Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第37号(2002.02.20発行)

第37号(2002.02.20 発行)

離島振興にITの積極導入を

国立天文台 教授◆川口則幸

離島は、交通手段の制限で活発な人的交流を図ることは困難だが、たった1本の光ファイバで大量の情報交換が行え、「情報における離島問題」は解消できる。これは最先端科学を振興する上でも極めて重要である。

はじめに

日本は大小多くの島々で構成される海洋国家である。北海道、本州、四国、九州の本土4島を主体とし、沖縄、石垣島の南西諸島、父島、母島などの小笠原諸島を含めると2000kmを越える広い地域に多くの島々が点在している。これらの島々は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート、オホーツクプレートという巨大地殻プレートによって分断されている。本論は、本土局2局、離島局2局から構成される電波天文観測ネットワークの建設計画(VERA計画)について紹介し、離島局と本土局を結ぶ超高速ネットワークの重要性について述べる。

VERA計画

図1 VERA観測網
図1
図2 太陽系の所属するわれわれの銀河
図2

VERA(VLBI Exploration for RadioAstrometry)計画は、国立天文台が進めている「天文広域精測望遠鏡計画」で、岩手県水沢市、鹿児島県入来町、沖縄県石垣島、小笠原村父島の4カ所に直径20mの大型電波望遠鏡を建設する計画である。遠く離れた電波望遠鏡4基の観測データを合成することで、等価的に直径2000kmを越える仮想的な望遠鏡を生み出す(図1)。この望遠鏡は天体の位置を10マイクロ秒角という驚異的高精度で計測する。1秒角は角度1°の3600分の1で、10マイクロ秒角はその十万分の1で月面上に置いた1円玉の大きさを見る角度に相当する。VERA計画は、この高い計測精度で星の位置を正確に計測する。太陽の周りを地球が公転運動すると、星の位置は1年を通してわずかに変化する。近い星ほど大きく位置が変化し、遠くの星はあまり変化しない。これは年周視差と呼ばれ、この大きさから逆に星までの距離が分かる。年周視差が1秒角の星までの距離を1パーセクと呼び、約3.3光年である。1光年は光が1年間かけて到達する距離である。10マイクロ秒角の精度で40マイクロ秒角の年周視差を計測できるVERAは、8万光年まで計測できる。われわれの銀河は直径10万光年で、太陽系は中心から約3万光年のところに位置しているので(図2)、ほぼわれわれの銀河の全域にわたって距離の計測が可能になる。現在最も遠方まで計測できるHIPPARCOS(天体位置観測衛星)でも800光年が計測限界である。100倍も遠くまでVERAは計測できる。銀河の全域で星の位置が正確に計測できると、その詳細な回転運動まで明らかにできる。

星の位置を正確に計測するためには、望遠鏡の地球上での位置が正確に分かっていなければならない。そこで、図1に示した電波望遠鏡の位置は2~3mmの精度であらかじめ計測される。これは、本土から1000km以上離れた離島の位置がミリメートルの精度で計測されることを意味し、副産物としてプレート運動に伴う離島の位置変化が得られる。測地学的な立場から国内関連研究機関(国土交通省国土地理院など)との研究協力も進められている。

離島局を光ファイバで結合

VERA計画では、遠く離れた電波望遠鏡の観測データを合成するために、最新の超高速磁気記録装置を導入した。毎秒1ギガビットという超高速で観測データを磁気テープに記録し、国立天文台三鷹局に送って合成処理を行う。いったん磁気テープにデータを記録し、観測後にデータを再生して合成する観測手法はVLBIと呼ばれている。VERAの磁気記録速度は世界中のVLBIで一般的に行われている毎秒256メガビットの4倍という世界最高の記録速度を達成している。このような超高速の磁気記録技術をもってしても、電波望遠鏡で取得可能なデータの量の16分の1にしか過ぎない。そこで、電波望遠鏡を超高速の光データ通信回線で直接結合する「光結合型VLBI」という観測方式が提案され、現在実験が進められている。この実験は、首都圏の大型電波望遠鏡(通信総合研究所鹿島34m、宇宙科学研究所64m)及びNTTの実験回線(伝送速度毎秒2.5ギガビット)を使用して進められている。この首都圏実験網を日本列島全域に展開するために、国立情報学研究所の「スーパーサイネット」網を利用する研究も開始された。スーパーサイネット計画は超高速データ通信回線の高度な学術利用を図る計画で主要大学、研究機関を結合して平成13年度から運用が開始されている。光結合VLBIもその研究テーマの一つになっている。

スーパーサイネット計画に基づく超高速学術情報ネットワークも当面は本土4島に限定されており、石垣島、父島局には及んでいない。もし、これらの離島まで光ファイバ網が整備されVERAのすべての観測局が光ファイバで結合されれば、観測情報量が飛躍的に増大することで観測感度が向上するだけでなく、実時間でデータ処理が可能になることから観測効率も飛躍的に増大する。短期間でより多くの星の位置及びその運動が明らかにできる。

おわりに

離島局を光ファイバで結合することでVERAの観測能力が飛躍的に増強されることを述べた。離島までの光ファイバ敷設は、単にVERA計画に大きく寄与するだけではなく、離島振興にとっても重要である。離島(特に小笠原村父島など)は交通手段に船舶もしくは小型航空機などに頼らざるを得ない「交通における離島」で、人的交流には制限がある。しかし、「交通における離島」は地理的な条件としてやむを得ないとしても、「情報における離島」にしてはならない。「交通における離島」であるが故に高度情報通信技術を導入し、より積極的な情報路の拡充を図る必要がある。VERA計画では、望遠鏡の位置が2~3mmという高い精度で計測できることを述べた。これは海洋科学にとっても重要である。海面の高さを離島で計測しても、島が沈降しているのか海面が上昇しているのかを区別できない。VERAの観測で石垣島や父島の正確な位置が計測されると、グローバルな海水面の上昇も明らかにできるのではないかと期待できる。これらの島々への光ファイバ敷設が強く望まれる。(了)

第37号(2002.02.20発行)のその他の記事

ページトップ