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オーシャンニューズレター

第48号(2002.08.05発行)

第48号(2002.08.05 発行)

海洋ビジョンを見すえた次世代海洋構造物

東京大学大学院工学系研究科助教授◆鈴木英之

わが国にとっても21世紀を見通した海洋ビジョンの策定が急務となっている。技術面からの新しい発想がこのビジョンの新たな展開に貢献できると考え、「次世代海洋構造物」というハードウェアの観点からまとめてみた。ここでは浮体式構造物による「EEZ海洋総合管理基地」と「広域型移動式防災基地」について紹介しながら、これらが海洋に果たす役割りについて論じてみたい。

1.何が求められているのか?

21世紀を見通して海洋を総合的な観点から捉えたとき、わが国が重点的に取り組むべき海洋ビジョンを策定することが必要となってくる。ここではその一つとして「次世代海洋構造物」というハードウェアの観点からの一提案を紹介する。構造物はいわばビジョンを実現する上でのツールであるが、一方で、技術から新鮮な発想が提案できればビジョンの新たな展開にも貢献できると考え、あえて構造物というハードウェアの面からのアプローチである。

2.海洋への新たな取り組み

わが国が国連海洋法条約を批准したことは、多くの国民が知るところである。しかし、その意味するところは必ずしも正確に理解されていない面がある。同条約が制定に至る長期の議論の最中には、地球環境問題が現実味を帯びるなど、人類を取り巻く状況も大きく変わり、われわれの世界観、地球観も大きく変わった。その結果、「海洋は人類の共同財産である」というまったく新しい概念が取り入れられ、前文においてその柱が、(1)海洋の平和、(2)経済的側面、(3)環境問題と規定された。海洋は人類共通の財産であるとともに、人類のために保全、保護されなければならない義務の対象としても位置づけられている。

わが国に目を向けると、21世紀には地球環境問題や資源・エネルギー・食料問題、さらには少子高齢化など制約的な問題が顕在化することが予想される。このような観点から経団連によって提唱されている「21世紀の海洋グランドデザイン」の柱である(1)海をよく知る、(2)海を賢く利用する、(3)海を守るという3つの視点を採用しつつ表1のように海洋におけるわが国の活動をまとめた。

今後顕在化するであろう制約の中で、わが国が高い生活レベルと活力を維持しつつ課せられた義務を果たすためには、社会を無駄なく効率的に運営してゆかなければならない。ここに提案する海洋に設置される構造物という個別課題についても、仮に安全保障、国際貢献、技術戦略といったものでも、十分な最適化と低コスト化が求められる。次世代海洋構造物も提案、実現にあたっては必要にして十分な性能を保持しつつ効率的なものでなければならない。

表1 海洋利用の形態と海洋構造物の用途
分野分類具体例

海を知る

海洋科学調査地球環境研究

海を守る

地球環境CO2海洋隔離
EEZ管理EEZ総合管理

海を利用する

防災防災基地
生物生産海洋肥沃化、人工湧昇流、深層水利用、海洋牧場、養殖
資源エネルギー開発メタンハイドレート開発、海底鉱物資源、自然エネルギー、備蓄基地、発電所
交通・物流海上空港、浮体橋、ヘリポート、飛行船基地、洋上中継基地、コンテナターミナル
生活ゴミ焼却、レジャー施設、アミューズメント施設、ホテル、海洋都市
港湾移動桟橋

3. 次世代海洋構造物

わが国が海洋で活動する上で必要となる海洋構造物という観点からいくつかの提案を行ってみる。1)"海を知る"という観点からは、沖合いおよび沿岸域に設置する「洋上地球環境研究センター」、2)"海を守る"という観点からは、沖合いに設置する「EEZ海洋総合管理基地」、3)"海を利用する"との観点からは、沖合いに設置する「メタンハイドレート等深海資源開発基地」「広域型移動式防災基地」「沿岸開発用海洋構造物」「海洋への生活圏拡大用構造物」を提案したい。その中から、ここでは「EEZ海洋総合管理基地」と「広域型移動式防災基地」について紹介する。

(1)EEZ海洋総合管理基地

■図1 EEZ海洋総合管理基地
図1 EEZ海洋総合管理基地

広大なわが国の200海里経済水域を有効に管理するためには、適切な位置に基地を配置し、排他的経済水域内に発生するさまざまな事象に短時間で対応することが、必要かつ重要になる。海上パトロール、取り締りは近くに島など陸上基地が確保できる場合には問題ないが、国際情勢に応じてその時々重要となる海域に短時間でアクセスするためには、どうしても洋上に基地を設ける必要があり、浮体式の洋上基地が必要になると考えられる。そこで、比較的長期間にわたって200海里内の洋上、特に縁辺部にとどまり洋上秩序の維持や調査に従事する施設を提案する。洋上秩序の維持はさまざまな側面を有するため、関係省庁、機関の人間や研究者、技術者、一般研修者が滞在して、活動できる施設とすることを想定した。また、ヘリや、輸送能力と航続距離から最近注目されている飛行船により、陸上との連携を密に取りつつも、比較的長期にわたって多種多様な人材が生活を共にするためには、安全性、耐波・耐動揺性が高く、空間的余裕のある陸上に近い勤務と作業が行える環境が必要である。また、科学調査、学習、情報基地など多目的の機能を有するシステムとすることが望ましい。このような観点から、スパー型浮体(鉛直タワー状浮体)を提案した。施設としては格納機能、宿泊施設、研究棟、レクリエーション施設、飛行船係留装置などがあげられる。

(2)広域型移動式防災基地

■図2 広域型浮体式防災基地
図2 広域型浮体式防災基地

平成7年に発生した阪神大震災においては、神戸港内にいた船舶、浮体はほとんど被害を受けることが無かった。この経験を活かして、湾内の比較的静穏な海域に活動範囲を限定されるもののポンツーン型(平面状箱型浮体)の浮体式防災基地が東京湾、伊勢湾、大阪湾に設置された。一方、有珠山の噴火、三宅島の噴火など最近の災害に際しても、現場の沖合いに急速に展開し、指揮の前線本部となり、物資の輸送、人命救助などの対策の本部となる防災基地を望む声が大きかった。このような背景のもとに、広域型浮体式防災基地として浮体式の防災基地を提案する。大型の災害が発生した時には外洋を航行して短時間で被災地に急行し、指揮、物資の輸送、被災者救助の基地として機能する防災基地である。東アジア地域のおける活動も視野に置いたものとする。

施設としては大型ヘリなどの離着陸が可能で、医療設備、宿泊施設、倉庫機能を有することが必要である。(了)

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