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オーシャンニューズレター

第37号(2002.02.20発行)

第37号(2002.02.20 発行)

国際社会における海運保護と「領海の秩序」の概念

防衛大学校総合安全保障研究科◆恵谷 修

領海が真に安全な海であるためには、沿岸国には領海の秩序を維持する義務があるのではなかろうか。しかしながら、わが国には、領海の秩序を維持するための物理的な能力はあるものの、十分な法整備がされているとは言い難い。

はじめに

従来、領海の存在意義は、外国から陸域に及ぶ害悪を排除するための緩衝区域として、あるいは漁業資源等の領海そのものから得られる権益を独占できるといった側面が強かった。しかしながら、海運という観点から見た場合には、これらに加え、沿岸国により秩序が維持され、また一定の庇護が受けられる区域という別の存在意義、即ち「領海の秩序」といったものがあるかと思われる。海運の発展と維持は、旗国(当該船舶の船籍国)のみならず、国際社会すべてにとっても多大な利益をもたらすものである。そして海運が正常に営まれるように、沿岸国が自国周辺を航行する船舶の安全に配慮することは、一定の範囲で権利であるとともに義務ともなるのではないかと考える。

領海制度の確立と「領海の秩序」

国連海洋法裁判所の判事の一人である山本草二教授は、領海の幅に関係する議論として、海洋先進国が伝統的な領海3海里に固執した理由の一つに「海上保安警備に要する経費」をあげている。これは「漁業管轄権事件(英国対アイスランド)」に関する国際司法裁判所判決(1973年)におけるフィッツモーリス判事の補足意見から導いたものである。判事は、「(沿岸国は)領海において権利と同様に、責任がある。例えば、公安秩序維持、航路標識の設置、航行警報の発出、海難救助サービスの提供、航行援助施設の設置、などである」と述べている。領海において、沿岸国に具体的な内容を示して一定の義務を課するという意味は興味深い。即ち、沿岸国は領海幅の拡張によって、広い領海における自国権益確保のために警備勢力を増強する必要があるという意味での経費負担増ではなく、通航船舶の安全を確保するという意味での義務的な経費負担増を勘案すべきということにも言えるからである。

国連海洋法条約第24条第2項は、沿岸国の義務として、その領海内における航行上の危険で自国の承知しているものを適当に公表する旨を規定するが、積極的に「領海の秩序」を維持するという義務までは規定しない。それでは、判事の意見は同条約との関連ではどのように理解できるか。山本教授は、領海内における外国船舶に対する武装強盗事件(東南アジアの海賊問題)に関連して、無害通航権(沿岸国の平和、秩序または安全を害さない限り、沿岸国領海内を通航する権利)を外国船舶に保障することは沿岸国の義務であるとして、沿岸国としてはいかに航行上の危険を察知し防いでいくかを考えるべきである、と言っている。これは、無害通航権の性格として、沿岸国の不関与だけではなく、沿岸国に対し実質的に無害通航権の行使を妨げる事案を排除する一定の義務の存在を見出すもので、「領海の秩序」維持は、同条約でいうところの無害通航権の保障の一つとしても説明ができるのではないかと思う。このように「領海の秩序」という概念は、沿岸国のみならず、国際社会一般及び旗国(通航国)の暗黙の要請に基づき、沿岸国の権利及び義務として一定の存在意義を見い出すことが可能と考える。

海賊船舶及びシー・ジャックを行った船舶

海賊といえば、公海上におけるもので、公海というどこの国の管轄権も及ばない海域において暗躍している訳だが、反対に、どこかの国の領海内であれば、このような輩についてはその国が対処することが前提であったはずである。しかしながら、現実を見れば、公海では、すべての国に、海賊取り締りの管轄権が認められた結果、海賊にとっては、海上警備勢力の脆弱な国の領海のほうが、捕まりにくいという、逆転現象が起こっているようにも思える。彼らは、公海のみならず、自国領海や隣接国領海で海賊行為を行い、自国のアジトや、第三国領海に逃げ込む。

このような状況があることを踏まえ、わが国の場合はどうであろうか考えてみる。即ち、公海上において第三国船舶に対し海賊行為を行った海賊船舶が、わが国領海に入域した場合、如何に対応するのであろうか。海賊船舶にはその性質から無害通航権を認めることはあり得ないので、巡視船によって立入検査、拿捕等をすることは許容されるであろう。しかし、国内の刑法が不備なために、すべてのケースについてわが国で裁判を行うことはできない。

次にシー・ジャックについて見てみる。わが国は1998年にシー・ジャック防止条約に加入している。同条約第6条では、シー・ジャックを行った者を各国が犯罪者として刑事訴追し、処罰を行うという刑事裁判管轄権を行使する範囲が規定されている。その行使に関し、同条第1項には義務的裁判権となる犯罪の範囲について、第2項には裁量的裁判権の設定及び第4項には補完的裁判権の設定となる犯罪の範囲について規定されている。わが国は、第1項については刑法第1条乃至第4条の2が、第4項については刑法第4条の2により国内的実施が担保される。即ち海賊とは異なり、犯人が領海内に存在すれば、犯罪の発生場所を問わずこれを逮捕し、裁判を行い、処罰することができる。幾分問題があるとすれば、第2項についてはわが国は権利を行使しないと判断しており、これを担保する国内法は存在しないことから、わが国の領海近傍においてシー・ジャックが行われている場合、これを阻止することはできても、その場で当該犯人を逮捕し、裁判にかけることはできない。ここで、シー・ジャック防止条約の趣旨に鑑み、領海近傍の事案の場合には、シー・ジャック犯を領海内に移動させ、同条約第6条第1項を適用させることも可能ではないかとも考えられるが、本人の意思による入域でなければ、わが国の刑法上、犯罪が成立するか否か議論が分かれるものと思われる。

おわりに

今後、「領海の秩序」という概念が、仮に、一般的に指摘されるようになれば、各国は、自国の領海が海賊の温床にならないように何らかの対処をとり、それを怠れば、国家として責任を問われることにもなるかもしれない。これは言い換えれば、各国に、(1)海上保安勢力を増強するか、(2)領海幅を縮小するか、(3)第三国の海上保安勢力に協力要請し自国領海への入域に同意するか、といった選択を迫ることにもなるかも知れない。

また、わが国の場合には、「領海の秩序」を維持する物理的な能力があるとしても、これを行使するための法整備は十分ではないようにも思える。当該事案発生の蓋然性は低く、直ちにわが国の国際社会での地位を危うくするものではないが、国内法をしっかり整備し、執行権の行使のみならず裁判権の行使を如何に考えるのか、国際社会の要請に適切に応えることを可能にするため、検討の必要があるかも知れない。(了)

■全世界の海賊発生件数
全世界の海賊発生件数
■東南アジアの海賊発生海域
東南アジアの海賊発生海域
(出典:2001海上保安レポート)

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