動とプランクトン組成の変化の相互作用を理解するためには、一定の採集方法で物理/化学データと同じ時空間スケールで観測をする必要がある。

2.時間がかかる

生物ポンプの効率を左右するのは植物/動物プランクトンの組成であるので、採集した標本は種/サイズレベルまで掘り下げて解析する必要がある。しかし、プランクトンの解析には多大な労力と時間がかかるため、現存量を計ったのみで放置あるいは廃棄されている標本が少なくない。さらに、種の同定や分類ができる人材は世界的にも減る一方である。

上記2つの問題点について、植物プランクトン分野ではかなりの進展が見られる。まず、衛星データの利用によって二次元データが連続的に得られるようになった。また色素分析、サイズ別分析により比較的容易に組成がわかる。よって、ブレイクスルーが必要なのは主として動物プランクトン分野にある。まず問題1に対して、動物は衛星からは観測できないので、様々な連続採集機器による現場モニタリングの実施が推奨されている。これは従来のプランクトンネットによる「点」の採集を「線」の採集に広げるということである。とはいっても、モニタリングで得た大量の標本の解析は、依然として顕微鏡による手作業が主体であり、問題2は解決しない。

■プランクトンセンターの概要
■プランクトンセンターの概要

プランクトンセンターの設立

それではいったいどうしたら良いのか。画期的な分析技術の開発が必要なのであろうか。いやむしろ、採集した試料を迅速に且つ最大限に利用できるような体制を整えることがまず大事なのではないだろうか。そこで、地球環境科学の視点から現在のプランクトン研究における課題にシステマティックに取り組むために、省庁の枠組みを超えてわが国のプランクトン研究の中核となる組織「プランクトンセンター」の設立を提唱する。ここでは主として動物プランクトン分野におけるセンターの役割について説明する(図参照)。

1.まず各種モニタリングプログラムにより採集したプランクトン標本を収集する。また、過去様々な機関が様々な目的で採集し、解析されないでいる標本を譲り受け、整理保管する。

2.得た標本は速やかに分析し、種/分類群組成を明らかにする。このために分類技術を持った人材を育成し、同時に雇用の機会も与える。

3.分析結果はデジタル化、データベース化し一般に公開する。プランクトン情報のデータベース化と普及に関してはわが国では日本海洋データセンターが実施しているが、トータルな生物量データが主である。プランクトンセンターでは種/分類群ごとの生物量を扱う。また、生物ポンプの機能を明らかにするには、生物量情報だけでなく、生産速度、摂餌速度といった生理的な情報を得ることが必要である。そうした試みは従来個人の研究者が過去の文献を整理することによってなされてきた。しかし、毎年多くの論文が発表されている今、プランクトンセンターでそのような文献を継続的に収集しデータベース化することにより効率的に法則化/一般化が可能になれば、温暖化の影響を予測するモデルをつくるにあたって非常に有用なパラメータを提供することができるだろう。

4.最後にこれはとても大切な役割であるが、広く一般の人々に生物としてのプランクトンの魅力を伝えるとともに研究の重要性を訴えることである。このために、映像を駆使した講演や飼育展示に加え、参加型の(さわれる、動かせる)展示を行うアクアリウムならぬプランクトナリウムを設置できれば理想的である。

実現にむけて

以上は、わが国の経済事情が芳しくない現状において非現実的な構想であろうか。しかし、数百億円を要する巨大科学プロジェクトが立ち上がっていることを考えれば、プランクトンセンターの設立はそのほんの一部の予算で可能であろう。また、海洋観測にかかるコストと労力が大きいことを考えると、観測で得た標本を同センターの設立により効率的に利用して社会に還元することは、むしろ経済的に無駄のない取り組みであるといえる。欧米ではプランクトンの長期データを用いて気候変動と海洋変動のメカニズムを解明しつつある。プランクトンが語る情報を最大限に引き出し、地球環境変動の解明に貢献するために、海洋立国であるわが国におけるプランクトンセンターの立ち上げを期待する。(了)

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