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オーシャンニューズレター

第366号(2015.11.05発行)

第366号(2015.11.05 発行)

下田のアカウミガメ産卵調査から見る環境教育とその展望

[KEYWORDS] 下田海中水族館/アカウミガメの産卵調査/ウミガメと人
下田海中水族館営業課長◆浅川 弘

下田海中水族館は、伊豆半島の先端近くに立地する。水族館周辺の海岸にはいくつもの砂浜がある。1991年から開始した調査活動によって、アカウミガメがほぼ毎年産卵することが分かり、徐々に市民への認知も進んだ。しかし、そのことによる問題も見え隠れし始めた。
地方の水族館が果たす役割もまた、大きいと感じている。


下田海中水族館とは

■下田海中水族館の全景 http://shimoda-aquarium.com

下田海中水族館は1967年3月にオープンした。「海中」という言葉に、水中をイメージする方が多いが、海の中にある施設という意味で海中トンネル等があるわけではない。自然の入り江を網で仕切った18,000m2の海に、海中水族船「ペリー号」が係留され、その中にある大水槽は、伊豆の海の再現をテーマに、さまざまな魚が泳ぐ。また、この入り江ではイルカが活き活きと泳ぎ、魚を追い回す姿も見ることができる。自然の中にある水族館で、近代的ではない。しかし、田舎の水族館と侮るなかれ、ショーのレベルはなかなかのもので、とくにアシカとともにトレーナーが水中に潜り繰り広げるアシカの水中ショーは、今までのアシカショーとは全く違った切り口のショーで、高い評価をいただいている。エサを与えて種目をさせるショーではなく、小型ボンベを咥えたトレーナーが、アシカとともに水中に潜り水中でショーを行う。また、エントランス横には開館当時から変わらずウミガメプールがあり、地元住民からも愛されている。下田に生まれ育った私にとって、職場であるとともに、もっとも慣れ親しんだ水族館だ。

 


■自然の入り江をそのまま利用してイルカとふれあうことができる


■ラグビー五郎丸選手のポーズをとるゴマフアザラシのサクラコ

知られていなかったアカウミガメの産卵

■子どもたちもウミガメの卵に興味津々だ

■砂浜に残されたアカウミガメの上陸跡

下田は伊豆半島の先端近くにあり、リアス式海岸に数多くの白く美しい砂浜が形成されている。1991年の夏に、その砂浜の一つでウミガメが産卵し、浜辺に住む市民から連絡が入った。本州で唯一産卵するのがアカウミガメなので、アカウミガメが上陸したのだろう。現場に行くと卵も見つけることができた。テレビで見たことのあるウミガメの産卵が、下田でも行われていることに驚いたのを覚えている。私と同じように、下田に住みながらウミガメが産卵に来ることを、ほとんどの市民は知らなかった。
知っているのは浜辺付近に住む一部の年配者ばかり。もちろん記録など何も残されていなかった。このことをきっかけに、いくつかの砂浜を夜な夜な歩き回り、産卵にやって来るウミガメを探し始めたが、そう簡単にはいかなかった。ウミガメの産卵は同じ個体が1シーズンに数回繰り返し行う。そのため、一度、産卵があれば、その砂浜で待ち伏せしていれば出会える可能性が高い。いよいよチャンスだと私も毎夜待ち伏せをしたのだが、リアス式海岸が災いし、ことごとく別の砂浜で産卵してしまった。この頃、私一人での活動だったため、どうにもならなかった。これを数年続けたが、一向に出会えないため、調査の方法を早朝の砂浜パトロールに変えた。実績のある数箇所の砂浜を選び、明るくなったばかりの砂浜を歩き、ウミガメの上陸跡がないか見回る。上陸跡が発見できれば卵の数の確認後、埋め戻し、移植などせずにその場に保護柵を設置し、孵化を待つこととした。その夏、初めて足跡を発見した。この時の感動は今も鮮明に覚えている。
調査のため、掘り出した卵を数えていると、人が集まってくる。そんな時は、可能な限り卵に触れてもらい、ウミガメについての話をするのだが、毎回、子どもたちより大人が目を輝かせて夢中に話を聞く姿がとても印象的だ。このような活動を続けていくうちに、徐々にではあるが、下田にもウミガメが産卵に来ることが市民を中心に知られていき、水族館に情報が集まるようになってきた。中には、積極的に情報を提供しようと考える人も出てきた。このことは、正直とても助かっている。ウミガメの調査は、一見、楽しそうに見えるかもしれないが、長く続けるのは実に大変だ。情熱があっても、続けることはかなり厳しいと言ってよい。私も燃えて活動していた数年は、毎朝のように砂浜を歩いたが、今では砂浜を歩く日はめっきり減ってしまった。それゆえ、市民を中心とした人々からの情報には、いつも本当に感謝している。そのおかげもあって、下田にはほぼ毎年アカウミガメが産卵のために上陸していることが分かり、記録は行政にも提供している。

高まる関心と懸念

ウミガメは非常に人気がある動物だ。人に危害を加えることはないし、涙を流しながら産卵する姿や、仔ガメが海に向かう姿は感動的だ。そのため、ウミガメの産卵や卵を見た人は、一様に皆、ウミガメを守りたいと思うようだ。いつ来るか分からないウミガメを待ち、また、仔ガメが這い出てくるまで待ち続ける。われわれ人間が自然を感じるのには本当にいい動物だと思う。しかし、興味を持った人が増えていくにしたがって、困った人も現れ始めた。どうにも熱狂的なのだ。設置した保護策に、他人が興味を持つと排除的な態度をとり、孵化が遅いと掘り返し様子を見る有様だ。砂浜に産み落とされた卵は、誰のものでもない。静かに見守って欲しいのだが、そうはいかないようだ。
似たようなことが県下で起きているのであろうか。昨年、静岡県希少野生動植物に動物では初めてアカウミガメが指定された。捕獲、採取、殺傷、破損を禁じ、罰則が科せられる厳しいものだ。同時に、私を含めた数人の水族館職員が、静岡県希少野生動植物保護監視員を請け負うこととなり、産卵調査と共に監視活動も行っている。
一昨年のことだが、静岡県牧之原市で行われた日本ウミガメ会議の場で、当時の日本ウミガメ協議会会長であった亀崎直樹氏から「ウミガメの保護活動をしている人たちにはさまざまな人がいる」という話があった。ウミガメという種を守りたい人。目の前にやってきたウミガメを守りたい人。環境を守りたい人。砂浜を守りたい人。名誉が欲しい人。観光に使いたい人、行政の人。確かに、言われてみればさまざまな人がいる。私は一体どれに当てはまるのか、しみじみと考えてしまった。1991年から続けて来た活動を元に、下田にやって来るウミガメに対する市民の関心は確実に高くなった。水族館が掲げる「環境教育」の一つの成果と言ってよい。しかし、3万人足らずの小さな町に住む、さまざまな人とどのように付き合っていくべきか。今後、下田海中水族館が果たす役割はますます大きくなるはずだ。(了)

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