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オーシャンニュースレター

第359号(2015.07.20発行)

第359号(2015.07.20 発行)

ダーマ号による単独世界一周について

[KEYWORDS] 海洋投棄/ヨットラリー/レーザー級
NPOアルバトロスヨットクラブ顧問◆目黒たみを

2005年6月から3年10カ月にわたって、私は全長9mの小型艇で世界一周の航海に出た。極地圏を除く南・北太平洋、南・北大西洋そしてインド洋と5つの大洋を総て渡りきり、長い航海が終わると、それまで見えなかった物が見えてきた。
海洋浮遊廃棄物、ヨット航行のための環境整備、そして東京オリンピックに向けた若手選手育成だ


単独世界一周航海の概要

ダーマ号。ヨットクラブの沖合いのポンツーンに舫う

2005年6月12日午後2時、お世話になった方々に見送られ、全長9mの小型艇で千葉県の銚子マリーナを出港したのがつい最近のように思える。その日は関東の沿岸部の全域に渡り、濃霧が立ち込めていた。出航して10数分後、寄り添うように同伴していた僚艇より「レーダーなしでこれ以上伴走するのは危険なので引き返します」とのメッセージを受信した。間もなく薄墨色の船影を残し反転するのが視界の片隅に映り、数秒後には日本を結ぶ最後の記憶となって消え去った。
行先は南アメリカ大陸最南端のケープホーン、ついでに世界一周。2009年4月17日に銚子マリーナに戻るまで3年と10カ月を要した。総帆走距離は赤道2周半に相当する52,600海里、17カ国を訪問し41の港やマリーナに寄港。極地圏を除く南・北太平洋、南・北大西洋そしてインド洋と5つの大洋を総て渡りきることができた(地図参照)※1。航海中に起きる大抵の問題は想定済みだが、時には想像できないこともある。ケープホーン近海で遭遇した想像をはるかに超えた怒涛、体長20mの鯨に衝突したこと等、実際に体験しなければ語れないこともある。同時に小型ヨットによる長期航海であればこそ味わえる、特別な旅を楽しむことができるのも事実である。

長期航海を通じて見たもの、見えてきたもの

水平線の向うに、今まで見えなかった島々や岬が見え、新たな好奇心が芽生えるように、長い航海が終わると、それまで見えなかった物が見えるようになることがある。本航海を通じて見えてきた3つのエピソードと併せ、これらに関連した海への提言を紹介したい。

1)海洋浮遊廃棄物対策
黒潮に乗り北太平洋を東進中、ポリ袋、ペットボトル、空き缶、たばこの吸い殻等々、浮遊物のあまりの多さに驚かされた。海洋投棄に関連して、ジョージア大学のJambeck博士は、2010年に世界中の洋上に投棄されたプラスチックの量は800万屯と推定し、2015年の投棄量は2倍に増えると予測している。また、ナショナルジオグラフィック誌によると、太平洋上に廃棄物の集積海域が2カ所あり、一つは日本の東方、他方はカリフォルニアの西方に位置している。その推定面積は少なく見積もってもテキサス州の大きさ、最大値は、アメリカ大陸の2倍となる。
プラスチックの投棄による海洋汚染は、海洋生物の健全な成長に深刻な被害を与えており、放置すれば取り返しのつかない事態となる。これまで海洋廃棄物の国籍を断定するのは困難とされ、取り締まりの対象となっていないことが、海洋汚染を加速させている。地球温暖化対策と同じような、国際的な枠組みが必要であろう。それまでは、短期間に自然分解する様な製品の開発、廃棄物を資源として活用すること等が求められる。海洋汚染の歯止めに直ちに効果があるのは、川上となる公共の場を汚さないモラルの向上と併せ、日本人が得意とする勿体ない精神を国際的に広めることであろう。

■ダーマ号の世界一周航路図

2)ヨット航行のための環境整備
帰国後「長期航海懇話会」という国内のヨット愛好家グループの一員として、小型ヨットの入港案内書作成のお手伝いをした。外国の小型ヨットから日本寄港時の手続きの煩雑さについて聞いていたが、実際に調べてその理由が理解できた。準拠法となる船舶法は1899(明治32)年に制定され、本来大型商船のために定められた法令が、外国籍の小型ヨットを含む総ての船舶に適用されているからである。筆者が米国沿岸を航海中、現地の沿岸警備隊より「欧州のヨットは、米国と巡航協定を締結しているので、入港時に巡航許可証を取得すれば、米国内を自由に航海できる」との説明があった。日本は米国と協定を結んでいないためこの適用を受けることはできなかった。長期航海懇話会は、その後も活動を広げ、2年前より毎年秋に内外の小型ヨットによる「瀬戸内国際ヨットラリー」を開催している。一昨年の海外艇の参加は2艇、昨年は5艇、5年後には外国艇の日本訪問数を100艇にすることを目標にし、その内の10艇の参加を目標に計画を進めている。
すべての国土が海に囲まれている日本は、小型のヨットが訪れたいと思う魅力ある泊地が数多く存在している。紅海入口に頻発する海賊問題が収まれば、東京オリンピックの開催と併せ、日本を訪問する小型ヨットの増加が予想されている。出入港時に禁止薬物、危険物、テロ防止などの水際対策を損なうことなく、国内の巡航に必要な手続きの簡素化が望まれる。

ダーマ号を背景にレーザーセーリング。グアム島アプラハーバーにて

3)東京オリンピックに向けた選手育成
航海が終盤に差し掛かるころから、帰国後は何をするか? を考え始めていた。結論は、オリンピックでも採用されているレーザークラス※2でのセーリング再開であった。このクラスは、安価(完成品で70万円程度)で性能が良く、幅広い世代で支持されているため、世界で最も普及している。それだけに最も競争の激しいクラスでもある。偶々このクラスで複数のオリンピックメダリストを育てたアルゼンチンの若いコーチと知り合いになり、その縁でオリンピック出場を目指している、一人の若い選手の海外遠征を手伝うことになった。彼は、高校生の時に3年連続国体優勝、昨年と一昨年は青年のクラスで優勝する等、国内の同クラスでは名実ともにトップセーラーだが、世界の舞台ではまだ通用しない。優秀なコーチの下で能力を磨きながら世界の舞台で活躍してもらいたいと思っており、そのためにスポンサーを探している。
2020年の東京オリンピックを控え、メダル獲得に向け若手アスリートの強化が進められている。マリンスポーツの分野では、男子レーザークラスの立ち遅れが目立つ。年間一人当たり500~1,000万円程度の強化費で実績を上げるのは可能であり、数人のレベルの高い選手を育てれば、後に続く若手選手を数多く輩出することができる。2013年サンフランシスコで開催されたヨットレースの最高峰、アメリカ杯の決勝が大きくメディアで報じられているが、スキッパーを始めそれぞれのヨットの主要ポストは、レーザーで活躍した選手で占められていたのが衆目を集めた。海洋国家としての矜持を確固たるものにするための一助として、長期的なレベルアップを視野に、男子レーザークラスの強化を推進して頂きたいと願う次第である。(了)

※1 DARMA号の単独世界一周航海日誌
http://aycabiko.web.fc2.com/in-meguro-diary.html
※2 レーザー(Laser)級ヨットとは、新しいレーシングディンギーとしても使える入門艇として開発された、全長4.23m、 巾1.37mで2本つなぎマストを使用したもの。世界に幅広く普及し、1974年IYRU(現在の国際ヨット連盟)により国際クラスとして認められ1996年のアトランタオリンピックで『シングルハンド男子』として正式種目、2008年北京オリンピックからはヨーロッパ級に代わって『シングルハンド女子種目』に採用され、セーリング競技において最もグローバルスタンダードなクラスとして定着している。

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