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オーシャンニューズレター

第44号(2002.06.05発行)

第44号(2002.06.05 発行)

海上自衛隊の指導者育成と"海"

三井造船(株)顧問、元海上自衛官◆古澤忠彦

海上自衛隊は、新しく任官した幹部自衛官に対して、昭和32年以来、途切れることなく遠洋航海を実施している。遠洋航海の目的は、海上におけるさまざまな訓練を通して、若き自衛官に優れたシーマンシップを身につけてもらうことにあり、10年後、20年後に国際性豊かな指揮官・指導者となることが期待されている。

遠洋航海の概要

「海」から人間が得られる教育的恩恵の一つに「シーマンシップ」がある。海と人とが関わりあって、決断力、実行力と共に自主性・積極性と謙虚さが培われる。

海上自衛隊は、毎年、新しく任官した幹部自衛官に対して、昭和32年以来、途切れることなく遠洋航海を実施しており、今年で45年目を迎える。遠洋航海の目的は、海の「場」において、海と船を「手段」として、海と人との関わりを「理解、実践」することによって、船上の実務を体得し、シーマンシップを涵養することで、自主性に富む責任感旺盛な指揮官・指導者を育てることである。海は、使命感に満ちた指導者を育てるに絶好の場と教材を提供してくれる。

遠洋練習航海は、行き先別には、概ね(1)北米コース(2)南米コース(3)アジア・オセアニアコース(4)欧州・世界一周コースの4コースに分けられる。跨ぐ大洋は、北太平洋、南太平洋、インド洋、大西洋であり、訪問先は5大陸の各国に及んでおり、艦隊が入港可能な世界の主要港のほとんどを網羅している。艦隊は、練習艦「かしま」を含む2~3隻で編成され、約150人の若い実習の初任幹部自衛官に対して、約400人の司令官以下のベテラン乗組員兼指導官・隊員が、約140日間を付きっ切りで指導する。彼らは、その前に、瀬戸内江田島の幹部候補生学校で、1年間にわたり「海」に馴染む時間がとられ、ゆっくりと、しかし確実に自信を付けていく機会が与えられる。

専用の練習艦を持ち、艦隊を編成して若者のために練習航海をする国は少ない。まして毎年、いずれかの大洋にその姿を浮かべている国は、さらに限定される。

海を知り、船を知り、己を知る

幹部候補生学校の教育を終えると、幹部自衛官として任官し、練習艦隊に配属される。近海練習航海9週間と遠洋練習航海20週間であり、学校で得た知識の実践の場である。「見る、知る、慣れる、行う」ことを段階的に積み上げながらの教育としつけの場であり、(1)基礎知識と正確な手順を実体験し、(2)健全な思考とプロセスを重視することによって、海上における現場指揮官としての立場の認識を深め、(3)その認識を実践することによって、リーダーとしての素養を深めていく。

練習航海は、体系的で具体的な現場の「指揮官」としての実務を体得することを繰り返す。航海、機関等の実務を体験し、部署訓練等のプロセスをこなす。常に、気象海象に気を働かせ、目先を効かせて荒天準備のタイミングを図る。満天の星空から目指す星座を六分儀で水平線に下ろす。等々、単調な海上生活の中に、始終周囲に関心を示し、旺盛な好奇心で、スマートに動くことを要求され、それを習い性とする。

長い航海も佳境に入った頃、「この頃、自分の中で何かが変わった。洋上に居ることが常となり、岸壁に着いているよりも、航海に出ている方が落ち着いているのだ。青い海と心地よい揺れに心が休まる。同じ艦に仲間たちが居る。まさに男のロマンだ。曜日感覚がなくなり、文字通り「月月火水木金金」。休みがなくても心に余裕。早朝の天文航法も、有史以来人類を正しい道に導いてきた夏の大三角形を見上げれば、この大宇宙の偉大さを感じずにはいられない。

大航海時代、勇気ある船乗りたちは、同じように大洋を駆けめぐった。今、われわれは同じ海の男となり、遙か祖国を東方に拝し、大洋のロマンの中にいる。大いなる航海を楽しもう」と、某初任幹部は、高揚する気持ちを押さえながら吐露する。この様に、海や船を通じて、己の位置づけを理解する。

海は国際的視野に立った自衛官を育てる

海からは、共同共存と自立・自助努力の精神を合わせ学ぶことができる。また、ロゴスとパトスの両輪の世界が拡がり、「知行合一」の行動力が自ずと身に付いてくる場でもある。21世紀は、多くの国が、海洋国家を目指す。有形無形の海からの恵みをいかに効果的に活用できるかが、国際的な位置を占め、国家を発展に導く指導者の力量となる。加えて、わが国も、世界の人々と価値観を共有できるとともに、日本人としてのアイデンティティを持つことが求められる。したがって、10年後、20年後に国際性豊かな指揮官・指導者となることを見通した幅広い見識とマナーの養成にも重点を置き、即戦力になる人材を目指すのではなく、長期的に有用な人材をじっくり醸成しようとすることも重要である。

昔、船乗りの教育は実務現場で先輩が後輩を鍛えるOJT(on-the-job-training)に重点が置かれてきた。今日では、体系的合理的な生涯教育の過程として位置づけられている。優れたリーダーシップを持った指揮官・指導者を育てるに王道はない。しかし、海の関係者なら、優れたシーマンシップを身につけ「スマートで目先が利いて几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り」が、同時に、卓越したリーダーシップの具現者であることを、経験的に知っている。海洋を活かすことが立国の条件となっているわが国にとって、育成される人材とともに、もたらされる国益と国際的信頼の成果は、投資をはるかに越えるものがある。

シーマンシップは世界に共通する「国際性」であると海上自衛隊は認識している。そして、海は国際人を育てる自然塾である。(了)

■平成14年度遠洋練習航海航路計画(クリックで拡大)
平成14年度遠洋練習航海航路計画

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